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抜粋 プロローグ

■北川改革とユニバーサルデザイン

バリアフリーとユニバーサルデザイン(UD)は、しばしば混同される。
一つのホールを例にとろう。これまで車椅子では入れなかった既成のホールの椅子を一部、車椅子の障害者にも使えるようにするというのが、バリアフリーである。一方、ユニバーサルデザインは、新しいホールを建設するさいに、あらかじめどの椅子でも車椅子が使えるような設計にしておくという考え方だ。
この二つは、似ているようだが違う。
バリアフリーは、これまでの差別的社会の臨床的改善措置に過ぎない。
ユニバーサルデザインは、あらかじめ障害者や高齢者を含めたさまざまな人々が平等に適応できる社会をめざしてそのあり方や考え方を変えてしまおうという概念である。
1990年代の半ば、ユニバーサルデザインを「思想」として日本で受けとめていた政治家がいた。自治体改革の先陣を切った北川正恭さんだ。北川さんは当時、三重県知事に当選したばかりであった。
取材でインタビューしたときのこと。どんな三重県にしたいか? という私の問いに、いきなり彼は、
「ユニバーサルデザインの三重県にしたい」
と答え、ユニバーサルデザインなるものをろくに知らなかった私を驚かせた。
ユニバーサルデザインの三重県とは? と、ふたたび問うと、
「私は、ユニバーサルデザインこそデモクラシーだと思っています。日本にはまだデモクラシーが定着していない。対話と参加のユニバーサルデザインの考えで、私は成熟したデモクラシーの県にしたいのです」
ユニバーサルデザインという言葉がほとんど知られていなかった時代である。
永田町の保守政治家だった北川さんがそれを知っていたという事実にもびっくりさせられたが、このとき北川さんが語った、「ユニバーサルデザインはデモクラシーである」「対話と参加のユニバーサルデザイン」「ユニバーサルデザインの三重県にしたい」という言葉は、鮮烈に私の記憶に残り、ユニバーサルデザインに対して私が大きな関心を持つきっかけになったのであった。
 
■「よみがえれニッポン」の誕生

その後ユニバーサルデザインは、改革派の自治体や新たな市場創出を目標とする企業の間で急速に広がった。
そのユニバーサルデザインに懸命に取り組んでいるクリエーターがいると聞いて訪ねたのが、プロダクトデザイナーの中川聡さんだった。
初めて顔を合わせた私に、中川さんはユニバーサルデザインを精力的に語ってくれた。中川さんは、ユニバーサルデザインを理論的に教えてくれた、私の初めての「師」でもある。
すでにさまざまなUD製品を開発していた中川さんは、これまでの作り手の側にユーザー無視という欠陥のあることを感じていた。一方の私も、送りっ放しで一方通行の放送の世界に不満を持っていた。二人をつなぐキーワードがユニバーサルデザインのコンセプトである「対話と参加」であった。
私たちはテレビメディアを使ってユニバーサルデザインの考え方を広げたいという考えで一致し、CS放送朝日ニュースターで2002年から月1回で生放送のテレビ番組「よみがえれニッポン」を始めたのである。 
私は、この番組を狭い意味でのデザインの技術番組にはしたくなかった。
テレビはもともと技術番組には馴染まない。北川正恭さんが「ユニバーサルデザインはデモクラシーだ」と喝破したあの言葉をベースに、この日本をユニバーサルデザインの視点で検証してみたいと考えたのである。ユニバーサルデザインの視点とは、「相手の立場で考える」ということである。「相手の立場で考える」ということは、これまでの送り手・受け手という関係を双方協働の交じり合ったものにしようとすることである。
これまで日本の社会は政治、経済、社会、文化などあらゆる分野で、積極的な送り手側と消極的な受け手側とに分かれていた。受け手側は生活主権者といわれながら、その主権を行使することも、その行使に責任を持つことも少なかった。
それを切り崩したのがユニバーサルデザインである。ユニバーサルデザインは、送り手側の受け手側への対話の努力と、受け手側の送り手に対する権利主張と積極的な参加を意味する。 
権利と責任の行使とは、まさに北川さんの言う「民主主義」そのものである。
このユニバーサルデザインの視点で現代ニッポンを検証してみると、出てくるわ出てくるわ、呆れるほど送り手側は相手の立場で考えておらず、受け手側も権利の主張や参加には積極的ではなかった。
悪い例はその社会的・歴史的背景を含めて検証し、同時に良い例は積極的に番組で紹介しエールを贈ることにした。
それにしても、敗戦を境に民主主義を採り入れたはずの日本社会に、なぜこれほど供給側の一方的な姿勢や生活者側の無責任さが続いていたのだろう。ユーザーにとって使いにくい製品やサービスは山のように存在していた。
それがなぜなのか検証してみると、明らかにモノを作り出す側、送る側の人々が、それでも商売が成り立っていると高を括っていたからだと思える。モノを作ってやる、売ってやるという考え方から抜け切っていない。それはまさに彼らの人生観であり社会観であった。それが根っこにあるかぎり、製品やサービスがユーザーの満足の行くようなものにはなりえない。その無意識の傲慢さは、敗戦を経ながら昔とあまり変わっていないこともわかってきた。
ユニバーサルデザインを進めている人々でさえ、例外ではなかった。
ユニバーサルデザインのシンポジウムや研究会に参加して多くの「UDマン」に出会ったが、たとえば会社でユニバーサルデザインの製品開発に取り組んでいながら、家に帰れば男尊女卑の夫だったり、子どもの声に耳を傾けない頑固親父であったりする例は少なくなかった。
たぶん、そうした人たちがデザインしたり開発したりするユニバーサルデザイン製品は、究極的にユーザーにとって決して使いやすいものにはならないだろう、と私には思えたのであった。弱い立場の受け手の気持は、こうした二重性を持った送り手には決して理解できないはずだからである。 
ユニバーサルデザインとは、単なるデザインの方法論ではなく、まさにモノやサービスを供給する側の生き方や人生観、社会観との整合性が同時に問われる「思想」であり、「理念」である、と私は考えるようになった。
その後中川さんは、ご自身の仕事が忙しくなり番組が始まって2年目に番組を降板することになったが、私はユニバーサルデザインについての私自身の視点を貫いて今日まで放送を続けてきた。
                                 ■受け手をも問うユニバーサルデザイン

