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抜粋 エピローグ

 いよいよ「トイレなきマンション」の尻拭いをする時がやってきた。尻拭いするのはもちろん国民である。2014年9月3日、第2次安倍改造内閣で経済産業大臣に就任した小渕優子氏は9月30日、第2回最終処分関係閣僚会議を開き、「高レベル放射性廃棄物の最終処分に向けた今後の取り組みの進め方」を報告した。そこにはなんと書かれているか?
 「国が、より適正が高いと考えられる地域(科学的有望地)を提示  し、重点的な理解活動を行ったうえで、複数地域に申し入れる。」
 この一文は第1回関係閣僚会議で盛り込まれ、今回小渕氏が確認した。要は「国」が自治体の意向と関係なく、「科学的有望地」を選んで、「複数地域」に申し入れるということだ。「有望地」の要件は「科学的適性」と「社会科学的適性」である。「国」はすでに「複数地域」を水面下で選定し、「申し入れ」のタイミングを計っている。
 「重点的な理解活動」の内容は「説明会の開催等」とされているが、説明会を開いたくらいで調査を受け入れる自治体はない。「等」が「金目」を指すことは、一目瞭然である。交付金をエサに複数の地域を競わせ、一気に処分地を決めるつもりなのだ。
 政府が「科学的」という言葉を使うときは、とくに注意しなければならない。およそ非科学的なことをゴリ押しするときに使う言葉だからである。「科学的」という言葉は、きわめて排他的である。「科学」を知らない下々は、黙って「国」の言うことを聞け、ということなのだ。
 伏線はすでに敷かれていた。同年5月の総合エネルギー調査会原子力小委員会放射性廃棄物WGの「中間とりまとめ」では、「原子力発電を利用してきた現世代が、最終処分に向けた取り組みを具体的に進めることが必要である」と書かれている。つまり私たちに尻拭いを迫っているのだ。
 これに呼応して、7月、高レベル放射性廃棄物の処分を担う原子力発電環境整備機構(NUMО)の理事長に、近藤駿介前原子力委員長が就任した。同氏は常々、処分場の選定には政治力を使うこと、十分な見返りを自治体に与えることを主張していた。また9月には前原子力学会会長の田中知元東京大学大学院教授が原子力規制委員会の委員に就任した。同氏はバックエンドの専門家で、原子力規制委員会でも再処理を含む核燃料サイクルの安全審査を担当することになった。
 一方、日本学術会議は9月19日、高レベル放射性廃棄物を「総量管理」と「暫定保管」の原則の下で、「暫定保管」の期限を30年とする案を発表した。日本の科学アカデミーである学術会議は、2012年にも再処理だけでなく、直接処分も考慮すべきという提言を行なったが、電力業界・経産省からは一顧だにされなかった。
 さらに電力業界は廃炉や核燃料サイクルの費用について、「国の支援をお願いしたい」(電事連八木誠会長記者会見、9月19日)と優遇策を求めた。「国の支援」とは税金の投入である。
 優遇策には、原発で発電された電気の値段を、一定期間保障する制度も含まれている。廃炉や再処理コストを含めた原子力発電のコストが高くなれば、消費者がそのコストを払う仕組みである。
 「原発は安い」という神話はどこへ行ったのか? 電力会社は、「神話の崩壊」を前提に、着々と手を打っているのである。経産省原子力小委員会では、再処理などを担っている「日本原燃」を、認可法人にして、国が債務保証する案まで飛び出している。すべては「国」、つまり私たちの税金で尻拭いが行なわれるのである。
 九州電力川内原発の再稼働問題に注目が集まっている間に、再処理から最終処分までの核燃料サイクル事業がうごめき始めた。いずれ再処理や高速増殖炉は撤退することになるだろう。「廃止措置」の費用は建設費とほぼ同額が必要となるだろう。ちなみに「もんじゅ」には1兆円、六ヶ所再処理工場には2兆2000億円がすでにつぎ込まれた。
 福島第一原発の廃炉費用は、どれほど膨らむか誰にも分からない。残る 基を超える原発の廃炉費用も「国」が「支援」する羽目になるだろう。
 最終処分地は、「政治判断や社会的支持」を得て、「科学的」かつ「安全を確保」しながら、強引に進められるだろう。そして高レベルから低レベルまでの大量の放射性廃棄物が、日本列島に地雷のように埋め込まれるのである。
 「原発ゴミ」はどこへ行くのか? たとえ地の底に埋めてしまおうと、いずれは私たち人間の世界に帰ってくる。それが「原発ゴミ」の宿命なのである。
 あたかも東電福島第一原発事故などなかったかのように、「再稼働」の議論が進んでいる。川内原発は来年初めにも再稼働されるという。しかし原発の運転を続けることは、「原発ゴミ」をこれからも積み上げるということだ。果たして私たちは、本当に原発を続けていく覚悟があるのだろうか?
 「事故のリスク」に晒され続ける覚悟、大量の「原発ゴミ」とほぼ永遠に共存する覚悟、費用負担を続ける覚悟、そしておそらくは100年以上にわたって、憂うつな「廃炉の季節」を過ごす覚悟。「覚悟」なき「再稼働」は、間違いなく、ツケを次の世代に回すことになる。その意味で問われているのは、私たちの良心なのである。

