ホーム
サイト内検索

抜粋 まえがき

 第二次世界大戦を終わらせ、同時に冷戦という新しい戦争の時代の幕を開けたのが広島・長崎への原爆投下だった。原爆は究極兵器と言われたが、冷戦がはじまるとすぐに破壊力が一千倍単位で上回る水爆が取って代わり、半世紀近くの長期にわたって人類と地球を「ダモクレスの剣」(J・F・ケネディ米大統領)の恐怖にさらした。
 核兵器保有国は冷戦中に米国からソ連、英国、フランス、中国へと広がり、さらにイスラエル、南アフリカ(のちに放棄)が続き、冷戦後に北朝鮮、インド、パキスタンが手にした。核の拡散はさらに広がることが懸念され、「失敗国家」や過激派テロ組織の手にわたる可能性も心配されている。その意味で冷戦終結から四半世紀を過ぎようとしているのに、冷戦は終っていないともいえる。
 人類とその文明の存続を確かなものにするためには、誤って「パンドラの箱」を開けて取り出したこの「悪魔」を再び元の箱に閉じ込めなければならない。核廃絶は第二次世界大戦終結から70年を振り返るテーマではなく、一日も早い実現が求められる時事問題である。
 筆者は2007年、『世界を不幸にする原爆カード\ヒロシマ・ナガサキが世界を変えた』(明石書店、以下『原爆カード』と記す)を刊行した。米国が原爆開発・製造に乗り出してから広島・長崎への投下、第二次世界大戦終結、恐怖の核軍拡時代の幕開けに至るドキュメントである。米政府は原爆投下は「正しい決定」であり、「百万人の犠牲者」が予想された日本本土上陸作戦を回避し、戦争を早期に終わらせたとの(公式)立場をとり続けてきた。しかし『原爆カード』は公開された政府内部の記録や関係者が残した多くの文書をもとに、原爆使用が広島・長崎に悲惨な破壊をもたらしただけでなく、その後の世界を「不幸」にする歴史的な誤りだったことを明らかにしている。
 本書『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』は、原爆投下という歴史的な過ちによって始まり現在に至る「恐怖の時代」をたどったうえで、オバマ米大統領が掲げた「核廃絶」の意味を論じている。『原爆カード』の続編のつもりで書いた。
 序章「パンドラの箱を開けた」は『原爆カード』が描いた原爆投下という「誤り」の要約である。米政府は原爆の開発から投下まで、さらにその後の冷戦時代を通して、原爆に関するあらゆる情報を最高の軍事機密として秘匿した。重要な情報が公開されたのは「情報の自由法」による解禁が始まった1970年代後半からだった。このため原爆がなぜ広島と長崎に投下され、それは歴史にとって大きな誤りだったのかは、今も広く知られてはいない。その事情を考えて序章は第1章以下の各章より多めのページ数を当てている。
 第1章 「『後悔』抱えて生きたトルーマン」から第5章「核のファンタジー」までは歴代の米政権に沿って米国の側から核軍拡競争の内側を追っている。実際には米国は(多分ソ連も)相手の脅威を過剰に思い込んで過剰な軍拡に駆り立てられたという面が強い。特に軍当局、議会、メディアなどの反ソ強硬派がそれを煽る役割を果たした。歴代政権は野放しの核軍拡競争に危機感を抱き、軍拡を規制・管理する道を探り、ソ連との交渉が始まり、デタント(緊張緩和)が生まれ、冷戦は終った。
