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書評 図書新聞 02年1月19日

「賢い市民をキーワードに」

「どなたさまもご用心!政治家までこんなことをお勉強しているんだって」この本を手にとると黄色い帯に書かれた黒い文字が目に飛び込んでくる。
本のタイトルとどう結びつくのだろう。 首をひねりつつ、裏表紙をみるとさらに「…メディア情報や広告、見掛け倒しの政治家なおどにうっかりノセられない賢い市民を作る本」とある。見掛け倒しの政治家までメディア・リテラシーをお勉強して、市民を手中に取りこもうとしているということか。
思いあたるフシは多々ある。マスメディアへのしめつけ法案を次々と繰り出しているこの国の政治のい昨今。そうか…そうだったのか。
どうりで、第四の権力・マスメディアは自主規制、萎縮の一途をたどっている。
うっかりノセられた揚げ句に私たちは政治にもマスメディアにも不信感をつのらせている。どこから手をつければこうした“不幸な関係”の構造改革は可能なのだろうか。
キーワードは賢い市民、にありそうだ。
論じるのではなく戦略。原論というより応用的に多様なアプローチを目指すと前書きにもある。人気のある映画、テレビ番組、歌、俳優たちの例をあげてあるので、日本では馴染みがなくてピンとこない部分もあるが、総じて理解しやすい展開と整理がなされている。
著者はアメリカ・ミズーリ州ウエブスター大学コミュニケーション・ジャーナリズム学部の教授。
メディア・リテラシーを「読み解く」時点にポイントをおいて教室や講座の場でどうアプローチすればよいかを展開。分析シートの開発に使える質問も多く用意されている。
第1章が「イデオロギーを読み解く」ではじまる。曰く。あらゆる国家がマスコミのチャンネルを通じた情報の配信とその内容に関する政策をもっている。これは誰のストーリーか、この情報で得をするのは誰か、しっかり読み取らなければならない、として「組織分析、世界観、歴史的文脈、視点・反対の解釈、物語分析、ジャンル分析、構成要素、などを読み取る方策を示している。
第2章は「自分史から読み解く」。メディア内容に対する個人の反応を分析することから、自己発見や成長を可能にする教育的アプローチを示唆している。自分史という表示には少し違和感が残るが、メディアリテラシー理解の大切なテーマである。
第3章は「非言語的表現を読み解く。
マスメディア情報は制作者によっていかに多くの非言語的イメージや印象で強化されているか、それを読み取るのがメディア・リテラシーの本領ともいえる表情、姿勢、ジェスチャー、容姿、アクセサリー、音声のトーンなど様々な要素によって言語的表現を強化したり、食い違いをみせたり、成功したり、失敗したりする。非言語的表現を読むことによって、私たちが受け取る情報量は格段に増え、ノセられることも避けられるようになる。
本書のめざす「賢い市民」になる最も大切なポイントはこの非言語的表現を自分の判断で読み取ることにある、と納得がいく。
まとめてある「非言語的指標」の項をテレビの近くに張り出しておくと、日常的に読み取りの技能を身につける訓練もい可能だろう。
第4章は「メディアに神話を読み解く」。第5章「メディア制作の技法を読み解く」はメディアの構図、編集、技法、視点などを通して情報の仕組み、成り立ちを理解することの重要さを知る。
メディア・リテラシーは学者や業界だけではなく、学生や市民にも確実に浸透しはじめている。分析と自己開発から理解を進め、私たちが「メディア不信症候群」から脱して賢いメディア解読者になることがこの国の政治やメディア変革への近道になるのではないか。
二十余年メディア・ウオッチの草の根NGOに参加し、1992年カナダのオンタリオ州の教師用「メディア・リテラシー」刊行に関わった筆者には本書の視角が新鮮だった。

書評 週刊金曜日 02年3月1日

メディアを読み抜く方法

この本は、今注目を集めているメディア・リテラシーの本格的な入門書である。「小泉現象」は、わが国のメディアにとって画期をなす事件であった。それは、内閣の浮沈にさえ影響を与える「第4の権力」の力の程をまざまざと見せつけた事件と言えよう。そんなメディアのからくりもこの本は解き明かしてくれる。
第1章はメディアに潜むイデオロギーを読み抜く方法が解説されている。第2章では、メディア作品を「自分探し」の道具として利用する方法が、また第3章はメディアの発するボディ・ランゲージを読み解くというユニークな視点が語られている。第四章は神話の視点からの分析。『ER』の語る神話とは何か、また「UFО」物語の嘘、コマーシャルに登場する神話などが分析されている。第五章を読むと、編集、照明、サウンドといったメディア制作の舞台裏がわかる。メディアに騙されないためだけでなく、もっと楽しむためにも読んでほしい本である。