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抜粋 まえがき

1995年暮れから1997年3月にかけての1年余は、日本の原子力開発をゆるがした時期として後世に記録されるだろう。95年12月8日、福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」がナトリウム漏れによる火災事故を起こした。完成後4年半、初臨界の1年8カ月後であった。翌96年8月4日、新潟県巻町で原発建設の是非を問う住民投票が行なわれ、建設に反対する票が全有権者の過半数に及んだ。アメリカ的な意思決定方式がやっと市民権を獲得し始めたことを示す地方自治史上の「事件」である。そして97年3月11日、茨城県東海村にある動力炉・核燃料開発事業団の再処理工場で火災・爆発事故が発生し、環境に放射能が放出された。日本の原子力史上最大の事故である。おまけに動燃は、相次ぐ重大事故にさいして情報隠しに腐心し、原子力政策への国民の信頼を極度に失墜させた。
「もんじゅ」の事故があってから間もない96年1月23日、福井・新潟・福島の三県知事が連名で総理大臣に「提言」を行なった。軽水炉でプルトニウムを核燃料として使用する「プルサーマル」の申し入れを受けている3県は、「高速増殖炉を中核とする核燃料リサイクルの今後のあり方など原子力政策の基本的な方向について」再検討を行なうべきであるとし、原子力開発利用長期計画(原子力長期計画)の見直しを含めた議論と国民的合意形成が図られないかぎりプルサーマル計画の受け入れは認めない意向である。原発を誘致した自治体の長がここまで態度を硬化させるのは、これまでになかったことである。
原子力委員会はこれを受けて、原子力政策円卓会議を11回にわたって開いた。また高速増殖炉懇談会を設けて「高速増殖炉研究開発の在り方」についての提言案をまとめ、一般から意見聴取を行なった。提言案には「少数意見」も添付されていて、これも珍しいことである。高レベル放射性廃棄物の処分問題をめぐっても同様に、国の政策に批判的なメンバーを含んだ懇談会を設置して中間報告の案をつくり、各地で意見交換会を開いている。
しかし一方では、青森県東通村の原発建設をめぐる第2次公開ヒアリングが97年11月27日に開催されたが、例によってたった1日だけのセレモニーであった。また97年度から「原子力発電施設等立地地域長期発展対策交付金」という、名前も長いが期限も長い新しい補助金がスタートし、国民的合意形成への動きに水をさすような利益誘導政策の健在ぶりを示した。
核燃料サイクルの環をなす高速増殖炉と再処理工場で事故が起こり、プルトニウム利用の将来性に賭けてきた日本の原子力開発が大きくつまずいたことは明らかである。原子力発電が技術的に未完成であること、日本の原子力政策が「民主・自主・公開」の原子力3原則にもとづいて進められているとは言えないことを指摘してきたわれわれには、こうした事態は少しも意外ではない。いわゆる国民的合意形成に向けて政府がいろいろな対話の機会を設けるようになったのも、ようやく欧米並みに近づく一歩前進にすぎない。この政策トーンの変化が果たしてほんものであるかどうか、一連の出来事が原子力政策のほんとうの転機になるかどうか、それはまだわからない。一面で、それは市民サイドの運動次第であるともいえよう。
本書は、曲がり角に立った日本の原子力発電の現状について、自然科学や社会科学の観点から多面的に論じたものである。書名には、動燃問題を契機に核燃料サイクル政策全体を見直し、西暦2000年代の原子力政策の新しいビジョンを描きたいというわれわれの思いをこめている。第1部「転換迫られる核燃料サイクル政策」では、「もんじゅ」と東海工場の事故が核燃料サイクル政策に対してどのような意味をもつものであるか、またなぜあのような事故や事故隠しが発生したかをまず明らかにした(第1・2章)。ついで「プルトニウム減らし」の方便である「プルサーマル」が、いかなる安全上の問題をはらみ、どんな厄介な問題を派生させるかについて述べている(第3章)。そして高レベル放射性廃棄物の処分、いわゆるバックエンド問題がどこまで議論されてきているか、いま何が課題となっているかを論じたのが第4章である。そこではとくに、処分場の立地選定をめぐる手続き問題の重要性が説かれている。
第2部「検証・日本の原子力政策」は、わが国の原子力政策の歴史と現状および将来についてさまざまな角度から検討を加えた部分である。アメリカに従属したかたちで進められてきた日本の原子力開発の硬直性について(第5章)、また間接税を財源に利益誘導システムを駆使して行なわれてきた立地政策について(第6草)。第7章では、宮城県・青森県・北海道の原子力施設立地地域の状況をそれぞれの特徴に即して報告した。そして最後に、世界の原子力発電をめぐる最近の動向を明らかにしつつ、これからの電力需給のあるべき姿について提言を行なった(第8章)。
なお本書は、97年8月30、31の両日、福島県いわき市で開催された「日本科学者会議原子力発電問題全国シンポジウム」(日本科学者会議原子力問題研究委員会と現地実行委員会の共催による)の報告と討論をベースにして組み立てたものである。もっとも、シンポジウムの諸報告のすべてがここに収録されているわけではなく、またシンポジウム報告にはなかったものもここには含まれているので、本書はシンポジウムとは一応別個の、独立した論文集である。各章の内容はもちろん執筆者独自の見解であり、部分的には意見の不一致もみられるが、それも議論のきっかけになれば意味のあることだろう。いわき市での全国シンポジウムは時宜を得た有益なものであった。そこで確認されたアピールを、巻末に収録しておいた。国民参加の議論の展開によって、わが国の原子力政策に転換が訪れることをわれわれは心から願っている。
本書が議論の素材としていささかでも貢献できればさいわいいである。