この間に核戦争の危機は何回もあったが核兵器が再び使われることはなかった。核の相互抑止力の効果だったという人もいる。これは核兵器は必要悪だとする核擁護論である。しかし歴代の米大統領らが気にしたのは国際的な反核・平和を求める運動だった。
 第6章「失われたチャンス」から第9章「核廃絶へ、高まる人道主義」までは、冷戦終結という新しい状況における核戦略の混迷をたどっている。核超大国の米露の間で核戦争が起こる可能性はなくなった。米核戦略の中枢にいた多数の元政府・軍の高官の間から冷戦時代の核抑止戦略を転換させ、究極的には核廃絶を目指そうという声が上がった。核廃絶を掲げる国際的な運動も広がった。背景になったのは広島・長崎の破壊が生んだ「核タブー」だった。
 しかし核保有国はなおも冷戦時代の核戦略を固守している。核兵器を手にする国が拡散し、地域核戦争の危険が懸念され、「失敗国家」やテロ組織が核兵器を入手して使う可能性も心配されている。冷戦終結から四半世紀が経過したが、世界はいまだに「核の恐怖」から逃れられないでいる。
 「核なき世界」は非現実的な夢のようにもみえる。しかし米政府・軍のトップ級だった人たちが引退すると核廃絶を叫ばずにはいられないという事実は、核兵器とそれを操る核戦略こそが非現実的な「恐怖と幻影のゲーム」であることを分かりやすく語っている。
 オバマ米大統領の「核なき世界」への呼びかけは希望を与えてくれた。オバマ氏の個人プレーではなく、その背後に核廃絶を求める世論の国際的な広がりがあるからだ。
 終章はそんな立場から核廃絶の行方を展望する。
 原爆の開発から広島・長崎への投下、第二次世界大戦終結、冷戦とその終わり、そして第二次世界大戦終結から70年の現在に至る「核と反核」。このテーマに筆者は57年にわたるジャーナリスト人生を通して関心を持ち続けてきた。この間に2回、7年間の米ワシントン駐在時、その後大学に身を置いた時期の何回かの米国訪問を合わせて、原爆・核問題について直接取材や資料集めをする機会があった。本書はそれらを通して得た情報および理解がもとになっている。
 しかし筆者が直接に接することができたのは、第二次世界大戦後の世界のあり方に最も大きな影響を与えてきた「核」という大問題のごくごく一部でしかない。本書が米国を中心にした新聞、雑誌、通信社などの報道、および米国の研究者の多くの優れた論文、著作に依存していることは言うまでもない。主要な参考文献のリストは巻末にあげた。
 参考としたこれらの資料、著作などの文献が共通して取り上げている事実関係や見方については、その出典を明らかにすることはしていない。本書は学術研究書ではなく広島・長崎への原爆投下で始まった「核の時代」を概観する「教科書」のようなものとして、広く一般の読者に読みやすく読んでもらいたいと考えたからである。しかしジャーナリストあるいは研究者独自の努力によって発掘された資料や判断などを引用した場合、あるいはそれらにもとづいた記述については、本文中に出典を書き込んだ。これも読みやすさを優先させたからである。
 核兵器はといえば、まずは恐ろしいと思う。それに軍事機密の装いがかぶせられている。抑止論を振りかざして核の効用を言い立てられると、核はなくならないと思ってしまう。そんな現実があると思う。しかし核時代の終わりがようやく見えてきたという希望をもって本書を書いた。核廃絶を求める国際世論のさらなる広がりに本書が少しでも役に立つならばこの上ない喜びである。

