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抜粋 日本語版への序言

2003年3月、米国はついにイラクへの侵略を開始した。そうした状況のなかで私はこの序文を書いている。私が住む国も、あなたたちが住む国も、米国がとりしきる"諜報同盟"に関与している。だから諜報活動が国際政治のなかでどのような役割を果たし、それがわれわれにとってどのような意味をもっているかを、このようなときに考えるのは心が痛む。
戦争が始まると、爆弾やさまざまな兵器をかかえた野蛮で凶暴な軍隊ばかりが注目されるけれども、われわれの目には見えないかたちで“もうひとつの戦争”が戦われている。それが諜報活動だ。爆弾を投下すべき場所やミサイルの誘導先など、爆撃すべき“標的”を見定めるのに、諜報活動は決定的な貢献をしている。だから諜報活動は、往々にして兵器類と同じくらいの威力と破壊を生み出すわけである。日本も、私が住むニュージーランドも、諜報の分野で米国とは緊密な同盟関係を結んでいる。あなたたちと私が暮らす太平洋の2つの島国は、米国の諜報機関を支えることで、あの国が行なうすべての戦争を隠然と手助けしている。
今回の対イラク侵略戦争が始められる前に、猛烈な外交交渉が展開されていた。そのさなかに極秘のスパイ工作が行なわれていたのだが、これも外交攻勢に劣らぬ重要な役割を果たした。米英は戦争のお墨付きを国連から手に入れようとした。つまり安全保障理事会に“開戦支持の決議”を採択させようと企てた。この目論見を実現するために、安全保障理事会のメンバーとなっている国々のなかの“弱小国”に、米英は外交的な圧力をかけた。そのさなかに何が起きていたのか?
英国の『オブザーヴァー』紙は、米国の諜報機関が作成した1枚のメモを入手した。この極秘の指示書には、国連安全保障理事会メンバーの国々に圧力をかけて戦争賛成の票を投じさせるようにするために、これらの国々の代表団に集中的にスパイ攻勢を仕掛けて弱点を探りだせ、という指令が書かれていた。
問題のメモは2003年1月31日に出されたもので、アンゴラ、カメルーン、ギニアなどの安全保障理事会メンバーの外交通信を狙って、監視活動の「一大攻勢」を実施するよう要請を出していた。さらにこの指令書は、「既存の非常任理事国メンバー」が行なうすべての「国連関連および仲間うちの各種通信にも注目」し、安全保障理事会に関わる事柄をかたっぱしから傍受するように要請している。秘密メモによれば、傍受作戦の目的は、これらの国々が「どのような政策や交渉姿勢を考えて」おり、「何に連携し何に頼るつもりか」などを見きわめるために、仲間うちで行なっている会話などを盗み集めるというもので、「米国の政策立案者が国家目標に好ましい成果」を得るのに「役立ちそうなあらゆる情報が対象」だと、はっきりと書かれていた。
日本やニュージーランドのように米国とスパイ同盟関係を結んでいる国は、この盗聴活動に手を貸していたはずだ。日本やニュージーランドの国民と政府は、このように卑怯な手口を使って外交の場で相手を出し抜くことや戦争を行なってまで米国が手に入れようとしている“国益”に、同意しようがしまいがそんなことには関係なく、自動的にスパイ活動に手を貸すはめになっていたはずなのである。
国連への秘密盗聴工作を指示したこの秘密メモは、米国国家安全保障庁(NSA)の高官が書いたものだった。世界最大の諜報機関であるNSAは、本書で暴き出したさまざまな秘密の“中核”となっている存在だ。この本で詳述したハイテク監視システムやスパイ組織独特の規則や手続き、“盗聴標的”の決め方など、地球全体を覆っている米英安全保障協定(UKUSA)盗聴網のすべての闇は、ワシントンDC郊外にあるNSA本部の巨大庁舎から生み出されてきたのである。
NSAは秘密主義のきびしい規則を生み出した“国際的な源泉”でもあった。その秘密主義のせいで、NSA自体や同盟諸国のスパイ官庁についての情報は、ほとんど一般市民の知り得ない闇に隠されてきたのである。例外は、ここに言及した“秘密メモ漏洩事件”のような内部告発であるけれども、そんなことはめったに起こらない。だからこのスパイ役人たちが何をしているのかは、完全に秘密にされてきたといってよい。
