ホーム
サイト内検索

抜粋 あとがき

この舞台から、2年の歳月が流れました。
当時の1年生は3年生になり、5〜6年生らはもう中学に進学しているはずです。
挫折とも思える3カ月間の短い小学校警備員生活でしたが(「生活」というよりも「体験」と呼んだ方が相応しいかも知れません)今でも朝8時前後になると、校門の前に立つ警備服姿の私がいて、大勢の児童たちを迎えている情景が、ひとコマひとコマ目に浮かんできます。しかし、担任の先生とは違って、午前の登校、午後の下校にしか会わない警備員の記憶では、仮に街中で出会ってもとうてい見分けをつけることができません。それだけに、少ないさまざまな記憶が私の頭の中にしっかりと根を下ろして揺るぎないものに変わりつつあります。濃密な心の触れ合い、それは、私が密かに「黄金交流」と呼ぶ、宝物の毎日でした。
わずかな期間で何が分かるか! というきびしい声もあるでしょう。が、善くも悪くも短期間でこれだけのかかわり合いができたんだ、と私は前向きに捉えています。
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」
芭蕉が『奥の細道』冒頭に掲げた格調文は、三百余年の時空を超えて、私にも確かな手応えを与えてくれました。今、振り返ってみると、天使たちによって、癒しと慰撫である旅の時間をもたらされたのです。
全員にお礼を申し上げたいと思います。
なお、プライバシー保護のため、登場人物のお名前は、イニシャル表記もふくめすべて仮名とさせていただきました。…

2007年6月
                          大柴 晏清 

書評 出版ニュース 2007年11月下旬号

45年間、すしや一筋に生きてきた著者が高齢者ハローワークで見つけたのは小学校警備員だった。朝7時半から午後4時まで子どもを見守り、日中は近くの保育園の立ち寄り警備も行うというもので、早速、一日日から子どもや教師たちとのさまざまなドラマが始まっていく。
そのトップバッターは「バカおじさん」と悪態をつく男の子。著者は感情を交えて怒ってしまってはダメ。教育にはじゅんじゅんと叱ることが大切だと考え、その思いを副校長に手紙で伝える。すると、次は6年生が千円札を2枚、落し物としてもってくるが、その1枚は僕が拾ったという2年生も現われる。しかし、6年生は2枚とも僕が拾ったとけんか腰。そのうえ、下校時の著者の「さようなら」も無視してこヤニヤする子どもたちが日立ってくると学校の警備がバカバカしくなってくる。それでも真剣に交流を続ける著者の姿に学校が見落としている何かが見えてくる。

書評 MORGEN 2008年2月7日

 すし屋一筋、45年の板前人生を歩んでいた大柴晏清さんが、少しゆったりとした毎日を送りたい、小学生の無垢な姿に接してみたいという思いを抱き、小学校警備という仕事に就く。理由あって退職するまでの3か月間の子どもたちとの「黄金交流」が描かれている本である。
 雨の日も風の日も校門の脇に立ち、孫ほどの年齢の子どもたちと真剣にかかわった数々のエピソード。想像していたものとは違っていた現実の厳しさを感じっつ、子どもたちと真正面からかかわっていく。
 大柴さんは、相手が子どもでも、人間と人間として向き合うことが、一番大切であると考えた。子どもがとった行動に対する感動や怒りなどを手紙に認め、子どもたちや保護者などに伝えていく。そして、だれにでも平等な態度で接することの大切さを訴えていく。大柴さんの手紙は、子どもたちの心の琴線にふれる。この濃密な心の触れ合いこそが、教育の忘れ物と言えるのかもしれない。
 ぜひ、ご一読あれ。
       (評・秋田県美郷町千屋小学校教諭 進藤美喜子)