ホーム
サイト内検索

抜粋 まえがき
     医者として「ホルミシス理論」を検証する

「ここで食い止めなければ事故の規模はどのくらいになったのか、と私が最初に質問すると、吉田さんは『チェルノブイリの 倍です』と、答えた。…
もちろんチェルノブイリは黒鉛炉で、福島は軽水炉だから原子炉の型が違う。しかし、 基の原子炉がすべて暴走する事態を想像したら、誰もが背筋が寒くなるだろう。…
当然、東京にも住めなくなるわけで、事故の拡大を防げなかったら、日本の首都は『大阪』になっていたことになる。吉田さんのその言葉で、吉田さんを含め現場の人間がどういう被害規模を想定して闘ったのかが、私にはわかった。
のちに原子力安全委員会の斑目春樹委員長(当時)は、筆者にこう答えている。
『あの時、もし事故の拡大を止められなかったら、福島第一と第二だけでなく、茨城にある東海第二発電所もやられますから、(被害規模は)吉田さんの言う「チェルノブイリの 倍」よりももっと大きくなったと思います。私は、日本は無事な北海道と西日本、そして汚染によって住めなくなった「東日本」の三つに「分割」されていた、と思います』
それは、日本が『三分割』されるか否かの闘いだったのである」(門田隆将「日本を救った男『吉田昌郎』の遺言」(『月刊Will(ウィル)』2013年9月号)。
    *
東日本大震災と福島第一原発事故(2011年3月11日)から、3年が経ちました。福島県の広い範囲で、いまなお住民を含めた人々の立ち入りが禁止され、多くの人々が避難生活を余儀なくされています。そして当の原発サイトでは、放射能汚染水と使用済み核燃料の移動の問題が、世界中の懸念を集めています。
そうした深刻な状況が続く一方で、主に経済的な理由から、原発の再稼働を求める声や原発の輸出を推進する動きなど、さまざまな思惑や動きが顕在化しつつあります。
事故前までは、マスコミで報道されることの少なかったたくさんの問題が、堰を切ったように報道されはじめ、東電をどうするべきか等、原子力をめぐる多様な問題が、政治の中心的課題として震災後の日本の行く手に立ちふさがっていることは、誰もが痛感しているに違いありません。
そんなとき皆さんがいちばん心配するのは、原発事故後の人体への放射線の影響であろうと思います。とくに、福島県を中心とする東日本に住む方々、中でも子どもたちに、どのような医学的影響が出るのかということほど、切実な問題は他にありません。
広島・長崎で、そしてチェルノブイリ原発事故後の旧ソ連で、多くの子どもたちが健康被害を受けたことは広く知られた事実ですが、福島第一原発事故後の日本で、とくに福島を中心とする東日本で、それと同様の状況が起きるのではないかと、子を持つ親たちが心配するのはまったく当然のことです。
そんな中、一部の人々の間から、「少しの放射線は却って体にいい」といった、ちょっと驚くような主張が発せられています。こうした考え方を、これらの人々は、「ホルミシス理論」と呼んでいます。微量の放射線には、ホルモンのように、体にとって有益な作用がもともとある、という考え方から作られた言葉だそうです。
福島第一原発事故が起きて間もない時期から、一部の人々から流布されている主張ですが、この話は本当なのでしょうか? 本書は、こうした主張を念頭におきながら、低線量放射線が人体に及ぼす影響について、さまざまな角度から検証しようとするものです。
    *
私は、1956年生まれの内科医で、神経内科という領域を専門にする臨床医です。放射線医学を専門にする者ではありません。しかし、福島第一原発事故後、この問題(低線量放射線の人体への影響)に関心を持ち、関連する書籍を読んでみました。その結果、一部の微生物や細胞については、この理論の提唱者たちが発見・主張していることの中に、正しいと思われる部分があり、また、将来的な可能性としては、人間においても、そうした効果が発見される可能性はあるものの、今のところ、この「理論」の内容の多くは、まだ証明されておらず、それどころか、これまで報告されてきた微量放射線の人体への作用に関する報告と両立しない、という判断をするに至りました。