だから私はこの本を書いた。ニュージーランド最大の対外スパイ機関である――そして米国NSAが南太平洋に構えている“役に立つ出先機関”でもある――政府情報通信保安局(GCSB)がじっさいに何をしてきたのか? その詳細を描き出すことで、現代の監視盗聴活動がどのように実行され、この小さな島国のスパイ機関が大きな国際政治の“戦場”でどのような役目を担わされているかを、多くの国民に知らせることができると思ったからだ。この本の取材で私はニュージーランドの多くの諜報関係者に話を聞いた。彼らはためらうことなく語ってくれた。そのおかげで、国際盗聴同盟UKUSAが世界規模で行なっているスパイ活動の、多くの事実が世に知られることとなった。
彼らはあなたたちの国と関係のある事実も明かしてくれたが、これは非常に示唆に富むものだ。米国にとって、日本は“同盟関係を結んだ忠臣”であるが、同時に、経済の分野では重大な競争相手でもある。このような関係ゆえに奇妙な状況が生まれている。日本は米国と緊密な関係を結びながらその諜報活動を助けているし、米国の重要な諜報施設を置かせてもいるのに、その米国が日本をつねに"標的"に据えてスパイを行なってきたのである。
この本には、通信傍受で得た日本政府の外交通信文を、日本語から英語になおす作業を日常業務にしているニュージーランド諜報機関の職員たちが登場する。日本の外交通信を盗み聞きする作業には、ちゃんと「JAD諜報」という名前がついている。こうして英訳されたJAD諜報の半製品は、NSA本部に納品される。ニュージーランドはこうした諜報業務の下請け作業を1981年から行なってきた。敵国でもない日本をなぜスパイ活動でさぐる必要があるのか? それは国連安全保障理事会メンバーの国々をスパイしろと命じたNSA高官のことばを借りれば、「米国の政策立案者が国家目標に好ましい成果」を得るのに「役立ちそうなあらゆる情報」を手に入れたいからだ。
この本が世に出てから、日本にあるNSAの重要な傍受拠点について、さらに詳しい実態がみえてきた。私は第6章で、本州の北端(青森県)にあるNSAのミサワ傍受基地もエシェロン国際盗聴網の一部なのではないか、と書いた。エシェロンは、太平洋やアジア上空の通信衛星の電波を傍受して、そうした通信衛星が搬送している一般国民の電話や電子メールの覗き見と盗聴を行なう全自動システムである。米国の調査報道ジャーナリストや研究者の努力によってかの国の政府公文書が公開されたおかげで、ミサワ傍受基地がまちがいなくエシェロンの一部を成していることが確認できた。日本は、全世界規模の盗聴監視システムであるエシェロンの、絶対不可欠の要衝を提供している“宿主”にほかならない。
それなのに日本は、このエシェロン・システムに監視される主要な標的になってきた。いまなおニュージーランドの諜報機関は日本語に堪能な職員をつかって、日本に対する監視盗聴を続けている。こんなことが行なわれていれば日本で政治問題化して当然であろう。だが現実には、諜報活動が秘密裏に実施されてきたので公然たる政治論争にはならなかったし、政府の責任を追及する声も起きなかった。
私は長年にわたって諜報機関のことを調べてきた。だから諜報活動について一般市民にむけて書かれたり語られたりしてきた多くの事柄を知っている。たいていは時代おくれだったり、いいかげんな内容だったり、まったくのウソだったといえる。一目おかれた新聞や雑誌でさえ、根も葉もないイカサマ話が何年も大手をふってまかり通ってきたのである。隠しごとばかりの諜報業界の話ゆえ、内容の真偽を確かめることが難しかったからだ。しかし、だとするとこの本の内容が信頼できるかどうかという疑問を、読者のみなさんは当然もたれることだと思う。
本書執筆のための取材調査の作業をつうじて、私が一貫して取り組んできたのは、この"信頼性の立証"という問題だった。私は情報源の身元を隠しておかねばならない立場にあった。発言者たちの身元が知れたら、弾圧をこうむる恐れがあったからだ。それゆえ私が得た情報の大部分は、提供者の氏名などをこまかく挙げることはしなかった。情報源をあっさりと公表するのではなく、その身元を隠し、本人だとバレないように慎重に書くのは、私の重要な務めだと思っている。結局、情報源の身元を明かさぬままその証言の信頼性を確保するという困難な課題を実現するための唯一の方法は、徹底的に詳細で正確な記述を行なって証言者たちが確かな情報を持っていることを読者にはっきりと示すことしかないと考えた。だから本書では、秘密諜報施設の内部を(ものによっては個々の部屋の内部まで)詳しく描写したし、個々の職員の仕事の内容や、盗聴監視システムがどういう仕組みで運用され、諜報活動の標的になってきたのがどういう情報でそれをどういう方法で集めてきたかなども精密に記述した。この1冊が完成するまでにどれほど多くの諜報関係者が情報を提供してくれたかが、お読みになればご理解いただけると思う。
