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書評 熊本日日新聞 99年3月31日

初めてインドヒマラヤに足を踏み入れたとき、森田千里さんは、『こんなところに自分の山小屋があったらなあ』とチラッと思ったという。そのチラッとが、なん回もヒマラヤに訪れるたびにエスカレートし、やがて「ここに住みたい」と思うようになる。
森田さんは、当時中学校の先生をしていた。「子どもたちに本物の自然体験を!」と、ポナペ島の無人島に子どもたちを連れていき、サバイバル生活をさせたり、番長くんをヒマラヤの氷河に連れ出したりしていた。
定年になる寸前だった。森田さんは酔った勢いで友人らに大ホラを吹く。ヒマラヤに山小屋をつくって、移り住むのだと─。
友人らもシャレがわかる人たちで、そんなにヒマラヤが気に入ってるんなら、と金を集めてしまった。そして、「さっさととりかかれ」と。
「森田さんが小屋をつくれば、日本人が来てくれる。そうなればわしらに仕事がくる。たいへんありがたいことです」。地元の人たちはそういって賛成してくれた。
やがて、冗談は現実になってしまい、ヒマラヤ山中に、ヒマラヤン・ハワー・アシュラム(風来坊)という3階建ての山小屋(というより小さなホテルのように見える)が完成した。
初めてヒマラヤヘ行った時のことや、山小屋ができ、移り住んでからのタノシイゴタゴタを書いた夢のような本が、『ヒマラヤ酔夢譚』である。
 最初のなん頁かに、著者によるカラー写真がなん枚もある。アルプスや花や人たちが写っている。本文の沢山のモノクロ写真をながめているだけでも、この本の世界に入っていけて、遊べる。酔夢譚とはよくつけたもので、読んでいるとここちよく酔える。
夢のある人は幸せである。実現できる人はもっと。森田さんのように、もう一歩で実現という時に、つまり、資金さえあれば可能になるという時に、人様が助けてくれることによって夢がかなうのは、森田さんのそれまでの良い行いに、天がボーナスをくださったのだろうと思う。
小生にボーナスは無い。なにもしてないからだ。うらやましくも、この本を読んだしだいである。

書評 赤旗 99年4月26日

軽妙でユーモラスな語り口が、いかにも著者らしい。とにかく面白い本である。
「ヒマラヤ」というからには、なにか、はなばなしい冒険か、高峰の登山記がつづられているのではないか、などと期待する向きがあるかもしれない。けれども、本書は冒険でもインドヒマラヤに惣れぬいて、揚げ句、その山中に小屋まで建て、半分インド人になってしまった男の人生冒険の半生記なのである。本書が、他のヒマラヤ物と一味も二味も異なる面白さ、痛快さをみせつけるのはそれゆえである。著者は、長い教師(中学校)生活を送った。そしてその間、日本勤労者山岳連盟の理事長、会長を歴任し、登山界の発展にも尽くした。無類の酒ずきであることは、知る人ぞ知る。たぶん、それを意識して、少々テレ気味に「酔夢譚」などと銘打ったに相違ない。だが、登山運動をともにしてきた間柄、こちらは著者がみずからのおこないを「酔夢」なんて少しも考えていないのを、先刻承知だ。酒に酔ってフラフラしているようで、じつは、常人のまねのできぬ仕事をフンワリしてのける それが、著者モリタの特性なのである。本書にちりばめられたエピソードの数々に、モリタの面目が躍っている。
著者は、現在ほどヒマラヤが身近でなかった時代に、はじめてインドヒマラヤを訪れる。同僚の教師と2人、“弥次喜多”よろしくさまざまな失敗や辛酸をなめた末、ともかく、無事帰国する。が、ヒマラヤの大自然とそこに暮らす人々との交流は、以後の著者の生き方に、決定的な影響をおよぼす。まさに「知ることは、愛することのはじまり」。後年、教職を投げ打ってまでインドはヒマチャル・プラディシュ州のマナリに「風来坊」(アシュラム)なる立派なロッジをつくりあげ、半分マナリ人、半分日本人の生活を繰り返すようになってしまうのである。
この間には、南海の無人島で「冒険学校」をひらいたり、番長を張る教え子をともなってヒマラヤに旅するといった、たのしくも夢のある体験もする。教育の荒廃が憂慮される今日、こんな型破リの教師が存在した事実を知るだけでも一読の価値ある本である。

書評 山と渓谷 99年6月

酔夢譚。酒に酔い、眠ってみる夢の話。
ヒマラヤに魅せられた若い中学教師が、夏休みを取って初めて出かけたインド・ヒマラヤ。「こんなところに山小屋をつくって過ごせたら」と夢を見つつも、本業の教員生活に情熱を注ぐ。
学校の「番長くん」を連れ出してヒマラヤの氷河を歩き、山岳部の生徒たちと合宿をする。さらに南の島に冒険学校を作って、自然が教師と公言して、子どもたちとともに学ぷ。そして、何度も足を運んだマナリにほど近い山に山荘を建てて、定年を前にインドヘ移住。さらに、そこから聖地キンノール・カイラスヘの巡礼の旅に出る。
ヒマラヤを核とした夢物語のような著者の半生を、4つの章に分けて恬淡な語り口で綴った書。照れ隠しのように「冗談が本当になった小屋づくり」という言葉で語られてはいるが、いっぽうで「夢は追うためにあるものなのだ」と断言し、さらなる夢に向かう姿は魅力にあふれている。
「譚」の文字には、欲しいまま、自由自在なことという意味もあるらしい。一見さらりと書かれた本書には、小気味よい著者の生き方が凝縮されているようだ。