にもかかわらず、この「ホルミシス理論」は、一部の言論人やマスコミによって、あたかも証明された科学的真理ででもあるかのように取り上げられ、語られています。また、インターネットでは、何が専門なのかも明らかにしない人々が、これを絶対正しい理論ででもあるかのように広めようとしています。さらに、少数ながら、医師の中にも、この「理論」を支持する人がいるのです。
以下に、その「ホルミシス理論」の論拠を検証し、私なりの結論を示したいと思います。
なお、私は、あくまでも臨床の医者ですが、医学生の頃から、基礎医学に関心を持ち続けてきました。政治的には、「右」でも「左」でもありません。はっきり言えば、どちらも嫌いな無党派の人間で、支持政党も、特定の信仰もありません。そして、原子力発電については、若い頃は賛成していたのですが、1980年代後半からは明確に脱原発派であることも述べておきます。
とはいえ、以下に書くことの多くは、私が、原発に反対であることとは関係がありません。「ホルミシス理論」について、かなり厳しいことを述べますが、それは、私が医者であるがゆえの検証であり、批判なのです。それは、純粋に科学の問題であって、原発をどうするかという政治上の議論とは別物です。
微量放射線の医学的影響についての考え方が、原発に対する見方に影響を与えることは、よく分かります。しかし、もし、原発に賛成する人が、「微量放射線はまったく安全だ」「却って体にいい」などと言い、一方で、脱原発派が「どんなに微量でも放射線は危険だ」と言うのであれば、これは、科学の議論ではなくなります。それはもはや科学ではなく、イデオロギーの問題です。自分自身の原発に対する意見とは切り離して、医者の目で、公平に、この議論を検証し、皆さんの前に私なりの結論を示したいと思います。
    *
この「ホルミシス理論」と呼ばれる主張は、学界では、圧倒的な少数意見です。少数だから間違っている、と言うつもりはありません。多数派の見解に挑戦することは、大いに結構です。しかし、少数派の意見であるものを、多数派の意見であるかのように語るのは、印象操作です。
残念なことですが、「ホルミシス理論」を持ち上げる言論人の中には、この「理論」が、学界の多数派によって支持されているかの言説を振りまく人がいます。この主張が正しいと思うのであれば、何も、多数派であるかのような印象操作をする必要はないはずです。学界では少数派だが、これこれの理由があるので、自分はこちらが正しいと思うと、堂々と主張すればいいのです。
また、「ホルミシス理論」を支持しているとは思われない人々の多くが、この説を取り上げて検証するのを怠っていることも気になります。少数派の意見だから取り上げる必要はない、とでもいう姿勢の人が多いようですが、私には、それも感心できません。微量放射線の医学・生物学的問題について語ることに、私などよりはるかにふさわしい方々は何人もおられます。にもかかわらず、どうも、それらの方々が、この点について十分な検証をしようとしないことを、私は残念に思います。
私は、この本を、原発に賛成する人、反対する人の双方に読んでいただきたいと願っています。この本を読んで下さった方が、原発に賛成しようと、反対しようと、それは自由です。私は、脱原発派を増やすために微量放射線についての検討に手心を加えるつもりなど、まったくありません。そのことを、最初にはっきり申し上げておきます。
    *
この本は、それなりに「面白い」本であると思います。そして、分かりやすく書きあげたことを自負しています。高校生でもわかるように書いたつもりですので、書店でこの本を手に取った方が、お買い求め下さることを切に願っています。
      核時代69年(2014年)3月1日
                      西岡 昌紀  