この本はもともとニュージーランドで出版された。しかしエシェロン盗聴監視システムの詳細を、世界で最初に暴露することとなった。この暴露は世界中に衝撃をあたえ欧州議会では1年がかりの実態調査が始まったし、他の国々でもエシェロンをめぐる更なる実態暴露が出てくるようになった。だがいまのところ、NSAおよびアングロアメリカ諜報同盟諸国による世界規模の監視体制の実態について、本書が示した内部告発ほど大規模なものは現われていない。そういうわけで今後も当分は、これら諜報機関の内情を生々しく正確に伝える情報源として、本書をしのぐものは出てこないと思う。この日本語版を読まれたみなさんが、本書の情報をご活用くだされば、私にとってこれ以上の喜びはない。
本書をお読みになれば、民主的な社会のありかた、国家の運営や方向性、外交関係のあるべき姿などについて、あらためてじっくりと考えてみるべき課題が山積みになっていることにお気づきになると思う。一国の政府が国民に隠しだてをしたまま他国と“同盟関係”を結べば、国家としての独立と尊厳が損なわれてしまうことを、本書をつうじて具体的に見ることができるだろう。この問題は私の国だけのものではない。あなたたちの日本も、同じような危機に直面しているのだ。しかもいまや、多国籍盗聴同盟の盟主アメリカは国際政治における役割を急激に変え始めている。本書が提示した問題は、1990年代なかばに原著を執筆していた当時よりも、はるかに切実にわれわれに迫ってきているのだ。
そう、いまわれわれは、これまで何十年もお目にかかったことがなかった最も凶暴な米国政権を目撃するはめになっている。かつて冷戦時代末期に政権とその周辺で利権をむさぼっていた連中が、いまや「テロとの戦い」という御旗を掲げて次から次へと“敵”を創り出し、世界中の国々に「アメリカに味方せよ、さもないとお前も敵だ」という“白か黒か”の忠誠審査を突きつけて、新たなる「冷戦」の時代に世界を巻き込もうとしているのだ。今回、米国が「敵」と名指したのは「共産主義」ではなく「イスラム教原理主義」なのだそうだが、第1次「冷戦」のときと同様、こうした“敵をつくって他国を強引に自陣営に引き込む”手法の裏には、自分の政治的・経済的覇権をいまいちど世界中に拡げたいという米国のぎらついた野望が見え隠れしている。
そして、そう、まさにこの“役割”なのだ。テロリズムと「戦う」とか国家安全保障を確固たるものにする、などという大義名分を掲げて同盟国を巻き込みながら国際的な諜報活動を展開してきたアメリカの真の狙いは、そうした自国に都合のいい"役割"を追求することだった。本書を読めば、「テロ対策」とか「国家安全保障」などの大義が、どのように利用されてきたかがよくわかる。
世間では「テロリストの脅威」への恐怖心をかきたてる大げさな話がたれ流しになっている。だが私の見るところ、日本やニュージーランドのような国では、実際には「テロリズムの脅威」はきわめて小さい。だが、この皆無に近い危険性をたやすく増長し、「テロリズム」の標的になるために立候補できる方法がある。国際的な衝突を増長させている米国の現政権の尻尾にくっついて、紛争の後押しをすればいいのである。これがいかに愚かなことか、冷戦時代に長年かけて学んだのが、私の国だった。つまりニュージーランドは“核兵器をかかえて睨み合いをする”という安物の西部劇のような舞台から早々に引き上げて、決闘の現場で助っ人めいたことをしている他の国々よりもずっと安全な状況を実現させた。
米英の“原理主義”がアジアの“異文明”との軍事的衝突を仕掛け始めたなかで、日本やニュージーランドのような国が、好戦的な米国が牛耳る軍事同盟のなかで、あいかわらず“同盟員という名の下僕”に甘んじることを選ぶのか、じっくりと考え直すべき時がきている。なにしろ、いまやわれわれは、自分たちの国と社会の今後のありかたを大きく変えてしまうような決定的な危機のなかに置かれているのだから。21世紀を迎えたとたんに起きたこの重大な危機に、あなたたちの日本も直面していることは否定しようがない。そうした危機を直視しながら、本書を役立てていただけるよう願っている。
ニッキー・ハーガー 
2003年3月末に記す