書評 毎日新聞 2015年8月30日

「核なき世界」は実現するのか。本書は、広島・長崎への原爆投下から現在に至るまでの米国の核政策と核廃絶に向けた流れを概観したものだ。実際には核使用はかなり早い段階からタブー視されており、核に頼る抑止がいかに空疎なものであったかを描いている。
 オバマ政権発足前に、キッシンジャー元国務長官ら超党派の外交安保分野の長老たちが「核抑止戦略は時代遅れ」などと核廃絶を訴えたことは記憶に新しい。これ以前にも、対ソ強硬派の理論的支柱だったニッツェ元国務省政策企画室長が晩年、核兵器ではなく通常兵器の抑止に切り替えるよう求めた。政府高官や米軍幹部らが引退後に次々と核廃絶を訴えたのは偶然とは言い難い。
 核兵器廃絶に向けて「行動すべき道義的責任がある」と宣言したオバマ米大統領は来年5月の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)で来日する。被爆地を訪問する可能性があるとささやかれている。核兵器廃絶に向けた国際的な論議が再び活発化する切っ掛けとなることが期待される。核抑止時代に幕を引くにはどうしたらいいか考える際に、重要な視座を与えてくれる。(古)

書評 ジャーナリスト 2015年9月25日

 グローバル・ゼロヘ確実な歩み
 核保有戦略は「恐怖の幻影」

 広島・長崎に原爆が投下下されて70年。悪魔の兵器は世界を恐怖に陥れたが、三発目の核兵器は、落とされていない。米ソ冷戦、核戦争寸前のキューバ危機でも、核兵器は使われなかった。
 米ソ両国はヒロシマ型原爆の千倍もの威力を持つ水爆を何万発も持って睨みあい、威しあいながらも、第三次世界大戦は回避した。核戦争となれば、地球全体が破壊されかねないことを、両国首脳が知り尽くしていたからだ。
 本書に「原爆投下を命じたトルーマンが終生、後悔を抱えたこと、その後の歴代大統領が「使えない核」を抱えて冷戦を続け、最終的には米ソが核削減の合意にたどり着いた歴史や、レーガン、ゴルバチョフ両首脳が核削減交渉で、やり合う姿も描写されている。
 オバマ大統領が2009年4月5日のプラハ演説で「広島、長崎に原爆を落とした米国は核廃絶に向けて行動する道義的責任がある」と述べたことは、核廃絶への期待を一気に高めた。
 だが6年後の今年、開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、米国をはじめ核保有国は、核兵器禁止条約を提案した非核保有国の願いを拒否した。
 また本書は、冷戦中にソ連とやりあったキッシンジャー、シュルツ、ペリー氏ら元米高官4人組が核廃絶を訴え、これに応じた若手の学者などによる国際的な「グローバル・ゼロ」(核兵器のない世界を)など、活発な活動も紹介している。
 著者は、共同通信のワシントン支局長を務めるなど、国際畑を中心に記者活動56年の大ベテラン。核兵器がらみの複雑な戦後史が、わかりやすく綴られている。
             (伊藤力司=ジヤーナリスト)

書評 出版ニュース 2015年10月下旬

 米国の原爆独占も数年。すぐにソ連は追いつき、その後は恐怖の原爆開発競争が始まる。それを防ぐには原爆の国際管理が必要と、原爆開発にあたった科学者たちはルーズベルト大統領に直訴するが、ルーズベルトの急死により大統領となったトルーマンは訴えを無視し、ソ連に原爆の威力を見せ付ける必要があるとして、「パンドラの箱」を開けてしまう。以後、世界は核戦争の危機感が高まるが、反核・平和運動も広がり、ついにケネディは核廃絶を訴え、ソ連・フルシチョフと大気圏内核実験禁止条約で合意する。著者は、この歴史を概観し、核戦略が非現実的な「恐怖の幻影」であると語る。

書評 信濃毎日新聞 2015年10月25日

 原爆開発のマンハッタン計画、広島、長崎への原爆投下に始まり、戦術核使用や米ソ全面熱核戦争の恐怖に生きた冷戦時代、その終結、そして近年の国際的な核軍縮・廃絶へのうねりまでを丹念に記述した。
 極秘の対ソ核戦争計画を立案した軍担当者が「生き残った米国人が2人で
ソ連人1人なら米国の勝利」と語ったとの逸話は、軍に核戦略理論の合理性だけを突き詰めるのを許すと、巨大な武装組織が危険な空想の世界に迷い込むことを示している。
 重いテーマだが、歴代米大統領や核軍備管理当局者らの人間模様を浮き彫りにするエピソード満載で、読みやすい。核軍縮をめぐる米ソ首脳会談などを現地取材した経験も生きている。
 著者は大学での研究教育生活を含め、長年の記者人生を通し「核と反核」を追い続けてきた。「核の時代」を概観する教科書として広く読者に読んでほしい、という執念が伝わってくる。