 「3・11」以来、私はニュースでの解説のほかに、「バンキシャ」や「ドキュメント」での番組制作に加わった。とくに「原発爆発」(2011年6月19日放送)、「行くも地獄、戻るも地獄」(2012年3月11日放送)、「未来への答案」(2013年10月27日放送)の3本のドキュメントは高い評価をいただいた。
 日本テレビの若く優秀な同僚記者、「ドキュメント」や「バンキシャ」のプロデューサーやディレクター、それにAD、カメラマン、ビデオエンジニア、編集マン、通訳、コーディネータに、この場を借りて心から謝意を表したい。「ドキュメント」と「バンキシャ」は、画像の使用も快く認めてくれた。
 突然の訃報に私は衝撃を受けた。民間事故調の委員長を務めた東京都市大学の北澤宏一学長が、9月26日に突然亡くなられた。北澤学長からはいつも核心を突くアドバイスをいただいた。オンカロ取材のさいは、示し合わせたわけでもないのに同じ飛行機に乗り合わせ、私とはまったく異なる角度から、鋭い分析を披露していただいた。心から感謝すると同時にご冥福をお祈りする。
 最後にリベルタ出版の田悟恒雄代表の心意気には、いつも勇気づけられた。「原発ゴミ」という困難なテーマを一冊の本にすることができたのは、すべて田悟さんのおかげである。
 「原発ゴミ」の問題から目をそらすことは「次の世代」への犯罪である。一人でも多くの方に、「原発ゴミ」の現実に目を向けていただくことを強く希望して、筆を置くことにする。

信濃毎日新聞 2014年11月30日付

 原発は電気と放射性廃棄物を同時に生み出す装置である。そんな問題意識からスリーマイルアイランド、チェルノブイリ、福島の事故処理状況を取材、日本の廃棄物処理の現状を考える。
 フィンランドで近く稼働予定の世界初の高レベル放射性廃棄物処分場「オンカロ」も訪問。脱原発を掲げる日本の元首相コンビの動向にも触れ、原子力施設が集まる福島や青森の将来を展望する。
 川内原発の再稼働を控え、私たちは本当に原発を続ける覚悟があるのかと疑問を投げかける。

クレヨンハウス通信 Vol.408
  (Woman's EYE Vol.244「本のつくり手による新刊紹介」

 原発を再稼働させようがすまいが、この国が大量に溜め込んでしまった「高レベル放射性廃棄物」の処分問題は、もはや先送りにできない。「行くも地獄、戻るも地獄」などのTVドキュメンタリーで高評を得た科学ジャーナリストが、スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマの三大原発事故サイトと、オンカロ最終処分場、六ヶ所村、幌延など「原発ゴミ」の現場から、生々しい映像とルポで、人類に課された難題の行く末を考える!

出版ニュース 2014年12月下旬号

〈「原発ゴミ」はどこへ行くのか?たとえ地の底に埋めてしまおうと、いずれは私たち人間の世界に帰ってくる。それが「原発ゴミ」の宿命なのである〉原発再稼働の如何にかかわらず、すでに存在する使用済み核燃料をどうするのか。放射性廃棄物の処分場=捨て場所の問題は未解決のままだ。本書は、国内外のルポを通じて原発ゴミをめぐる問題と行く末を示す。福島第一原発事故のこれから、スリーマイル島、チェルノブイリのその後の状況、フィンランドの「オンカロ」(最終処分場)の試み、さらに六ヶ所村や幌延からの現地報告を軸に、目をそらすことは「次世代への犯罪」だとの指摘は重い。