書評 ふぇみん 03年8月5日

秘密のべールに包まれていた米国主導の国際盗聴システム「エシュロン」。その全貌をはじめて本格的に明らかにしたレポートが本書である。欧州議会は01年、「エシュロン」をめぐる調査報告書を作成するなど、国家間の攻防が現在進行形で続いている。
特に今回、日本語版序文には、アメリカが国連安全保障理事会構成国の外交通信を盗聴し弱点を探り出すことで、それらの国にイラク攻撃に賛成するよう圧力をかけていたことも暴露されている。諜報活動というひと味違った視点から、あの侵略戦争を読み解くことができる。軍事力の行使と情報収集は表裏一体、むしろ情報があってこその軍事力とも言える。そして、集められた情報は、戦争をしたい者たちに都合よく選択・加工され、一般市民をペテンにかける材料ともなる。つまリ、戦争を起こさせないためには、このような情報収集活動を止めさせていく必要があるわけだ。
着々と有事体制を築きつつある日本も、いよいよ独自の情報収集衛星を打ち上げる。平和を求める人々にこそ、読んでほしい1冊だ。(よ)

書評 公評 03年12月

国際盗聴網があなたをねらっている
いまだに健在なエシェロン国際盗聴網

アメリカが中心になって第2次世界大戦の頃から形成してきた国際盗聴網「エシェロン」が、3年前に大きな問題になったが、最近はまったくこの件に関しての報道が見られなくなってしまった。
決して国際盗聴網がなくなったわけではない。
ワシントン郊外の国家安全保障局(NSA)に本部を置くこの国際盗聴網はいまだに健在であり、堂々と諜報活動を続けている。
この盗聴網のしくみについてまだ知らない人のために、その概要について簡単に解説してみよう。
国家安全保障局(NSA)はワシントンDCに隣接したメリーランド州フォートミードに本部を構えている。創設されたのは1952年だが、その前身は1930年代にさかのぼる。
第2次大戦前の米軍は、ドイツを中心とした枢軸国に傍受されないよう、英軍との間でA3と呼ばれる暗号コードを使って、短波通信によるやり取りをしていた。
その後1935年に、この暗号コードはボコーダーと呼ばれる音声合成システム置き換わり、デジタル技術に直接結びつく音声暗号システムに変化して行く。
枢軸国の側は乱数表を使ったモールス信号と短波信号を中心に相互通信を行っていたが、米英側はすでに枢軸国側の暗号を傍受する技術を完成させていたようである。
ワシントンで人気の高いスパイ博物館に行くと、当時の連合国と枢軸国側の傍受の歴史が展示されていて興味深い。この博物館には世界中の有名なスパイや、スパイの小道具が展示されており、伊賀忍術の創始者といわれる百地三太夫も、日本の諜報員のひとりとして展示されている。
真珠湾に関する展示コーナーでは、アメリカは真珠湾攻撃に関連した日本側の暗号をすでに解読していたが、場所が特定できなかったので大きな被害を受けたと解説されている。
つまり、米英軍は第2次世界大戦の当時にはすでに現在のデジタル技術に道を開くシステムを完成させていたと同時に、乱数表などを使った敵国の暗号の解読技術を高度に発展させていたのである。
第2次世界大戦が終結すると、米英軍が傍受する対象は共産圏の動きに変化していった。
1952年には、アメリカの国家安全保障局(NSA)と英国の政府通信本部(GCHQ)が、新たに生まれた冷戦の動きに対応するために、相次いで設立されている。