書評 現代の理論DIGITAL 2015秋号 VOL.6

 空想的核戦略から現実主義者の核廃絶へ

               共同通信編集・論説委員 船津 靖

 著者は8年前に『世界を不幸にする原爆カード』で、原爆開発を進めたF・ルーズベルト米大統領と、原爆の無警告対日使用を主導したトルーマン大統領、バーンズ国務長官らの関係と政治判断を丹念に分析した。その上で、広島と長崎への原爆投下の理由をめぐるガー・アルペロヴィッツはじめ、いわゆる修正主義学派の主張を肯定的に評価した。

 修正学派
 
トルーマン政権以降、原爆投下は米軍の九州・関東への上陸作戦前に日本を無条件降伏させ米兵らの多大の犠牲を回避するためだった、と主張するのが米政府の立場だ。米国民多数の理解でもある。
 第二次大戦前の戦時国際法においても、害敵手段(兵器)は人道の原則と軍事的必要性の均衡の範囲内に限り適法、とされた。広島、長崎では非戦闘員の住民20万人以上が無差別に殺害され、多くの市民が火傷や放射線障害に長く苦しんだ。この極度の非人道性を正当化するためには、相応に極めて大きな軍事的不可避性がなければならない。トルーマン政権が、日本本土上陸作戦の推定犠牲者数「100万人」といった、明らかに不合理な数字を持ち出し自己弁護と広報に努めたゆえんだ。
 修正学派はこの公的な歴史に疑問を投げかけた。軍事的必要性ではなく、スターリンのソ連を威嚇して東ヨーロッパや極東の戦後管理で優位に立つための外交判断が主たる理由だった、と論じた。修正学派に対しては、政策決定者の非現実的な「合理的行為者モデル」が前提とされ、巨大組織の惰性的な「官僚政治モデル」を軽視している、との指摘もあるが、市民を無差別大量殺害した原爆投下の非人道性は動かない。
 前著は、原爆投下と冷戦開始という国際政治史の最重要テーマに真正面から取り組んだ。国際ジャーナリストとしての長い経験と知見を感じさせる縦横の資料解釈と叙述の妙で、読み応えがあった。

 包括性と臨場感
『核と反核の70年』は、前著の概要を序章に収め、射程を一気に現在まで伸ばした。対日無差別爆撃を主導したルメイ将軍による対ソ先制核攻撃計画、マッカーサーが共産中国への原爆使用を計画した朝鮮戦争、米ソの全面熱核戦争の現実的恐怖に生きた冷戦時代、その終結、イスラム聖戦組織や旧ソ連諸国犯罪組織による核テロリズムの懸念、そして近年の国際的な核軍縮・廃絶へのうねりまで、70年に及ぶ核をめぐる重要な事実がバランスよく、包括的に描かれている。著者は「核の時代」を概観する教科書として一般読者に読んでほしい、と記している。
 レーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産党書記長はジュネーブで1985年、6年ぶりの米ソ首脳会談を開いた。著者は現地で取材し、共同声明に盛られた「核不戦の誓い」にいち早く注目し打電した。翌86年にレイキャビクで開かれた首脳会談にも取材チームを率いて乗り込んだ。そうした取材経験に基づく臨場感が本書の魅力の一つだ。
 歴代米大統領や軍備管理当局者らの人間模様を浮き彫りにするエピソードも満載で、興味が尽きない。上下2段組で約350頁あるが、手に取って1日余りで読了した。強硬な対ソ脅威論者で、1950年に長く対ソ外交軍事戦略の基本となる「国家安全保障会議68号文書」(NSC68)を起草したポール・ニッツェが舞台回しの役を振られている。
特に印象深かったのは(1)米核戦略理論の空想性・非人道性(2)核兵器使用のタブー化進行(3)元米国務・国防長官らによる核軍縮・廃絶への動き―である。以下、順次紹介し論じる。

