ホーム
サイト内検索

抜粋 まえがき

日本はどれだけプルトニウムを保有しているのだろうか。燃料加工用の原料や「もんじゅ」の燃料のように国内にあるものが約5.9トン、フランスのラ・アーグや英国のTHORPなどに再処理を委託し、まだ返還されずに海外に保管されているもの約37.8トン、合計43.7トンの「分離された」プルトニウムを保有している(2005年現在)。
一方、各地の原発敷地や青森県六ヶ所村の使用済み燃料貯蔵施設にある使用済み燃料の中に、「未分離」プルトニウムが約100トンあるが、これは毎年使用済み燃料が増えるにつれて、7〜8トンずつ増加している。
世界的にいえば軍事用プルトニウムが約250トンあり、その9割が米国とロシアに存在している。一方、民生用プルトニウムとしては「分離されたもの」が約273トン、使用済み燃料中の「未分離」プルトニウムが約852トン、合計1125トン存在する。軍事、民生あわせれば世界中に存在する量は1375トンとなり(2002年現在)、この量は原子力発電による使用済み燃料が増加するにつれて、年々100トン近く増加しつつある。
軽水炉を運転することによって、これまで天然には存在せず、したがって人類が手にすることのなかった物質がこのように大量に社会に出現し、着実に増加しているという事態が生じている。これは、物質の生産・消費という科学技術上の観点からいえば、歴史上初めての事態であり、人類がかつて体験したことのない事態といっても決して大げさではない。まさにプルトニウムの洪水が押し寄せている観があり、これをプルトニウム・プレッシャーと呼ぶ人もいる。
プルトニウムは本書が詳しく述べるように、1)きわめて毒性の強い放射性物質であるという側面と、2)高速炉や軽水炉の燃料としてエネルギーを取り出すことができる有用物質であるという2つの側面を兼ねそなえている。このことが、プルトニウムをどう扱うかについて専門家の間でも議論の大きく分かれる理由となっている。しかしながら、重要な問題であるにもかかわらず、科学技術上の、原子力という特殊な分野の問題であるため、一般の人には「難しい」と敬遠されがちであり、利用の可否についてオープンな議論がされてこなかった。
専門的な言葉が使われたりして一見「難しく」思えるかも知れないが、大変重要な問題であるので、われわれはできるだけ多くの人々に、プルトニウムとは何か、プルトニウムを利用するとはどういうことかを知ってもらいたいと考えた。これが本書執筆の第1の動機である。多くの人たちが、先入観や固定観念ではなしにできるだけ事実に即し科学的に判断することが大切である、という立場にたって本書を執筆したつもりである。
「プルトニウム・プレッシャー」に押されるように政府は軽水炉(原発)の燃料としてプルトニウムを利用する(いわゆるプルサーマル)計画を立て、各地の原発でこれを実施するよう2003年ごろから強力な指導を電力会社に対して行なってきた。プルサーマル推進論者が「核燃料リサイクル」と名づけたように、これはエネルギー資源の有効活用という点から見て、一見合理的である。しかしながら、もう少し踏み込んで検討してみると、プルトニウム資源の有効活用という立場から見ても割りの合わない「愚かな」利用法という批判が成り立つ。こうして大きな批判がある「プルサーマル」を既成事実としてどんどん進めることは、「国家百年の計」から見て悔いを残すのではないかと考えたことが、本書執筆の第2の動機である。
プルトニウムはまた、よく知られているように核兵器の材料である。軽水炉の使用済み燃料から取り出される「原子炉級」のプルトニウムは、軍事用のプルトニウム生産炉から作られる「核兵器級」のプルトニウムと同位体組成が異なるため、上に述べた大量の民生用プルトニウムがそのまま核兵器生産に役立つと考えると間違いである(ただし粗悪な核兵器なら作ることができるという説もある)。しかしながら、簡単にいえば、プルトニウムの生産技術はそのまま核兵器級プルトニウムの生産にも役立てることができるので、民生用もふくめてプルトニウム生産は、常に国際政治のホットな焦点のひとつであったし、これからもそうだろう。プルトニウムが核兵器とどのようにつながっているかを理解してもらうことが、本書執筆の第3の動機である。