アングロ・サクソン盗聴同盟

米英が相次いで盗聴組織を作ったのには伏線がある。第2次大戦の最中にアメリカと英国は、英米安全保障協定(UKUSA)と呼ばれる秘密協定を結んでいた。
英語でユークーザと発音されるこの同盟は、最初は英米間の秘密協定だったようだが、いつしかカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国を含めたアングロ・サクソン国家による国際盗聴同盟に発展していった。
しかし、この国際盗聴同盟は1996年までは国際社会にまったく知られることがなかった。
ニュージーランドのジャーナリストがちょっとしたきっかけから、国際盗聴同盟の支部がニュージーランドに存在することに気づき、慎重な調査をして、その存在を告発した。当時のニュージーランド首相すらその存在を知らなかったほど、国際盗聴同盟は秘密のベールにつつまれていたのである。
当初、米英の盗聴機関はアジア太平洋の情報を盗聴するために、三沢、香港、シンガポールの3カ所に秘密基地を設けて傍受活動をしていたようだが、米英から遠すぎるので、オーストラリアとニュージーランドにもひそかに、傍受基地を設けることにしたようだ。
たまたまニュージーランドのタンギモアナ基地の近所に住む友人を訪ねてきたオーエン・ウィルクスという平和問題の研究家が、その基地に設置されていたアンテナの形状が、盗聴用の傍受専門のアンテナであることに気づいた。
ウィルクス氏は、この傍受基地の建設のいきさつなどを調べ、1983年、ニュージーランドの平和問題研究誌に記事を書き、秘密傍受基地が存在することを告発した。
この告発によって、秘密傍受基地の存在は国会でも問題になり、当時のマルドゥーン首相は、国会で秘密基地の存在を認めざるを得ないという騒ぎになった。
しかし、この秘密基地がUKUSA同盟に組み込まれた国際盗聴網であるということは、国会で答弁をした当のマルドゥーン首相すら知らなかった。

日本の三沢基地にも盗聴施設がある

そのことがわかるまでにはさらに、13年の時間がかかった。ウィルクス氏の記事に注目したジャーナリストのニッキー・ハーガー氏が、ニュージーランドに設置されていた秘密基地を慎重に調査し、この秘密基地がニュージーランドの主権を無視したアメリカの出先機関であるという驚くべき事実を突き止めて書物に発表したのは、1996年のことだった。
ハーガー氏による入念な調査報告書は世界中の人を驚かせた。最初はまゆつばだと思っていた人々も、ハーガー氏の十分に裏付けをとった調査を読み進むうちに、国際盗聴網の閉ざされた真実に気づき始めた。ついに欧州連合(EU)が腰をあげて調査委員会を設置。エシェロン(フランス語ではエシュロン)という符牒で呼ばれる国際盗聴網の存在が国際的に明らかになった。
日本での報道は、欧州連合の調査を受けて火がついたようだが、基本情報がはっきりしなくて盛り上がりに欠けてしまっている。
無理もない。この問題の全貌を告発したハーガー氏の著書が日本語に翻訳されたのは、やっと今年の夏になってからだったからだ。
「シークレットパワー:国際盗聴網エシェロンとUKUSA同盟の闇」というタイトルで翻訳されたハーガー氏の書物は、実に詳細な調査にもとづいており、読み進むほどに、その正確さにうなってしまう。調査報道による説得力の強さに誰しも驚くであろう。
本来なら、こうした重要な書物は原書が出ると同時に読んでおかなければならないのだろうが、いかに重要な書物でも骨の折れる原書にあたる時間はなかなか取れないのが現実である。
日本国内の三沢基地にも国家安全保障局(NSA)に情報を提供するためのアンテナ群が建てられていることが、ハーガー氏の書物でも詳述されており、アメリカによるこうした不法行為に対して、どういったアクションを採ったらいいものやら、考え込んでしまった。
エシェロン国際盗聴網が行っているのは、海底ケーブルと通信衛星から漏れる通信を特殊機器で収集し、コンピューターに蓄積し、必要な情報を翻訳・分析するのが主な作業である。
電子メールのような文書情報だけでなく、電話による音声情報もデジタル化して収集している。電話番号や、話している人物の名前や声紋を探ることで、特定の情報をアクセスすることができるプログラムが利用されているようだ。
こうした文書と音声情報が、UKUSA同盟各国の秘密基地にあるディクショナリーと呼ばれるコンピューターに分類して蓄積される。
蓄積する場合には、私たちがパソコンで行っている検索方法と同じように、いくつかのキーワードごとに分類する。例えば日本の農業に関することなら「日本」「農業」「輸出作物」など、諜報活動に必要と思われるキーワードにもとづいて大量な文書がため込まれる。
NSAの指示にもとづいて、各国の盗聴機関の分析官と呼ばれる職員がこれらの文書を解読、翻訳し、その結果がワシントンのNSAに集約されるシステムとなっているのである。
ニュージーランドの基地は、地勢的位置を利用して、太平洋諸島の国々や日本、あるいはロシアの船舶などの通信を主として手がけている。日本語の文書を英語に翻訳してワシントンに届けるのもニュージーランドの担当である。
ニュージーランドという独立国家が、なぜアメリカのスパイ作業に協力するのかという大きな疑問が生じるが、この秘密ネットワークはニュージーランドの為政者が知らないうちに、米国やオーストラリアから調達された機器を元にして、あたかもニュージーランド軍のための諜報機関を装って作られていたのである。
つまり、米、英、カナダ、オーストラリア、それにニュージーランドの諜報官僚たちが、国境を越えて、政治家たちに知らせることなくちゃっかりと築き上げたのが、このエシェロンという諜報網なのだ。

