レビュー 出版ニュース 2018年03月中旬号

 ゆきーはよいよい
 かえりはこわい

 田悟恒雄
 日本出版者協議会理事(リベルタ出版)

 「シューカツの話をしよう」と書いてから1年余、今回は本当に「紙と共に去る」ことを白状しなければならない。
 筆者が零細出版社を立ち上げたのは、出版業界に翳りの見えた1987年のことだった。それでも無謀な起業に踏み切ったのは、まだ若さとエネルギーだけは持ち合わせていたからだ。
 むろん逡巡しもした。しかし、86年4月のチェルノブイリ原発事故が、迷いを吹き飛ばしてくれた。事故が単なる工学的事象にとどまらず、すぐれて社会科学的な意味を持つと睨んだからだが、それは大学の卒論での問題意識の延長線上にあった。
 事実、権力の座に就いて間もないゴルバチョフは、以前なら事故の存在すら隠し通そうとしたのに、共産党機関紙の科学技術部長に、戯曲のかたちで発表させたのだ。『石棺』である。
 それとて多くの問題点を孕んでいたが、隔世の感を覚えるほどの出来事だった。いわば情報の秘匿で成り立っていた体制が、曲りなりにも「公開」へと歩を踏み出したのだから。
 このシナリオに、キエフ映画撮影所の実録フィルムをコラボしたものが、リベルタの第1作『石棺 チェルノブイリの黙示録』だった。
 ところで、いったん綻び始めた「情報秘匿体制」は、次々「公開」へと舵を切る。「ペレストロイカ」である。止まるところを知らぬ変動を追ううち、「予測」への衝動に駆られた零細出版人は、足を掬われることになる。先を見たつもりの「ソ連崩壊」では、実は歴史の方が出版の先を行ってしまったことに気付かされるのだ。「書籍という遅効性メディアは、先を急いてはならない」というのが、そのときの苦い教訓となった。
 メディアといえば、カナダの『メディア・リテラシー』の翻訳出版も、意義深い仕事となった。ゲラ段階で近所の「豪腕編集者」にお見せすると、言下に「これは売れない!」と一蹴されてしまった。「だいたいタイトルの意味もわからない!」と。
 果たして刊行後1年しても、一向に動き出す気配もない。「やっぱり言われたとおりか」と落胆していたとき、文部省の審議会がメディア・リテラシーに注目していることを知った。その後、中高校の公民教科書に採り上げられたこともあり、同名の書籍も何点か出現する。
 出版7年目のとある木曜日、滅多に鳴ることのない事務所の電話が朝から鳴り響き、2日続けてその応対に追われることに。聞けば、水曜夜の「筑紫哲也NEWS23」で採り上げられた、とのことだった。
 そして、すっかり電話が鳴りやんだ月曜の昼前に入った1本の電話。某大書店の仕入責任者からだった。なぜか慌てたご様子で、のっけから「お宅の本は何色か?」と問う。「赤と黄色で…」と返したとたん、「あっ、それそれ…」。どうやら大手版元の同名の本を大量に発注してしまい、お客さんから「テレビで見たのと色が違う」と言われてしまったそうだ。やれやれ。
 長々昔話をするうち、紙幅も尽きてしまったようだ。
 それにしても、店をたたむというのは容易なことではない。あまりに厄介事が多過ぎる。いま零細出版人の脳裏には、その昔に歌った「通りゃんせ」の一節が、しきりに去来している。
「ゆきーはよいよい、かえりはこわい」