書評 赤旗 98年8月31日

1995年の「もんじゅ」ナトリウム漏れ事故、1997年の東海再処理工場爆発事故、さらに「うその報告」が重なって、動燃(動力炉・核燃料開発事業団)の名は「不名誉」の代名詞として広く世間に知れ渡ってしまった。
 本書はこの二大事故を導入部におきながら、しかし、単純な動燃バッシングで事足れりとはしていない。なぜ、最低のモラルすら守れない気風が育っていったのか、監督する科学技術庁の体質こそ問題ではなかったのかを、ち密に検証している。その結果明らかになったのは、毎年1500億円以上の予算を使い、約2800人の職員を動かしながらも、現場は委託先や下請けに任せ、他方、巨額の税金を大企業にばらまくトンネル機関と化した動燃の実像だった。
 そもそも動燃の発足自体、民主的気風が強かった原子力研究所を嫌った行政が、電力業界に忠実な新機構で拙速に「技術開発」を図ろうとしたものにほかならず、そこには米国追随型の原子力政策のゆがみがあらわになっている。だからこそ、今回の動燃の事故は、日本の原子力産業全体を侵している病根に通じているという編者の分析には、強い説得力がある。
 未来を占う大問題の一つに、核燃料サイクルの評価がある。各国が次々と使用済み核燃料の再処理事業から撤退する中で、日本だけが奇妙な「プルサーマル」政策に固執しているが、これが技術的・経済的には難点だらけのしろものであることを、この本は詳しく解説する。さらに「地球温暖化の防止に、二酸化炭素を出さない原発を」という俗説を批判した上で、来世紀の展望に通じる具体例としては、脱原発を果たしながら供給と経営の安定性を見事に回復した、米国・サクラメント電力公社の例を紹介している。日本各地の原発関連住民運動の到達点・問題点も簡潔にのべられている。
 核物理学・原子力工学・経済学・技術論・住民運動などの諸分野を横断して、豊富なデータを盛り込みながらも、すぐれたルポルタージュのように、素人でもまったく抵抗なく読み進むことができるのは、原子力問題に造詣(ぞうけい)の深い執筆者陣の力量に負う点が大きい。原発・エネルギー問題を基礎から考え直したり、学習しようとしている人たちにとって、この本は間違いなく必読書に入るべきものといえよう。