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抜粋 まえがき

昨年の9月25日、2005年日本国際博覧会(愛・地球博)は閉幕した。想定数を遥かに上回る2204万人余りの観客を動員して。
閉幕の翌週、地元名古屋市内で開催された愛知万博グッズフェアには早朝から万博さながらの行列ができ、レジ待ちに数時間という盛況ぶり。同じ頃、撤去作業の始まった会場跡地には、万博のありし日をしのぶ人びとがひっきりなしに訪れ、近寄ることのできなくなったメインゲートを遠巻きにのぞき込んだり、デジカメを構えたりする姿があった。
それから半年を経た今年の3月、愛知万博開幕から丸1年の記念イベントには、ひさびさのお目見えとなった冷凍マンモスを一目見ようと朝から1000人もの行列ができ、あわせて発売された万博キャラクター、モリゾーとキッコロのグッズはあっという間に売り切れたという。博覧会の公式グッズが翌年になってもまだ新バージョンで発売されるなどというのは前代未聞のことだ。
準備段階では予定地の環境問題で揺れ動き、計画は二転三転。主要マスメディアが協賛企業に名を連ね、開幕前後には大々的にキャンペーンを繰り広げたものの、地元の関心は今ひとつ盛り上がらない。季節はずれの雪が舞い、閑散とした中で開幕を迎えた愛知万博。それが半年のあいだに、誰も想像しなかった熱狂に包まれていったのはどういうことなのか。
閉幕直後、ある全国紙にコラムを寄稿した建築評論家は、愛知万博が「失敗することに失敗した」という。建築的に目新しいものは何もなく、前世紀の遺物である万博は失敗すべきだったと。今回の万博についての批評にはそういう論調が少なくない。だが、そうしたハコモノ中心の見方こそ旧態依然なのではないか。いわば、木を見て森を見ず、ならぬ「ハコを見て人を見ず」である。
私たち三名の編者は、地元でにわかに万博が熱を帯び始めた五月前後から、ずっとそこでの人びとの振る舞いに注目してきた。しかし、そこに集った人びとの熱狂と興奮がなんだったのか、適切に語ってくれる言説にいまだめぐり会ったことがない。このままではそうした人々の思いが時間とともに埋もれていってしまうのではないか。そんな危惧のもと、私たちはこの本を出す決意を固めた。とにかく万博に関わった「普通の人びと」の目線でとらえることが第一であり、そのために一般の方から募集したコラムも収録させていただいた。また、私たちの大学のゼミ生による共同研究をもとにした考察も、彼らなりのユニークな視点を提供してくれている。そうした営みの成果として、「万博を生きるという経験」が一体どのようなものだったかを描き出せたのではなかろうか。
何度も万博に通った人は、この本を読んで、その想い出にひたり、記憶をかみしめてもらえればと思う。逆に、結局万博に行かなかったという人にとっては、行っておけばよかったと悔やんでしまうような、そんな本になっていれば編者として本望である。
                            編 者 

書評 毎日新聞(岐阜版) 06年7月25日

 万博のドラマ/岐阜

昨年の愛・地球博(愛知万博)には岐阜県からも多くの人が出かけたはず。あの盛り上がりは何だったのか。最近出た本「私の愛した地球博」(リベルタ出版)を読みながら改めて考えた。
本には一般の人たちの「万博体験コラム」がある。77回も通って世界の人々のサインを集め、中東のテレビ局「アルジャジーラ」に取材された少年。会場で偶然、40数年ぶりの友人に出会い、他の友人たちとも会場で集うようになった60代の女性。パビリオンで親しくなったダンサーを訪ねて閉幕後、スリランカへ行った女性―。
「東京的視点」では大きな地方博に過ぎず、従来型の開発万博だった。だが編者の1人の加藤晴明・中京大教授は「『万博楽しかったね』という多くの人びとの素朴な語りの力」に触れ「“失敗”と切り捨てるほど、私は高邁(こうまい)にはなれない」と記す。
地方博でいいじゃないか、と「東京的視点」を気にせず盛り上がった人々にとって、愛知万博には「成功か失敗か」を超えたそれぞれのドラマがあった。(長沢英次)