米国NSAがエシェロンの指令基地

ハーガー氏の著書に敏感に反応したのが欧州の国々であった。EUは調査委員会を発足させ、2000年7月、エシェロン国際盗聴網の調査を開始し、2001年7月に公式の報告書を発表した。
この報告書によって、エシェロンという符牒で呼ばれる国際盗聴網が存在するということがはっきりした。
エシェロンに所属する機関は次のとおりである。米国安全保障局(NSA)、英国政府通信本部(GCH)、カナダ通信保安庁(CSE)、オーストラリア防衛通信本部(DSD)、ニュージーランド情報通信保安局(GCSB)である。
エシェロンの各国機関にはディクショナリーと呼ばれる大型コンピューターが、窓のない完全空調の建物に設置されており、盗聴対象項目のあらゆるキーワード、個人名、電話番号などを蓄積している。電子メールや短波通信を大量に傍受して溜め込み、各国機関が協力してそれらの文書や通信を翻訳する。
また、暗号の解読技術も極めて高度に発達しており、各国が大使館とやりとりする暗号などのかなりの部分を解読している模様だ。
EUの調査委員会は、特にエシェロンが各国の経済情報や人権団体の活動を傍受していることに注目している。つまり、エシェロンは軍事関係の諜報だけでなく、経済動向も調査して米英に有利な取引を行ったり、各国の人権団体の動きも監視している可能性が極めて高いのである。
NSAが他国の機関に命令している例のひとつとしてハーガー氏は、今年3月に興味深い文書を入手し、日本の読者のためにその秘密文書を公開している。この文書は英国のオブザーバー誌がすっぱ抜いたものだ。
NSAのフランク・コザという名前の職員の署名による、おそらく英国の諜報部に向けて出したと思われる「最高機密」と指定された文書である。
この文書には、次のような内容が記されている。
「NSAは米国と英国を除く国連安全保障理事会のメンバーが、イラク問題に対してどう考えているのが、どういう態度で決議にのぞむのか、どういう国々と連携しているのかなどを探る作戦を開始した。これはアメリカの政策を有利にするための作戦であり、同時に国際社会の関心をパキスタンに向かせる作戦とも連動している。特に、国連安全保障理事会メンバーであるアンゴラ、カメルーン、チリ、ブルガリア、ギニアを標的として作戦を実行すること。国務長官が国連安全保障理事会に証拠提出をするので、来週半ばあたりに多くの文書が飛び交うだろう。これらの国を対象とした傍受・分析作業に集中して欲しい」というものである。
つまり、アメリカのイラク侵攻を正当化するために、各国の諜報機関はアメリカ政府に協力せよというのだ。
この文書からわかるのは、私たちが知らないうちに、アメリカ政府はアングロ・サクソンだけの連合国を秘密裏に形成し、その盟主として諜報機関を通じて、国際世論操作を行っているようだ。
さて、EUはエシェロンにどう対応したのであろうか。
まずEUは調査委員会を設置する前に、ダンカン・キャンベル氏という英国のテレビ・ジャーナリストに調査を依頼した。
キャンベル氏は2年かけてハーガー氏の書物の裏付け調査をし、エシェロンがハーガー氏が指摘しているとおりに存在していることと、アメリカの企業がエシュロンを利用してEU企業を国際入札で追い落としたことが2回あるとの調査結果を発表した。
これを受けたEUは32人のメンバーによる調査委員会を発足させ、2001年5月にはワシントンを訪れ、NSA当局との面談を要求している。しかしNSAはこの面談の要求を拒否している。にもかかわらずEUの調査委員会は詳細にわたる報告書を完成させ、UKUSA5カ国による国際盗聴網を阻止する行動をとらなければならないという提言をまとめている。
特に英国に対するEU諸国の怒りは相当なもので、フランスがあくまでもアメリカのイラク侵攻に反対するのには、こうしたバックグラウンドもあるということも、考えておく必要があるであろう。
しかしながらエシェロンに対するEUの怒りは、むしろ盗聴によってEU企業の国際競争を阻害しているという点からきているようで、明確な国際法違反である盗聴活動に法的対抗措置を採るという動きには、今のところ発展していない。むしろ、フランスがこのシステムに逆に興味を持ち、自前の国際盗聴システムを構築しようとする動きさえ見せている。
エシェロンはどんな国や団体を対象に、何の目的で傍受作業をしているのだろうか。エシェロン・ウォッチャーによれば、有名な例としては、ジョン・レノン、マザー・テレサ、ダイアナ元皇太子妃などの名前があがっているが、真偽のほどは定かではない。しかし、NSAの元職員などが断片的に伝えているこうした有名人の名前から、米英に対する反体制運動に結びつきそうな人物の通信が、積極的に傍受されていることは間違いがないようだ。

