レビュー 立命館産業社会論集 2007年3月(第42巻第4号)

 媒体知育事始め

リベルタ出版代表
田悟恒雄

 あれは、ソ連が崩壊した1991年の秋だっただろうか、FCT(当時は「市民のテレビの会」)を主宰していた鈴木みどりさんが、北米での国際会議で入手された1冊の大判の本を、私の目の前に差し出した。
「これ、日本で出版できるかしら?」
「Media Literacy?」
それまで聞いたこともない言葉だった。ともあれ、しばらく原書をお預かりして検討させていただくことにした。
帰りの電車の中で読みはじめたところ、予想もしていなかったなかなかの内容に、ぐいぐい引き込まれていった。そしてその翌日すぐに、みどりさんに電話した。
「ぜひ、やらせてください」

 さっそくFCTメンバーの中から翻訳者集団がつくられた。実際に翻訳に携わるのは、鈴木さんを含め4人だったが、さらにそれと同じ人数の「翻訳協力者」が選ばれた。しかも、そのほとんどの方は、英語がわからないと言う。
実はここが、市民運動オーガナイザーとしての鈴木さんの素晴らしいところだと、あとになってわかった。喫茶店などで開かれた翻訳検討会には「協力者」や私を含め、毎回ほとんど9人全員が顔をそろえた。協力者たちは、英語の原文にとらわれず、まったくの日本文として翻訳テキストのチェックにあたってくださった。「編集者は最初の読者」とよく言われるが、今回はそれが、本を出す前から4人も5人もいたというわけだから、考えてみれば、これはとてもぜいたくな作業だった。おかげで、かなりわかりやすく、大胆な翻訳ができたと思う。

 翻訳が全文あがったところで、さあて、書名をどうするか?―。
「メディア教育」という案も出たが、それではこの本の新しさが出てこない。当時、「メディア教育」といえば、教育現場にメディアを持ち込む視聴覚教育か、せいぜいのところ「学校に新聞を」のNIEがイメージされるくらいだった。つまりは、「トゥールとしてのメディア」にすぎなかった。それでは、メディアそのものを俎上にのせ、それを批判的に読み解くというメディア・リテラシーの基本的なコンセプトは表現できない。「新しい酒は、新しい革袋に」だ。まったく新しい概念を普及しようというのだから、呼び名もまったく新しいものにすべきだ。ならば、原文むき出しの「メディア・リテラシー」で行こう、ということになった。

 本が出る直前、神保町の零細出版仲間との雑談―。
―(ゲラを開帳して)10年早いと思うんだが、こんど、こんな本を出すんだけど、どうだろう?
―あっ、こりゃ売れないね。だいたい何のことか意味がわからないじゃないか。
―でも、「何だろう?」効果ってのもあるんじゃない?
本が発売になり、果たして悪友らの言うとおりになった。
たまに入る書店からの電話注文も、
―メデア、リテラ… う〜ん、何だい? こりゃ…
―メディア・リテラシーじゃないですか?
―う〜ん、それだ、それ。それ1冊。
といった具合で、なかなか捌けない。梃子でも動かない在庫の山が、倉庫の奥にうずたかく積まれた。

 「やっぱりだめか〜」と観念して3年目、霞が関方面から何やらぼちぼち動きが出てきた。どうやら文部省が目をつけたよう。「第4の権力」対策ということなのか、いささか動機は不純なのだろうが、審議会が取り上げたのだ。話はとんとん進み、晴れて高校の公民教科書に「メディア・リテラシー」が登場した。
となると、「柳の下にドジョウは3匹いる」といわれる出版界、またたく間に同じタイトルの本がいくつか出そろった。

 そして、さらに4年ほどたった木曜日の朝。ふだんは壊れているかと思うほど静かなリベルタの電話がひっきりなしに鳴り始めた。前の晩のTBS「ニュース23」で、この本が紹介されたのだという。カナダのメディア・リテラシー事情のルポのあと、女性キャスターさんが、「実は、日本でも、だいぶ前にこんな本が出ていました」と、本をちらちらさせたそうだ。
おかげで翌木金2日間は電話が鳴りっぱなし。テレビの力をいやというほど痛感させた。しかし、土日をはさんで月曜日、電話はピタリと止まっていた。これも、電波メディアのテレビゆえということか。
面白かったのはその後である。ふたたびいつもの深い眠りに就くかに思われた電話が突然、鳴りだした。とある大書店の仕入れ担当者からだった。相手は大慌ての様子で、いきなりこう尋ねた。
―おたくの『メディア・リテラシー』は何色ですか?
―赤と黄色で…
―それそれ、それ、いま在庫は何冊ある? 全部いただきたい。いますぐ車で向かうから…
やれやれ、件の担当者は仕入れミスをしでかしてしまったようだ。木曜の朝、さる大手版元に出した大量注文は、確かに書名は間違っていなかったものの、前夜にTBSが紹介したものとは違っていた。というのは、お客が異口同音に、「色が違う」と言ったのだ。

 これそのものが、ひとつのメディア・リテラシーだった―。テレビというのはものすごい影響力を持っているが、あまり長持ちしない、というのがひとつ。そしてもうひとつは、視聴者がテレビから最も強く受けるインパクトは色であるということだった。

 あの「運命的な出会い」から15年、立命館大学やFCTなどでの鈴木みどりさんらのご活躍のおかげで、メディア・リテラシーは日本でもすっかり市民権を得た。みどりさん亡きあと、さらなる発展を担う若い世代の研究者、アクティビストの広がりに期待を寄せたい。