 対ソ核戦争計画
(1)核戦略の空想性。ソ連が1949年に原爆実験に成功するまで原爆を独占していた米軍は、予防的な核攻撃でソ連の原爆製造能力を破壊する作戦計画を立案した。46年のピンチャー計画はモスクワはじめ約20都市に20〜30発の原爆を投下し、ソ連を25師団で占領する、というものだった。戦略空軍司令官となったルメイが主導し毎年更新、実行の機会をうかがったという。
 ケネディ政権の国防長官マクナマラは、戦略空軍の核戦争計画を軍の抵抗を押し切って明るみに出した。定義が不明確なソ連の「侵略」に対し3000発の核爆弾でソ連の1000カ所を攻撃する、というものだ。担当者は「全面核戦争の結果、生き残った米国人が2人でソ連人1人なら米国の勝利」と語ったという。本書のサブタイトルに「恐怖と幻影」とあるのは示唆的である。仮想敵の能力を過大視しがちな軍に核戦略理論の合理性だけを突き詰めるのを許すと、危険な核のファンタジーの世界に迷い込む。
 62年のキューバ危機で、空軍参謀長に昇進していたルメイは若いケネディ大統領を強硬策で突き上げた。ちなみに、地上最強の米3軍を統合する国防総省の初代長官フォレスタルは、強迫的なソ連脅威論と激務のため精神に異常をきたして解任され、病院から投身自殺した。数千万人単位での殺傷、地球規模の放射能汚染、人類の滅亡といったSF的、黙示録な世界が、核兵器と戦略理論を媒介に、現実の世界と接している。冷戦後、核弾頭の数は大きく減ったが、偶発核戦争や通常戦争からのエスカレーションの危険をはらむ基本的な構造は変わっていない。

 国際規範の圧力
(2)核使用のタブー化。2005年にゲームの理論でノーベル経済学賞を受賞したトーマス・シェリングは受賞演説「驚くべき60年―広島の遺産」で、広島・長崎の後、核兵器が使用されなかったのは、核兵器使用のタブー視、ヒロシマの聖地化などによって、核兵器は非人道的で使用不可能との認識が広まったことが大きい、と指摘した。道義的な国際規範が持つ現実的な圧力、抑制機能を重視した見方だ。
 ここで、英国の歴史家マーティン・ワイトが国際社会の政治哲学における系譜を現実主義者=マキャベリ主義者、合理主義者=グロティウス主義者などの理念型に分類したことを想起したい。軍備管理当局者や伝統的な国際政治学の主流は、人間性や社会に対し一般に悲観的なリアリストだとされる。一方、国際規範を重視するのは、不完全な人間社会でも交渉と協力によって実効性ある規範や進歩をもたらしうると考える合理主義者である。
国連総会は1994年、国際司法裁判所に「核兵器の威嚇または使用はいかなる状況においても国際法上許容されるか」を問う決議を採択した。これを受け同裁判所は96年(a)国際法の原則に一般的に違反する(b)国家存亡にかかわる自衛の極限的状況では合法か違法か判断できない(c)核保有国は国際管理下で全面的核軍備撤廃に向けた交渉を完結させる義務がある―との勧告的意見を出した。決議の背景には「世界法廷運動」など合理主義者の市民や非政府組織の努力があった。
 ワイトの分類を著者に適用することをあえてすれば、著者もこの意味での合理主義者だろう。著者がトルーマンよりも評価するF・ルーズベルトもワイトは合理主義者に分類している。