甘く見られている日本発の通信

さて、日本はエシェロンの傍受対象にされているのだろうか。ハーガー氏の指摘によれば、特に外交文書がかなり傍受されているという。
エシェロンの各国の傍受基地が日本の情報の何を盗み取るかということについては、地域ごとに分担が決まっている。
日本政府が太平洋地域で展開している貿易、海外援助、漁業などの政策や、国際会議などの情報を扱うのは、ニュージーランドの担当である。
日本大使館は通信内容の機密の度合いに応じて、暗号を区別し、主としてテレックスでのやり取りをしているという。難易度の低い暗号が使われた場合は、ニュージーランドの傍受基地の分析官は、難なくその内容を読み取ることができるという。
ニュージーランド情報通信保安局(GCSB)が傍受する日本大使館の電文は、ビザの発給や文化行事、あるいは定期外交報告などであり、こうした文書は機密扱いではないので、傍受が簡単なそうである。しかし、一見なんでもないような内容から日本政府の外交方針を読み取るのが、分析官という高度な訓練を受けたスパイの仕事である。
また太平洋地域の在外日本公館は、外務省と衛星通信で連絡しているので、ニュージーランドが日本の太平洋地域の情報を盗むことは困難だった。
ところが1989年にニュージーランドのワイホバイという場所に通信衛星専門の傍受基地を設置し、日本大使館の情報を読み取れるようになった。これらの電文を分析した日本発の情報にはJADという符牒がつけられ、エシェロン各国の諜報機関に供給する作業が開始された。
ニュージーランド情報通信保安局(GCSB)では分析官たちが通信内容ごとにデータを仕分けし、翻訳する。これをエシェロンの共通書式に従って「最高機密」「機密」などに分類する。日本語の情報を傍受するためにはコンピューターのシステムに日本語を組み込まなければならない。この作業はアメリカのNSAが行い、さらに傍受用の特殊なプログラムを開発して、ニュージーランドに持ち込んでいる。
JAD情報は一般的にはたいくつ極まらないものばかりで、ほとんど役に立たないそうだが、日本の役人はときどき油断して「お宝」情報を漏らしてしまうことがある。
語り草となっている話として80年代初めの出来事がある。日本のある外交官が貿易産品の価格交渉での買い入れ可能上限額を、日常連絡用の外交文書で送ってしまったそうである。その結果、ニュージーランド側の食肉団体が大儲けをすることができ、GCSBの存在価値がおおいに認められることになったそうだ。
日本語を傍受する部署はK部と呼ばれる部局にある。K部にはKP課とKE課がある。
Kの意味は単なる部署記号らしいが、Pは太平洋州の意味で、KP課は太平洋諸島国家の政府活動やフランスの核実験の監視を行っている。Eは経済の意味で、KE課は南太平洋の日本の外交通信、ロシアと日本の漁業、さらに南極圏の各国の経済活動を監視している。
またニュージーランドで傍受できない情報に関しては、アメリカが三沢基地に保有している通信傍受施設からも供給され、日本語に強いスタッフが常駐しているニュージーランドのGCSBで分析作業が行われているようである。
したがって、日本が見張られているのは、むしろ外交活動よりも経済活動であると考えたほうがいいだろう。
その意味で、エシェロンは外務省の文書や電話だけでなく、数多くの日本企業の動向を探っていると思われる。つまり、私たちが日常的に利用する電子メールや国際電話も、傍受されていると考えて間違いがないであろう。