ジャーナリスト 2014年1月25日

「燃料デブリ」どう処理する?
 福島に堆積する恐怖の原発ゴミ

 本書のタイトルは「原発ゴミはどこへ行く?」である。しかし、その問いに対する答えは最初から分かっている。本書が明らかにするように「行くところなどない」のだ。
 小泉元首相の脱原発論は、高レベル放射性廃棄物の処分問題から始まった。フィンランドの処分場オンカロの視察によって小泉氏は脱原発論者となった。本書の著者もオンカロの取材から問題提起する。
 著者はチェルノブイリにも飛び、さらに遡って、原発史上最初の過酷事故といわれるスリーマイル島の現場へと足を運ぶ。二つの事故と福島原発事故の相違と類似を克明に検証していく。そしてたどり着いたのが、残念ながら日本の原発行政の絶望的状況だった。
 原発ゴミの中でももっと厄介なのは燃料デブリ(メルトダウンした核燃料が溶け固まった堆積物)である。これは人間が近づけば即死するほどの放射線を出す魔物だ。チェルノブイリでさえ1カ所だったデブリが、福島では1号機から3号機まで3カ所に堆積。しかも現在、それらがどうっているか、まったく不明なのだから、その処理法も確定できるわけがない。この処理は、まさに人類史上初の難事業なのだ。むろん、デブリ以外にも溜まり続ける膨大な「原発ゴミ」を処理しなければならない。だが著者が繰り返し述べるように、その処理法は未確定のままなのだ。
 どう考えても原発に未来はない。地道な取材に裏付けられた本書は、放射性廃棄物処理という側面から、原発の危険性を分かりやすい文章で証明した「反原発論」の教科書ともいえる必読書だ。
                      (鈴木耕=編集者)

東京新聞 2015年2月1日

 廃炉に向けて難問山積の福島第一原発。重大事故を起こしたチェルノブイリ原発の記録や、稼働を控えたフィンランドの高レベル放射性廃棄物処分場「オンカロ」、青森県六ヶ所村などの現地取材をもとに、原発ゴミ問題の実相に迫る。原発ゴミの未処理が次世代に禍根を残すのは必定。最終処分地をめぐる攻防に加え、ゴミと共存する覚悟のない再稼働に警鐘を鳴らす。

ふぇみん 2015年2月15日

 小泉元首相が、フィンランドの高レベル放射性廃棄物処分場「オンカロ」を訪れ、「原発ゼロ」へ動く場面から始まる。ジャーナリストの著者が、福島や六ヶ所村などを訪れ、避けられない、そして先延ばしもできない原発ゴミ問題に切り込む。

図書新聞 2015年4月18日

 使用済み核燃料処理に展望はあるのか
 フィンランドの最終処理場の現状と日本の無方針

               山田宏明(作家、評論家)