「誰にも使いやすい製品づくり」「誰にも喜ばれるサービス」ということは、本来、自由経済社会つまり競争社会では当たり前の原則である。
にもかかわらず、この国では長らく自由経済制度をとっていながら、その当たり前の原則が行なわれてこなかった。それは送り手側の本来の体質が変わらなかったからだともいえるが、同時に「ユーザー」「消費者」「市民」「有権者」といったデモクラシー社会の根幹を支える生活主権者たちが、権利を主張せず、責任ある参加をためらい、「受け手」という消極的な立場に甘んじてきた不甲斐なさにもよるものだと思う。それはまた、送り手側にとってもきわめて都合のよい状況だった。「日本にはまだ民主主義が育っていない」という北川さんの言葉は、これまで対等ではなかった送り手と受け手の関係を衝いている。
民主主義には「権利」と「責任」が求められるように、ユニバーサルデザインの「対話と参加」という基本原理は、送り手に対して主張し、参加する生活者たちにも「権利」のみならず「責任」が求められるのである。
北川さんは知事になって「情報公開」を徹底して行ない、県民の主張や意見を条例づくりに積極的に採り入れたが、同時にその意見に対する市民たちの責任も厳しく求めた。
「対話」と「参加」のユニバーサルデザインは、であるがゆえにユーザー側も問われるのである。ユニバーサルデザインがデモクラシーだと言われる所以はまさにここにある。
本書は、ユニバーサルデザインの技術書ではない。だから、ユニバーサルデザインの方法論、技術論として捉えている方々には満足できないかも知れない。しかしユニバーサルデザインを21世紀の新しい指標として、理念や価値観として捉えたとき、混迷を見せる21世紀に新しい展望が開けてくる。
世界有数の技術大国、経済大国といわれながら日本社会は決して快適な住みやすい国とはいえない。小泉改革の後、富める者と貧しい者との格差は年々拡大、貧しい高齢者の数も疲弊した地域も著しく増えた。
環境悪化は世界各地に広がり、貧しい途上国では食料が手に入らず飢死する人々が相変わらず増大している。各地の紛争は絶えることなく、大国はそれを抑える知恵も方法も生み出せないでいる。第2次世界大戦という大量犠牲の経験を経ていながら、人類はいまだに豊かな安定平和を手にできずにいるのだ。
前世紀末、「思想の時代は終わった」と言われた。
果たしてそうだろうか。
資本主義も社会主義も世界の問題の最終的な解決をもたらさなかった。その解決のための潤滑油的な考え方に、ユニバーサルデザインはなるかも知れない。
そんな思いを込めたのが本書である。

この本を共作しているフリージャーナリストの安藤千賀は、当初、東京・葛飾ケーブルテレビの社員であったが、どうしても「よみがえれニッポン」に関わりたいと私を訪ね、番組スタート時から参加している。
安藤のユニバーサルデザインについての勉強ぶりは並大抵のものではない。
女性ジャーナリスト数ある中で、彼女ほどユニバーサルデザインに詳しい者はいないだろう。安藤は本書で、取材や資料収集を担当した。

「よみがえれニッポン」には、「安藤千賀のUD見つけた」というコーナーがある。このコーナーは毎回番組のキャスターである安藤千賀が町中で見つけた「これはUD的だな〜」というものをデジタルカメラで撮影し、番組で紹介しているものだ。もっとも近代的に作られた東京という町でありながら、実は高齢者や障害者にとって決して優しくない都会だと、私はつねづね感じているが、その中でもUDに積極的に取り組もうという製品や施設は少なくない。
本文中に挿入した写真コラム「千賀のUD見つけた」は、安藤が日常的に自分で撮影したまちの中のUD的な努力の現われであり、解説も彼女自身が記したものである。