プルトニウム問題を扱うにあたっては、「選択」という行為がたいへん重要になってくる。どのような政策の選択肢があるかを考え、正しい判断にもとづいて賢明な選択を行なうことである。この選択には、エネルギー問題、環境問題、核武装問題など私たちの将来にかかわる重要な問題が関連している。
ちなみに選択肢のいくつかを挙げてみよう。
@原子力利用の全廃。プルトニウムが生じる原子力をいっさい利用しないという道である。昔からこのように主張してきたグループはあった。しかしながら、発電電力量の3分の1以上を原子力に依存している現在、これを全廃するというのは現実性に欠けるような気がする。また石油の需給関係が逼迫するといわれている21世紀初頭のエネルギー供給をどう解決するのか、具体的な代替案の提起が必要であろう。
Aウラン燃料に代えてトリウム燃料の利用。現在広く用いられているウランに代えてトリウムを燃料として利用することもできる。現にトリウム資源の豊富なインドでは、トリウム燃料の原子炉が稼動している。トリウムを用いた場合、プルトニウムは生じない。また資源量としてトリウムはウランを越える量が存在しているといわれる。このためトリウム炉の開発を主張する人もいるが、ウラン技術が確立した今日、原子力産業や国の政策立案者に、路線変更の動きは見えていない。
B使用済み燃料を再処理しないでそのまま一時的に保管あるいは半永久的に処分(ワンス・スルー路線)。現在米国が採用している方法である。この場合、将来プルトニウムを取り出して使うのか、そのまま処分してしまうのか、問題は先送りされるが、少なくとも当面はプルトニウムをどうするか頭を悩ます必要はない。
C再処理で取り出したプルトニウムを軽水炉燃料として利用する。現在日本が実施しようとしている「プルサーマル」路線である。
D再処理で取り出したプルトニウムを高速増殖炉で使う。資源量が飛躍的に増えるため、従来プルトニウム利用の本命と考えられていた利用法である。しかし現在はまだ、高速増殖炉の技術は確立していない。
以上ざっと上げただけでも5つの選択肢(あるいはこれらの組み合わせ)について、安全性、環境問題、エネルギーの安定供給、資源の確保、経済性、軍事利用との関連、そのほか(たとえば個人の好み)の観点から、どのような選択をするのかが、いま問われているのである。
一般の商品とは異なり、エネルギーは消費者が選択できる幅はきわめて狭い。個人の意向にかかわりなく、われわれは日常使っている電力の電源を選ぶことはできない。このように、一般市民にとって選択の幅が狭いため、エネルギー政策を決めるにあたっては合意の形成がきわめて重要になってくる。これまで、ともすれば原発立地の安全性のように生産地での問題が重視されてきた。そのことはきわめて重要であるが、同時に消費者の意向はほとんど無視されてきた。生産地の危機感に対して消費者の無関心という図式は、このようにして生まれてきたといえよう。
本書では、現在進行しつつあるプルトニウムの利用計画について、その可否を判断する手がかりとなるように、科学的に、かつできるだけ平易に、プルトニウム問題を取り上げた。
なお、本書のような技術的問題を多く含む文章は、ともすれば文系の読者にとって読みづらいこと考慮して、できるだけ注を入れ、カコミで簡単な解説をつけた。また文中の各項目(節)は独立性が高いので、必ずしも本書を冒頭から読み始めなくても、興味のある項目から読み始めても理解できるよう努力したつもりである。
最後に、第1章から第4章までの内容は、社会科学者と自然科学者のNGO組織である日本科学者会議のエネルギー・原子力問題研究委員会が主催した研究会で報告・討議を行なったものを、各執筆者の責任でまとめたものであることを付記しておく。
本書が、広範な読者に多面的に利用されることを期待したい。
(舘野 淳)