 東大教養学部で基礎科学を専攻し、日本テレビに入って原発問題のドキュメンタリーの制作などに従事した著者が、2013年夏の小泉元首相の「脱原発しかない」の発言を機に、同首相が「原発はダメ」と思うきっかけとなったフィンランドの高レベル放射性廃棄物最終処分場「オンカロ」やチェルノブイリ、さらに1970年代に最初の大きな原発事故を起こした米国のスリーマイル原発などを視察、取材して、特に「放射性廃棄物(使用済み核燃料など)」の処分問題を抉ったルポだ。
 福島第一原発の事故について、安倍政権も自民党も世論もマスコミも、あたかも「事故は起きなかった」かのように振る舞い、さまざまな問題を直視することを避けている傾向が事故から時間が経てば経つほど強まっているが、使用済み核燃料問題は目を背けていても何ら解決しない。しかも無害化するまでに10万年以上かかる大問題だ。改めてこの問題を中心にする「原発の危険性」をクローズアップし、忘却することのナンセンスぶりを浮き彫りにしているのが本書だ。
 著者はたまたま、2013年2月に日本テレビの報道番組「バンキシャ!」の取材で、この「オンカロ」を訪れた。オンカロとは「洞窟」という意味のフィンランド語。フィンランドの首都ヘルシンキの北西240キロにある。
 フィンランドは人口500万人。エネルギー資源が乏しいこともあって、現在4基の原発を稼働させている。依存率は30%。旧ソ連の加圧水型原子炉とスウェーデン製の沸騰水型原子炉の双方を取り入れているところも、ソ連と西側諸国の間でバランスを取ろうとしたフィンランドの「苦心」が窺える。最終処分場の建設地の決定には、5カ所の候補地からオンカロを選んだ。地下深くに建設することは1978年に既に決まっていた。ソ連製原発の使用済み核燃料はソ連が引き受けていたが、91年のソ連崩壊で処理できなくなり、フィンランド国内で処理することを迫られていたのだ。オンカロのあるエウラヨキ自治体は当初は建設反対だったが、94年に賛成に転じた。原子力エネルギー法の改正によって、使用済み核燃料が輸出、輸入とも禁止されたことの影響が大きいようだ。日本同様、エウラヨキ自治体への財政援助なども行われている。エネルギー資源として原発を切り捨てられない「地政学的ハンデ」もあり、また第二次世界大戦の直前にスターリンのソ連と戦争になった経験からシェルターが普及していて、一定の床面積以上の建物には地下シェルターの設置が法的に義務付けられているなど、原発事故の際の安全性確保には最も進んだ体制を有していることも、処理場建設が比較的スムースに進んだ背景にあるようだ。
 しかし、使用済み核燃料の搬入が始まるのは2020年。関係住民との徹底した対話など、日本の原子力行政には欠落している「信頼関係構築」もはぼ理想的な形で実現している。
 また、原子炉の炉心が爆発して吹っ飛ぶという史上最悪の原発事故となった1986年のチェルノブイリ。この事故の取材記者だった著者は科学技術庁系の原子力専門家が「あれは原爆製造のためにプルトニウムを作り出すソ連の原子炉だ」という話を聞いたが、当時、原発批判の先頭に立っていた高木仁三郎さんに「ソ連の最新鋭の発電用原子炉で、プルトニウムとは何の関係もない」と教えられ、いわゆる「原子力村」の専門家の言うことは二度と信用しまいと思ったという。
 2013年にドキュメンタリー制作のために著者は初めてチェルノブイリ入りした。事故直後に建設されたチェルノブイリ関係の専門家、労働者の街、スラブチチなどを見て回った。作業員の被曝を最小限に抑えるためのトレーニングセンターなど、放射能対策は福島第一原発で東電が行っているものより遥かに徹底していることが分かった。崩壊寸前だったソ連でも、これだけの対応を実現していたのだ。同原発の放射性廃棄物は、事故後、居住や立ち入りが禁止された「ゾーン」と呼ばれる無人地帯に運ばれているが、ゾーン内に野生動物や草木が増え、その対策も行っている。汚染水は事故直後につくられたダムに流し込み、濃度が下がるのを待っている。事故前はチェルノブイリ原発で働く人5万人が住んでいたプリビャチは無人化したままで、福島の事故後、また海外からの取材陣が多数、訪れるようになったという。
 1979年に原子炉内の圧力が高まり爆発しそうになったため、放射能の濃度の高い炉内の空気を大気圏に放出して大騒ぎとなり、史上初めて原発は大きな故障を起こすことを世界に知らせた米国ペンシルベニア州のスリーマイル原発でも今も放射能との闘いが続いている。
 核分裂反応は、始まると止める方法がなく、セシウム、プルトニウムなどの元素が半減期を迎えて、無害化するまで危険を伴い、また高い熱を発生するので冷やし続けなければならない。そのままにしておくと、また臨界に達して核分裂、核爆発を起こすからだ。無害化するのに要する時間は最低でも10万年。この間、放射能との闘いが続くのだ。安倍政権と経産省、電力会社はようやく老朽化した一部の原発の廃炉を決めたが、大半の原発は再稼働させようとしており、何と原発の新設にも踏み込む方針。海外への原発輸出もエスカレートさせている。理解し難いこうした挙動に、欧米では「やはり日本人はおかしいのではないか」といった「日本人異質論」も出始めている。何より安倍首相の原発問題への関心の低さ、無関心ぶりを危惧する声は、原子力関係者の間にもある。使用済み核燃料(放射性廃棄物)処理の海外での現状を知るには最適の著作だ。

北海道新聞「どうしんWeb」2015年2月15日

 原発から出る「核のごみ」高レベル放射性廃棄物について、世界初の処分場を建設するフィンランドや、日本で唯一処分技術の地下研究を行う宗谷管内幌延町などを取材。スリーマイルやチェルノブイリ、そして福島の事故の後始末も丹念に追った。核のごみの処分は民主主義の問題bとの指摘が的を射ている。