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抜粋 はじめに

 あなたは一日に、どのくらいテレビを見ているだろうか。
調査会社ビデオリサーチによると、関東地方の家庭でテレビがついている時間は、朝6時から夜 時の間だけで、2012年には平均7時間29分に達した。受像機の前に座っていなくても、つけっ放しにして、ときどき目や耳を向ける人も多い。
 広告最大手・電通の推計によれば、11年のテレビ広告費は1兆7237億円。同年3月に起きた東日本大震災によるCM自粛にもかかわらず、前年からほぼ横ばいだった。数千万人が同時に触れるマスメディアは他にないため、スポンサーが集中している。
 若者のテレビ離れが進み、インターネットが広告媒体としてテレビを急追しているとはいえ、テレビはいまも「メディアの王様」なのだ。
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 そんなテレビが、大きく変化している。12年3月31日、地上テレビのアナログ放送が全国で終了し、デジタル放送に切り替わった。大震災の被害が深刻で移行が延期された岩手、宮城、福島の3県を除けば、「地デジ化」は11年7月24日に実現。大画面で鮮明な映像を楽しめるようになった。1953年に日本でテレビ本放送が始まって以来、最も大きな節目といえる。
しかし、何のための地デジ化なのか、明確に理解している人は少ないのではないだろうか。それもそのはず、テレビのデジタル化が決まるまでには、さまざまな利害が絡み合う複雑な経緯があった。さらに、技術革新は地デジ化後のテレビも揺るがしつつある。
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テレビという最も身近なマスメディアが、どのように生まれ、なぜデジタル化されたのか。そして、これからどうなるのか。本書では、地デジ化をキーワードに、主に関係者の証言でたどってみたい。

民間放送 2013年4月3日付

 …共同通信社編集委員兼論説委員の著者が配信した「テレビの現代史」を大幅に加筆したもの。多くの関係者のインタビューを織り込みデジタル化の歴史を振り返る。特に注意して読みたいのは、1990年代の政策決定過程である。アナログハイビジョンから郵政省(当時)の方針転換の分水嶺となったのは、当時の江川晃正放送行政局長によるBSデジタル化の表明とされる。原は関係者の取材から、この背後にNTTの関係者がいたことを明らかにしている。また、デジタル化の成果について、多チャンネル、データ放送などメリットと言われたものが定着していないと断ずる。特にアナログ電波の跡地利用には、手つかずの空き地が目立つとする。

岐阜新聞 2013年4月4日付夕刊
 
信濃毎日新聞 2013年4月7日付
 
中国新聞、徳島新聞、佐賀新聞

 テレビ放送が始まって今年で60年。その黎明(れいめい)期から現在までをたどる。地上デジタル放送への移行に焦点を当て、放送局のネット事業への取り組みなど、テレビにまつわるトピックを多様な角度からカバー。テレビの歴史を分かりやすく学べる一冊だ。
 富山県出身の川原田政太郎が先鞭をつけたテレビ研究や、国産技術だったハイビジョンの栄光と挫折。NHKによるスーパーハイビジョンの開発、ニコニコ動画の人気といった最新事情も盛り込んでいる。

新聞研究 2013年5月号

共同通信社編集委員兼論説委員の著者は、これまでテレビをはじめメディアを中心に取材を重ねてきた。同書は2011年5〜9月に共同通信が配信した「テレビの現代史」を基に加筆された。テレビという身近なマスメディアがどのように生まれたのか、なぜデジタル化されたのか、これからどうなるのか―。「地デジ化」をキーワードに、放送の黎明期からデジタル化までの道程、ネットとの関係性の証言でたどる。そして、市民の共有財産である電波を利用する放送の公共性について言及したうえで、「技術的にできることや、視聴者が欲しがることと、マスメディアとしてやるべきことを、混同してはなるまい」と説く。