国際盗聴網にどう対応すればいいか

もちろんエシュロンのような不法な活動は、法的にはどの国の法律にも違反する活動であろう。国を越えた諜報活動は、アメリカや英国の国内法にも違反していると思われる。
ところが肝心のアメリカですら、NSAは下院情報委員会からの資料提出要求を、諜報の秘密を理由として拒否する始末で、アメリカ国内での告発活動もままならないようだ。こうした活動に目をつぶる歴代の政権に庇護されながら、NSAはその活動内容を一向に公表しようとはしない。
アメリカには諜報機関が13もあり、お互いの組織が競争活動をすると同時に、スパイ機関同士の組織温存をはかるために、お互いに助け合うということも行っている。
代表的な諜報機関としては、NSAを筆頭に、CIA、DIAなどが有名だ。13の諜報機関をあわせた職員数は20万人程度と推定され、年間300億ドル程度の予算が全体に配分されていると思われる。
CIAなどの古くからの諜報機関は秘密活動を伴うスパイ活動を行っていることは広く知られているが、NSAの職員は人前にその姿を表わさない。あくまでも、コンピューターを使った盗聴活動と、暗号解読活動を専門としているので、なかなかその実態が表に出ない。
さて、日本に住んでいる私たちは、この不法な国際盗聴活動にどう対応したらいいのであろうか。
日本国憲法21条では「通信の秘密は、これを侵してはならない」と定めており、それを受けた電気通信事業法4条では「電気通信事業者の取り扱い中にかかる通信の秘密は、侵してはならない」とされ、違反者には2年以下の懲役又は50万円以下の罰金が課されることになっている。
三沢基地の米軍傍受施設が行っている盗聴活動から、具体的な盗聴の事実を証拠としてあげるのはなかなか難しい仕事だと思われるが、アメリカの市民団体の協力があれば、退役軍人などから具体的なデータがもたらされる可能性がないわけでもない。
また、アメリカの市民団体は、NSAの分析活動に混乱をもたらすために、NSAが使うキーワードを大量に打ち込んだ文書を電子メールで流し、NSAのディクショナリーに過剰負担を起させようと呼びかけた。呼びかけたのはアメリカの弁護士リンダ・トンプソン氏。
トンプソン氏は、効果的なキーワードとして、次のようなものをあげている。一部を紹介しよう。
「米連邦捜査局(FBI)、米中央情報局(CIA)、米国家安全保障局(NSA)、米国税庁、アメリカ教育連盟、米国防総省、オクラホマシティー、 拳銃、テロリズム、爆弾、薬物、特殊部隊、憲法、権利章典、ホワイトウォーター、イランコントラ、モサド、米航空宇宙局、英国諜報部、ロンドン警視庁、マルコムX、革命、ヒラリー、ビル・クリントン、ゴア、ジョージ・ブッシュ」トンプソン氏の呼びかけが功を奏したのか、ZDネット日本版が2000年1月30日に興味深いニュースを配信している。
「米国家安全保障局のコンピューターに障害――原因は大量傍受による過負荷?」と題した記事によれば、NSAのコンピューターシステムが「深刻な」障害に見舞われ、1月24日から3日間にわたって諜報データの処理に支障をきたした。
 NSAはメリーランド州フォートミードにある本部のコンピューター復旧のため、数千人時にも及ぶ技術者の手と、150万ドルの費用を費やしたという。NSAの記者発表によれば、「この障害によって、収集した情報そのものが影響を受けることはなかったが、情報の処理には支障をきたした。情報処理のバックログはほとんど完全であり、NSAでは重要な情報が失われたことはないと確信している」ということだ。
またこのNSAのコンピューター障害を最初に報道したABCニュースによれば、NSAディレクターのマイケル・ヘイドン米空軍中将は「今回の問題はY2K関連のものではなく、大量の情報を傍受したことによるコンピューターシステムの過負荷が原因だと」述べている。
こうしてNSAに対する批判は、海外だけでなくアメリカ国内でも高まっており、NSAは少しずつ情報公開をせざるを得ない立場に追い込まれている。
その第1歩としてNSAは10年ほど前に「国立暗号博物館」を本部の敷地のはずれに設けている。また最近では「オープンドアー・プロジェクト」なるものを発足させ、ホームページを開設し、第1次世界大戦から第2次世界大戦にいたる期間の諜報文書を公開している。
しかしNSA本部自体は誰も入れないドアにさえぎられている。国際盗聴機関がはるか上空のかなたから、コンピューター技術を利用して私たちを監視する時代は、いつまで続くのだろうか。
(ジャーナリスト 菅原 秀)