レビュー 朝日新聞 02年1月28日 「私の視点」欄

出版流通 差別的取引条件を撤廃せよ
リベルタ出版代表 田悟 恒雄(でんご・つねお)

「僕らが協力することによって鈴木書店の再建ができないだろうか」
正月早々、経済史学者の恩師からこんな電話をちょうだいした。あの小さな専門書取次に大いに依拠してきた人文・社会系の零細出版者にとって、大変うれしいお申し出ではあったが、時すでに遅かった。
昨年末、ゼネコン倒産を凌ぐニュース性をもって報じられた鈴木書店の破産だが、だからといって、すぐに「硬派本」の流通ができなくなるわけではない。結果としてトーハン・日販の二大取次寡占が進み、効率第一主義と売れ筋志向がいっそう強まれば、「出版の自由」は「資本の自由」に完全に呑み込まれることになる。
今回の事態を招いた出版界の構造的矛盾のひとつに、度しがたい差別取引の実態がある。「安く仕入れて高く売る」は商取引の大原則だが、実はその逆も存在するのだ。つまり、老舗版元(出版社)からは高く仕入れ、大書店には低く卸す。力関係からくる「逆ザヤ」である。そんなあしき商慣行を続けていては、中小取次経営は持ちこたえられるわけがない。
一方、大手取次はそれほどお人よしではない。新規取引版元に対しては、「取引は個々」を錦の御旗に苛酷な取引条件を強いる。卸正味(本の定価に対する掛け率)で大きな格差をつけるばかりか、実ににぎやかな付帯的差別条件を課すのだ。
新刊本を出すと版元は、「委託」という形で一定部数を半年間取次・書店に預ける。そのさい老舗版元には20〜50%の「内払い金」が支払われるのだが、弱小版元は逆に、3〜5%の「歩戻し金」を支払わされる。また、注文品は翌月精算が原則なのに、弱小版元は、うち30%の支払いを6か月間保留される。たとえば、新刊本の初刷が2千部で、うち1千部を委託し、残り1千部がめでたく注文でさばけたとする。委託分の精算はもとより半年先だし、注文売上げ分の30%も同様の扱いを受ける。つまり、半年間は700部の売上げでやりくりせよというわけだ。
あるとき大手取次に、「何でこんなにひどい条件を強いるのか」と質したことがある。「新規はすぐやめてしまうから」だそうだ。これほどひどい条件を強いられては、体力のない新規版元がすぐ立ち行かなくなるのは自明の理ではないか。こうして出版文化の新たな芽が摘み取られてゆくのだ。
さらに物流上の差別がある。老舗版元には取次の集品車が回って本を運んでくれるのだが、新規版元は自分の手で納入させられる。私の社は版元が何社も入る雑居ビルにある。ビルのオーナーのご厚意で1階に設けられた共同出荷所には毎日集品車が立ち寄っているのだが、創業15年足らずの「新規版元」である小社の分は運んでもらえない。かくて零細版元の自転車は、今日も神田川沿いの道を納品に向かうことになる。
大手取次は、「新規版元にはどこも同じ条件でお願いしているのだから、公平だ」と主張するが、これは詭弁にすぎない。前提そのものが不公平なのだから。
「出版の自由」とは、とりもなおさず多様性を尊重することである。多少とも「良識」を重んじようとする業界であるならば、フェアな土俵を設け、そこで自由な競争をさせればよいではないか。
だれもが自由に社会に向けて発信できるインターネットの時代にこんなことを続けていては、出版界は早晩「絶滅危ぐ種」に認定されてもおかしくない。