GALAC(放送批評懇談会) 2013年6月号

 テレビは番組ばかりが注目されるが、経営や制度、さらには技術も重要である。本書は地上波デジタル化という技術革新を軸に、日本のテレビの歴史60年を振り返っていく。共同通信社の編集委員兼論説委員の著者が、全国の加盟新聞社に計26回配信した連載記事「テレビの現代史」を大幅に加筆した。テレビがデジタル化へ移行していく変遷を、多くの関係者の証言が裏付けてくれる。
 社会のデジタル化が進行し、それがテレビへと波及していく20年前の動きが、興味深く貴重なルポルタージュとなつている。当時の郵政省、NHK、家電メーカーなどの考え方や動きが、第2章「デジタルへの道」に詳しく伝えられている。
 世界最先端の純国産技術であるハイビジョンを日本政府は強力に後押ししていたが、その伝送方式はアナログだった。「郵政省がNHKの技術開発にお墨付きを与え、それを家電メーカーが商品化するという『トライアングル』が、日本ではうまく機能してきた。米国などがデジタルに動いても、アナログのハイビジョンを広めて十分に稼いでから、デジタルにすればよいとの姿勢だった」と上智大学の音好宏教授が指摘。
 一方、郵政省は当初からBSだけではなく地上放送のデジタル化も意図していたことなど、本書によって初めて明される事実もあった。
 テレビは高度な機械、技術システムの革新と発展によって強力な挺子として進化してきた。メカニズムあってのテレビかもしれない。しかし、あえて一言加えたい。デジタル化したからテレビが進歩したとは思えない。アナログ時代から後退したものもある。地デジ化が産業として生き延びるためのものであったとしても、文化として創造性豊かで信頼感のあるメディアであることは決して忘れてはならないと思う。
                         (三原冶)

ジャーナリスト(日本ジャーナリスト会議) 2013年5月25日号

 関係者への綿密な取材でたどる
 テレビ放送60年の歩み

 今年はテレビが誕生して60年という節目だ。昨年3月末、東北4県のアナログテレビが終了し、テレビはすべてデジタル化した。本書は長い間テレビ放送を見続け、取材し続けてきた敏腕の新聞記者・原真(共同通信)が、テレビはどのように生まれ、どのように変化し、なぜデジタル化したのか、これからどうなるのかを、関係者の証言で跡づけた力作である。
 今もテレビは「メディアの王様」だが、技術革新は地デジ化後のテレビを揺るがしていると筆者は見て、テレビの将来を明らかにしようとした。
 第1章の日本におけるテレビ黎明期の記述には、これまであまり知られていなかった事実も発掘、テレビ研究を先導した川原田正太郎のエピソードが楽しく読める。
 第2章デジタルへの道では政府や業界がどのような思惑で動いたか、関係者の証言を積み重ねる。世界の覇権に失敗した経緯、BSアナログからの方針転換にまつわるドラマ、世界の流れに乗り遅れまいと動いた行政、高画質以外のデジタルメリットが生かされない理由等が解明される。
 第3章、多チャンネルの台頭、第4章ネットと競う未来は現在のテレビの状況を浮き彫りにした記述として読み応えがある。デジタル化のメリットである多チャンネル化が、番組の内容や視聴形態に変化をもたらしつつある。そしてネットとの競い合いの中で番組が変化しつつあることが浮き彫りにされている。
 デジタル化がメディアの4番目の革命になるのかどうか、放送現場の新たな努力が問われるだろう。
         (隅井孝雄=京都コミュニティー放送副理事長)

総合ジャーナリズム研究 2013年夏(No.225)

 「メディアの王様」のテレビは、どのように生まれ、なぜデジタル化され、これからどうなるのか、を「地デジ化」をキーワードに辿る。新聞記者の著者(共同通信編集委員兼論説委員)らしく、テレビをめぐる関係者を取材し、興味深い「時代の証言」が盛り込まれている。

出版ニュース 2013年7月中旬号

 日本でテレビ放送が始まって60年、テレビはどのようにして生まれいかにしてデジタル化したのか。本書は黎明期から今日まで、関係者の証言で辿る技術としてのテレビ史である。1930年、日本で初めてテレビジョンの公開実験が行われた。ここでは、この研究を主導した川原田政太郎をはじめテレビに携わった人たちが登場し、戦争の中断と、戦後の放送民主化や米国方式輸入の実態、1953年のテレビ本放送スタートといった歩みをふまえデジタル化へ向かう道程が描かれる、戦後日本の技術革新の過程が見えてくるとともに、地デジ後のテレビの行方を探る上でも好適なレポートといえる。

日刊ゲンダイ 2013年4月20日付(「土曜新刊あらかると」)

 ハイビジョン開発が災いに

 地デジ化という技術革新を軸に、本放送が始まって60年を迎えた日本のテレビの歴史を素描したノンフィクション。
 まだラジオ放送も始まっていない1920年代に始まった日本のテレビ研究は、戦争による中断を経て、1953年の本放送開始へと実を結ぶ。東京五輪を機に放送技術で先行する米国に追いついた日本は、次世代テレビの開発に着手。ハイビジョンで世界の先頭に立つが、それが災いしてデジタル化へと進む世界の動きに後れを取ってしまう。
 関係者の証言をもとにテレビの歩みを振り返りながら、なぜ地デジ化が必要だったのかを検証し、今後を展望する。