 反核に転じたリアリスト
(3)元米高官らの「核なき世界」提唱。2007年1月、米国のキッシンジャー、シュルツ両元国務長官、ペリー元国防長官、ナン元上院外交委員長の4人が連名で「核兵器なき世界」と題する論説を米紙に寄稿し、核廃絶運動に大きな影響を与えた。論文は核抑止戦略の時代錯誤、偶発事故防止措置の強化、核兵器の大幅削減などを主張した。キッシンジャーは1950年代、限定核戦争論で名をはせた学者だった。09年にはオバマ米大統領がプラハで演説し「米国は核を使用した唯一の国として行動すべき道義的責任がある」「核なき世界を追求する」と述べノーベル平和賞を受賞した。
こうした動きの先例にNSC68のニッツェがいる、と著者は指摘する。対ソ軍事封じ込めの立案者で、歴代政権で軍や国防総省の高官を勤めたニッツェは1994年、核抑止戦略を捨て去るよう論陣を張った。
冷徹な現実主義者だった超大国高官らが核廃絶という理念を提唱し始めた背景には、現実的な根拠があるはずだ。核兵器不拡散条約(NPT、通称核拡散防止条約)の耐久性、核や兵器の使用に関する諸条約・国家慣習の蓄積による国際法の発展、冷戦終結、非国家アクターの台頭、国防関係者の交流、国際的市民運動の拡大―などだろう。背景に、情報通信革命による距離の短縮・消滅、世界のグローバル・ヴィレッジ(地球村)化がある。こうした国際社会の構造変動が現実主義者の政治意識に作用し、合理主義者の思考に近づけている。

 統整的理念としての核廃絶
 
世界の核弾頭の約9割を保有する米国とロシアは2010年、新戦略兵器削減条約(新START)に署名し核軍縮への気運が高まった。しかしその後、「核なき世界」への希望は暗転する。2014年にウクライナ南部クリミア半島をロシア領に強制編入したプーチン露大統領は同年末、大陸間弾道ミサイル(ICBM)はじめ核戦力の近代化・増強を表明した。今年3月には、昨年2月にウクライナの親露政権が倒れた際に「核兵器使用の準備ができていた」とテレビで明言した。
 今年5月には5年に1度のNPT再検討会議が合意文書を採択できずに決裂した。NPT未加盟の事実上の核保有国イスラエルを非核化することを目指す「中東非核地帯構想」に米国などが反対したためだ。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)や多くの非核兵器国が求める核兵器禁止条約への言及は、米露英仏中のNPT加盟5核保有国の反対で最終文書に盛り込むことすらできなかった。
 核廃絶を実現する道のりは遠く、不可能とすら思える。それでも核廃絶を目標とするのはなぜなのだろうか? この問への答えを探す試みとして、最後に柄谷行人氏が『世界史の構造』などで取り上げるカントの「統整的理念」に触れておきたい。
 統整的理念とは、無限に遠いが、理性を持つ人間が近づこうと努める指標である。超越論的仮象とも呼ばれる。例えば、歴史に目的を、自己に同一性をみるのが統整的理念だ。柄谷氏は「世界共和国」についてこう書く。「それが完全に実現することはない。しかし、それは、われわれが徐々に近づくべき指標としてあり続ける。その意味で、世界共和国は統整的理念なのである」。
「世界共和国」を「核なき世界」に置き換えて読み、核廃絶への励みとしたい。

【主な参照図書】
・『世界を不幸にする原爆カード』金子敦郎著(明石書店)
・『冷戦の起源』永井陽之助著(中央公論新社)
・『国際理論―三つの伝統』マーティン・ワイト著、佐藤誠他訳(日本経済評論社)
・『大量破壊兵器と国際法』阿部達也著(東信堂)
・『NPT―核のグローバル・ガバナンス』秋山信将編(岩波書店) “Hiroshima Report 2014” 日本国際問題研究所、広島県
・『世界史の構造』(岩波現代文庫)

書評 メディア展望 No.648(2015.12.01)           