図書新聞 2014年6月28日号(No.3164)

 放射線被曝についての
 最新知見を平易に紹介

  ―ホルミシス理論はやはりおかしい―
                          山田宏明

 福島第一原発の事故に関連して、最も激しく意見が対立しているテーマのひとつは「放射線(放射能)被曝」問題。「低レベルでの被曝も将来、健康被害を起こす」という主張と、「そんなことはない。心配し過ぎだ」という主張は、汚染土壌の自治体での受け入れ、避難地域に福島県民が帰還すべきかどうか、福島産の農産物や三陸沖で漁獲された海産物の販売の可否など多くの問題についても激しく争われており、罵倒合戦にもなっている。大阪では、汚染土壌の受け入れに反対し抗議活動を続けていた脱原発派の人が逮捕される事態も起きた。この問題について、医師の立場から、放射線と健康被害について、これまでのさまざまな研究成果を紹介しながら、医学・科学の立場ではどういう考え方が正しいと思われているのかを平易に解説したのが本書。医学的知見なので「一刀両断」というわけではないが、低レベルの放射能は健康にいい、という「ホルミシス理論」を厳しく批判、この理論を称揚している渡部昇一・上智大学名誉教授らの主張の「間違い」を糺している。
 著者はかつて「ナチスによるユダヤ人大量虐殺はなかった」という説を文藝春秋の雑誌「マルコポーロ」で発表し、反ユダヤ的な言動のチェックを続けている世界的に有名な「サイモン・ヴィーゼンタールセンター」の猛烈な抗議を食らって、同誌が廃刊になるきっかけを作った人。しかし、本書は科学者らしい「客観的、事実主義」に貴かれており、放射能被曝問題を議論し検討するには絶好の入門書だ。
 著者はまず、「線量」という被曝問題の基本になる概念について、渡部名誉教授らが勝手な解釈をしていることを批判、被曝で問題になるのは「吸収線量」であり、エネルギーでもあるアルファ線、ベータ線、ガンマ線という「放射線(能)」は「熱量」のことだ、と説明する。
 そして、放射能被曝で起きる発がん、臓器異変などについて、突然変異の発見、DNA発見の歴史、がんの医学的定義などを解説する。しかし、定説となっている「被曝によるがんの発症は、放射線がDNAを破壊、切断するからだ」という見解についても、「現在では疑問も投げかけられている」と、医学的知見は、簡単に白か黒かと断定できないケースが大半であり、イデオロギッシュな主張は、信憑性にネックがあることをパーキンソン氏病やアルツハイマーなどを例に取って、丁寧に解説している。
 さらに、原発推進派の一部が、「低レベルの被曝など問題はない。むしろ健康増進に役立つ」という「ホルミシス理論」について、その「根拠」となっている米国ミズーリ一大のトマス・ラッキー教授の主張について、「そういう主張は十分に立証されていない」とし、「そもそも、現時点でも、放射線が人体にどういう影響を与えるのか、はよく分かっていないのだ」と言う。
 ただし、科学者らしく、「だからラッキー教授の主張を全面否定もできない」と慎重な態度も示している。広島、長崎での原爆被爆者の調査や英国のセラフィールド核燃料再処理工場周辺住民のこどもの健康についての疫学的調査では、低レベルの被曝でも白血病などの発症が確認されていることも紹介している。
 この問題について、福島原発を巡っては、「放射脳」などという罵倒用語が飛び交うはど、どうして対立がエスカレートするのか、評者にはその理由がよく分からないが、脱原発派の原発否定の「大きな根拠」がこの被曝リスクにあるため、原発推進派は躍起になって「ノーリスク」を主張するのだろう。また、「子どもの健康被害」というセンシティブでデリケートな問題を内包しているため、議論が感情的になるのだろう。
 そうした情緒的な議論を避けるためにも、幾多の科学的知見を平易に紹介し、根拠のない極論を排するべきだという著者の主張は、大いに参考になる。
 こういう冷静な分析でも「ホルミシス理論」は許容できるものではないようで、渡部名誉教授ら原発容認派は、この点を考え直すべきだろう。専門家に受け入れられない主張に固執していては、原発容認の理論そのものが崩壊してしまうのだから。
                        (作家、評論家)

出版ニュース 2014年7月上旬号(No.2349)

 国土の一部が深刻な放射能汚染によって、長期にわたり人が住むことも農業を再開することもできない状況が続くなか、ネット空間では微量の放射線にはホルモンのように体にとって有益な作用があるとする考え方=ホルミシス理論が飛び交っている。これに対し神経内科医である著者が、放射線とガン発生のメカニズム等を紹介しながら、ホルミシス理論が主張する微量放射線の作用によって起きる人体内でのよい効果としてあげる変化はストレス反応である可能性が高く、これは逆に微量放射線がストレッサーである可能性を示唆すると指摘。ホルミシス理論は、今後の政策決定に無用だと批判する。

ジャーナリスト 2014年8月25日

 似非科学なのに独り歩きする
「微量の放射線は体に良い」理論

 「血液型性格占い」に代表される似非科学が広く語られる日本。よく分からないことを分かったように盲信してしまうことが、差別や偏見を生み出し、害になることが少なくない。微量の放射線は、ホルモンのように、体に良いとする「ホルミシス理論」が、福島第一原発事故以降、急速に言われ始めたのは、その一つかもしれない。生命に危害を及ぼす放射線ともなると、その影響は計り知れず、原発推進への別動隊的な役割も感じる。医師でもある著者が線量やガンなど生命をめぐる現象を分析。悪者にされることが多い「活性酸素」や、「ガンは本当に突然変異の産物なのか」など、古くて新しい論争も専門外の人にも分かるように、丹念に検証や解説を加えた。生命現象は依然として分からないことだらけなのだ。
 ホルミシス理論は論証されることなく世間をにぎわせ一部で独り歩きを始めている。著者は「全否定するのではなく、証明されていないことを指摘」するのが本書の目的とし、同理論には「何の価値もない」とする。
 原発事故以降の現実から目を背け、観念でものをいう言論人やジャーナリズムがあり、イデオロギー化の傾向がある科学自体にも警鐘を鳴らした。「日本に必要なのはイデオロギーではなく文化としての科学」と。
 作曲家の早坂文雄さんが、黒澤明監督と準備した放射能を題材にした映画『生きものの記録』を紹介。チェルノブイリ事故で映画を思い出し衝撃を受けたとし、「福島後の世界に生きる私たちは、この映画と全く同じ構図の世界の中で生き続けています」と結ぶ。
                      杉山正隆(歯科医師)