書評 NERIC News No.278/2007年5月号

途上国を中心としたエネルギー消費の増大を背景に、エネルギー資源の安定確保と化石燃料の大量消費による地球温暖化への対策を追求する中核的手段として、先進諸国では原子力発電が見直され、他方、原子力発電の導入を目指す途上国が増えている。同時に新たに核兵器を保有しようとする国や核テロリズムによる脅威が増大し、世界的な原子力発電ルネッサンスと核不拡散が叫ばれている。
わが国では、原子力発電所での使用済み燃料の再処理によるプルトニウムの保有が増大するなか、六ケ所村での再処理工場が稼動しようとしている。この稼動によりプルトニウムの保有はさらに増大し、強引な「核燃料サイクル」が推し進められようとしている。
本書は、そもそもプルトニウムとは何か、その利用・高速増殖炉、プルサーマルをどう考えるのか、核兵器開発との関係などについて日本科学者会議に参加している専門家7名がそれぞれの専門分野を担当して執筆したもので、専門的な解説、技術書としての読み応えがある。さらには難しい専門用語については、その個所に注釈を付けるなど専門外の一般市民にとっても読みやすいように配慮されている。難を言えば、わが国はもとより世界的に叫ばれている原子力発電ルネッサンスと核不拡散問題に関する記述が不十分で問題の本質を見落しかねない一抹の不満、不安が残る。
そうした中で、最終章の「北朝鮮の『核』保有」は、世間の一部にはこの筆者を北朝鮮の代弁者などと誹謗中傷する者もいるようだが、記述は客観的で、本書の価値を高めるものにしている。
なお、個別の問題になるが、使用済み燃料の再処理により生成される高レベル放射性廃棄物の最終処分地への公募に高知県東洋町が応募したことについて触れている。原子力発電環境整備機構は、この応募を受け、資源エネルギー庁の認可を得て文献調査に入ることになっていたが、町民の反対にさらされた田島町長は町民の信を問うとして辞職。先の町長選挙では、町民の反対をバックとした沢山氏が約7割の得票を得て圧勝。応募は撤回され、最終処分地の選定作業は振り出しに戻っていることを付記しておく。
   (地球科学研究所専務取締役・技術政策研究会理事/本谷勲)

書評 しんぶん赤旗 2007年5月20日付

青森県六ケ所村の再処理工場が年内にも稼働を始める予定です。本格運転が始まれば年間8トンのプルトニウムを生産する計画です。
プルトニウムは極めて毒性の強い放射性物質です。なぜ、このような物質を大量に生産するのか、政府・業界が進めようとしているプルトニウム利用は妥当な方法なのか―本書は、「できるだけ多くの人々に、プルトニウムとは何か、プルトニウムを利用するとはどういうことかを知ってもらいたい」という動機で書かれています。

書評 社会評論 2007年 Summer

プルトニウムは原発の使用済み燃料中に生まれる猛毒の放射性物質だ。原発大国日本に住む私たちは否応なしに「プルトニウム社会」に生きている。
本書を読むと、いかに政府の原子力政策が根拠のない技術的楽観主義に基づいたずさんで無責任なものであるかがわかる。一般市民も電力消費者の立場からきちんと異議申し立てを行っていかないと、取り返しのつかない事態になってしまう。
本書は8人の原子力科学者・社会科学者の分担執筆による。おおむね以下のような立場らしい。@原発を全廃するのは現実的でない。Aプルトニウムは不滅の毒である一方、エネルギー源として有用である。Bプルサーマルはプルトニウムの愚かな利用法であり、実施すべきではない。Cプルトニウム利用の本命は高速増殖炉である。D国は「高速増殖炉燃料サイクル技術」を「国家基幹技術」としているが、国民のコンセンサスを作ることが先である。E原発の使用済み燃料は再処理せず、高速増殖炉の技術が確立するまで、各原発サイトで保管する。
しかし、原発を止めない限り、何万年もの厳重管理を必要とする使用済み燃料はどんどんたまるし、貯蔵スペースには限界がある。どうするのか?
本書はいつになるかわからない高速増殖炉サイク〜技術の完成に期待をつなぐ。一般市民の不安は払拭されない。
最終章でプ〜トニウムを外交カードとして用いる朝鮮の「瀬戸際外交」を客観的に分析し、朝鮮半島非核化のため日朝国交正常化を早期実現すべきであるとしている点は説得力がある。
                       (中村泰子)