書評 NIKKEI DESIGN 2008年10月号 bookend

 生活者から見たUD

 著者のばばこういち氏、安藤千賀氏は2002年よりCS放送の朝日ニュースターで放映されているユニバーサルデザインのテレビ番組「よみがえれニッポン」のキャスターを務める(ばば氏はプロデューサーも兼任)。番組の制作を通して蓄積された、現状の報告や関係者の意見、未来への希望などをつづった本である。テレビメディアから生まれたものだけに、初心者にも分かりやすい入門的な本となっている。
 番組で紹介され、本書の随所に挿入されている「安藤千賀のUDみつけた」の小コーナーが面白い。ヒールがひっかからない排水溝、中身が見える駅のゴミ箱など、生活者の視点で素直に書かれている点が良い。

書評 図書新聞 2008年11月22日(No.2895)

 ユニバーサルデザインは
「差別のDNA」を打ち崩すか

  ―考え方をひとつに特化するのではなく、
   拡張して多様にするのが「思想」―

                      黒川 類(評論家)

UDとは、ユニバーサルデザインの略称で、「さまざまな人々が平等に適応できる社会をめざしてそのあり方や考え方を変えてしまおうという概念」(9P)ということだ。
 ポリオの障害をもっていたアメリカの建築家ロナルド・メイスが、「1974年にWHO(世界保健機構)からの依頼に応えて提出した『バリアフリーデザイン報告書』のなかで初めて「ユニバーサルデザイン」という言葉を使ったことにそれは由来する(72P)。
 それまでの、というよりはいまでは誰もが熟知するようになったバリアフリーが、「既成のモノや設備の一部を障害者や高齢者のために改良する」というものであったことに対して、UDは、それらのことを「あらかじめ想定してデザイン」(73P)を考え、設備・モノを作っていこうとするものとなる。
 2002年から、著者たちは、CS放送朝日ニュースターでユニバーサルデザインの視点による検証テレビ番組「よみがえれニッポン」のプロデューサー、キャスターを担当している。本書は、番組制作を通して深化させたUD概念を拡張して展開することにある。
 「私はユニバーサルデザインを『思想』として捉えている。(略)ユニバーサルデザインには、多くの人々にいまもなお根強く残り続けている『差別のDNA』を打ち崩す、まさに『思想』が存在するからである。ユニバーサルデザインを『思想』として受けとめてこそ初めて、私たちは人の生き方や社会のあり方を本質的に変えることができるのではないか。」(208〜210P) 本書の書名が"革命"と付されているのは、このような著者たちの思いがあるからだ。副題にある「思いやり」という言葉は実にシンプルだが、深い位相を湛えている。それは、著者たちがいう「思想」ということと密接に関連する。ここで述べられていく「思想」とは、イデオロギーのことではない。考え方、生き方ということを率直にいい表わす言葉としてあると、わたしは理解したい。
 「優しくないニッポン」という章では、病院、警察、役所といった場所が批判の対象として例示されている。昨今の社保庁の年金問題や、諸々の役人(官僚)的世界の傲慢さと不祥事の数々を取り出していうまでもなく、パブリック・サーバントとしての意識がまったく欠如しているのが、現状だ。
 ところで「差異」と「差別」は、まったく違うことを意味しているとわたしは考える。人それぞれの違い(考え方や出自、能力)は、当然ある。それは、「差異」であって、格差をもった視線でとらえる「差別」とは違うものだ。違いと格差(差別化)は、別次元のことなのだが、それを混同してしまうことに問題の転倒があるといえる。
 「差別のDNA」と著者は述べているが、わたしは、「無意識の差別」といってみたい。理屈では分かっていても、つい自分を高位置に置いてとは多々ありうる。わが国は、「思いやり」を偽善的行為と見なすことが、依然多いことにもそのことはいえそうな気がする。
 このようなことを考えながら、本書で紹介される様々なUD商品・施設といったものに、なにか釈然としないものを感じたといっていい。それは、巷に溢れだした「エコ」を商品に冠すれば、環境に配慮していると見せられるとする経済行為と同じように思える。著者のばばも述べているが、バブル崩壊以後の企業戦略としてUDへの傾斜といったことがなされ、「UD商品市場が10兆円といわれるよう」(202P)な規模にまで拡大化してきたそのことに、なにか転倒していると感じさせるものがあるからだ。
 著者は、「残念ながらUD商品は必ずしも美しくないし、魅力的とは言いがたい。アイデア商品もどきの商品も少なくない。ユニバーサルデザインは使いやすく安全でありさえすればよいというわけではない」と述べながら、UD商品や施設には問題があるという。
 「人間にはもともと自己推進力や自己回復力がある。しかし、使いやすくなりすぎた製品が溢れて、人本来の能力を駆使できなくなってしまったとき、それが衰えてしまうのではないかという危倶である。」(203P)
 まさしく、両刃の剣である。UDが差別のことを意識するあまり、差異を置き忘れてしまうことを、それは意味している。
 言葉をかえていえば、"良きこと"だとして、すべてそこに集中していくことは、思考力の停滞化を招く。何事にも考え方をひとつに特化するのではなく、拡張して多様にすべきことなのである。それが、「思想」というものだと著者たちは述べているように思う。