 広島と長崎に原爆が投下されてから、ちょうど70年。この節目の年に、核兵器開発の歴史にまでさかのぼって、歴代の米政権が核戦力をどう扱ってきたかを詳細に論じたタイムリーな著作である。しかも、ウクライナ危機や南シナ海問題にも言及してあり、ロシアのプーチン大統領が最近、戦略核ミサイル40基の配備増強を打ち出したホットニュースにも触れている。
 評者は、著者と約20年の時を隔てて、ワシントンでジョージ・W・ブッシュ前大統領の時代を取材しただけに、大変興味深く、一気に読了した。
 冷戦が終結してから4半世紀余が過ぎ、米ソ時代のような軍事的緊張感が薄れていた中で突如、2014年3月に起きたロシアによるクリミア半島併合。これで、世界の流れは明らかに大きく変わった。欧州を舞台に米国や北北大西洋条約機構(NATO)とロシアが軍事的に対峠すれば、再び核兵器の脅威が現実のものになりかねない。
 そんな大転換期に、これまでの核戦略の歴史を振り返るのは極めて重要である。しかも、「核軍事の専門家ではない普通の記者の感覚でとらえて書き綴ったつもり」と著者自身が述べているように、本書は通信社の記者らしい分かりやすさと数値の正確な引用、そして臨場感あふれる筆致が特徴だ。
 何よりも、トルーマンからアイゼンハワー、ケネディ、レーガンへと歴代大統領が核兵器の扱いに苦しんだ過程は読み応えがある。
 広島、長崎への原爆投下を命令したトルーマンが、その後は「原爆は女性や子どもに対して使ってはならない」と肝に銘じて、朝鮮戦争での核兵器使用を拒否したこと。「大量報復戦略」を採用しながら、台湾海峡危機(1954年)やベトナム戦争(同年のディエン・ビエン・フー陥落時)など、核を使うかどうかの判断を何度も迫られ、その都度思いとどまったアイゼンハワーの決断。さらには、キューバ危機でソ連との核戦争をぎりぎりで回避したケネディの「真の勇気」など、数々のエピソードが読者を引き付ける。
 しかし、何と言っても、読ませるのは著者自身が現場で取材したレーガンとゴルバチョフ(ソ連共産党書記長)のジュネーブでの初会談(85年)と、核廃絶で合意しかけながら決裂したレイキャビク会談(86年)の情景描写だろう。ジュネーブ会談終了時に発表された共同声明を評価して、「『核不戦の誓い』を大見出しに想定した記事を本社に送った」というくだりは、重大ニュースに接した際、自分の判断だけを頼りに、誰よりも早く記事を送稿しなければならない通信社記者の醍醐味を感じさせる文章だ。
 レイキャビク会談で決裂寸前に、米戦略防衛構想(SDI)では一切譲歩しなかったレーガンが、「私は間違っているか」と走り書きしたメモをシュルツ国務長官に渡し、シュルツが「あなたは正しい」と書き込んで返した場面もすごい。「この対立が5年間で核ミサイルの50%削減を達成して、次には核全廃に向かおうという、まさに歴史的な合意を土壇場で葬り去った」と書いてあるが、核廃絶の一歩手前まで進んだ瞬間が過去にはあったのである。
 核兵器が長崎を最後に、70年間で一度も使われなかった理由の考察も興味深い。トルーマン以来の「核を使ってはならない」というタブーが継承され、核拡散防止条約(NPT)をはじめとする国際的な条約や国連決議などさまざまな枠組みで、そのタブーが「制度化」されてきたからだとの説明は説得力がある。
 では、ウクライナ危機後に再び米ロ対立時代に向かいそうな世界で、中国の軍事的台頭という要素を加えて、核軍縮や不拡散はどう進むのか。著者は「世界が大国に期待するのはこうした時代におけるリーダーシップである。中でも米国への期待は大きい」と強調している。
 核兵器の削減から廃絶へと道筋をつくる外交には、指導者の信念と多大なエネルギーが必要だ。もちろん、レーガンとゴルバチョフが交渉に取り組んだ時のような真剣さも求められる。その意味では、「核なき世界」を標榜しながら、現実の壁に阻まれ大きな成果を上げられなかったオバマ大統領を引き継ぐ次期米大統領の責任は重い。
              (明石和康=時事通信社解説委員)