レビュー 新聞展望 2006年2月24日


 出版の足場を崩す差別取引

                     田悟恒雄(リベルタ出版代表)

IT産業花盛りの陰で、ひっそりたたずむ出版産業。近年とみに活気が失われつつある背景には、「本離れ」といった環境変化だけでなく、この業界を蝕む内部的な要因がある。ひとことで言ってしまえば、それは「出版業界の閉鎖性」であり、これを支えているのが「出版流通の差別取引」なのだ。
「差別取引」といっても、一般にはあまりなじみがない。また、これを問題視すること自体、いま流行りのネオリベラリズムの流儀からすれば、「成功者に対する嫉み」とされかねない。だが、それはちょっと違う。もしもそれによって出版の多様性が失われ、出版界の創造性が衰退しつつあるとすれば、読者も決して無関心ではいられまい。
出版物の流通経路は多彩だが、最も一般的なのは、出版社→取次店→書店の「正常ルート」である。その中間に位置する取次店が、今日絶大な支配力を持っている。中小版元にしてみれば、流通の首根っこを押さえる「閻魔大王」さながら、ときには「出版の自由」を左右するほどの力の持ち主なのだ。しかも、当の取次の人たちにそうした自覚がどれだけあるのか、きわめて疑わしい。
出版を始めようとする人はまず、取次に「お取引」を願い出る。先方にしてみれば、小さな版元を相手にするのは、経営効率からいって、あまり間尺に合わない。だから、新規口座はなかなか開きたがらないし、たとえ開いたとしても、出版社の経営がとうてい立ち行かないほど過酷な条件を強いることになる。
差別取引の中身はあまりに多彩なので、ここでは主要なもの3つだけに限って見てみよう。
まずは、卸正味の差別―。老舗版元には正味70数%という社がいくつもあるが、標準的には69%とされる。しかし、新規の場合は67%以下を強いられる。
2つ目は、おそらく用語としてもこの世界でしか通用しないであろう「歩戻し」―。平たくいえば、一種のバックマージンである。新規版元は新刊委託時に、有無も言わさず、委託総定価の3〜5%を徴収されるのだ。ちなみに老舗版元には、これが課されないばかりか、逆に、「内払い」として委託総定価の20〜50%、ときには全額が支払われる。
3つ目が、「支払い保留」―。注文品は翌月精算というのが従来からの商慣行なのだが、新規版元に対しては、翌月精算すべき売上金の30〜50%を3〜6カ月間ペンディングさせられる(つい最近では、返品率を理由に、さらに50%・12カ月保留への条件改定を迫られた事例すらある)。
中小版元102社が加盟する出版流通対策協議会の調査によれば、こうした差別条件が、各取次横並びで新規版元に強いられるようになったのは、1980年代中頃からのことのようである。
以上を単純化して示すと、以下のようになる―。
初刷2000部の新刊本の半分を委託したとしよう。委託期間は6カ月間だから、その1000部の精算は7カ月目。しかも、その3〜5%の金額が「歩戻し」として、早々と控除済み。たとえ残り千部がめでたく注文で捌けたとしても、うち30〜50%の支払いは、何カ月も先延ばしにされてしまう。要するに、2000部の新刊本を出した新規版元は、最もうまく行っても、半年間は500〜700部の売上げで賄えという話なのだ。
取引口座開設だけで汲々としている新規版元に、差別的条件に抗う余力はまるでない。合理的な説明もできないそれらの条件は、口座開設とセットで提示されるのだから。これが、独占禁止法にいう「優越的地位の濫用」でなくて何だろう?
これでは、新たに出版を始めようという元気ある若者は出てこない。出版という営みの中でいちばん大切にしなければならないのは、「多様性」である。それを否定するかの行為は、みずからの足場を掘り崩すことにほかならない。