back number 2017-04(April)

花見はまずはカンザクラから(17.03)

04/28 で、きのうは来日中の中国の朝鮮半島問題特別代表・武大偉氏と会談した二階俊博センセ、日本語が堪能な武氏に「通訳は要らない。そう言ったら悪いけど」と言ったところ、武氏から「『要らない』は失言ですよ」と、冗談でやり込められたそうです(毎日新聞)。
いやー、「たへしたもんだよ、蛙の…、見上げたもんだよ、屋根屋の…」。そんな冗談を外国語で飛ばせる人に、私モナリタイ。
これに対して二階センセ、「失言は毎日。仕事だから」などと応じたそうですが、ここはどう見ても、武氏の方に軍配が上がります。「武大偉」だなんて、ただでさえ偉そうな名前ですが、「二階」より上なら「三階」ってことか?
冗談はともかく、「今、マスコミに困っている」とこぼす二階センセの「報道の自由」に対する認識は、あまりにお粗末─。「それの方〔マスコミ〕の首、取った方がいい」だの、「そんな人〔食い下がる記者〕は初めから排除して、入れないようにしなきゃダメ」だのと、何憚ることなく言ってのけるんですから。
そんなこともあるからでしょう、この国の「報道の自由度」は、今年もまた「G7最下位、180カ国・地域中72位」(「国境なき記者団」調べ)の栄冠に輝いています。

04/27 「パンツ大臣」の跡を襲ったからってわけだけでもないのでしょうが、代々「軽量級」とされる復興大臣があのていたらくなら、「重量級」とされる(?)派閥の領袖も、似たり寄ったりのよう─。

「政治家の話をマスコミが余すところなく記録をとって、一行悪いところがあったら『すぐ首を取れ』と。何ちゅうことか。それの方(マスコミ)の首、取った方がいいぐらい。そんな人は初めから排除して、入れないようにしなきゃダメ。」

事の本質を完ぺきに取り違え、「こんなことになったのはマスコミのせいだ」と言わんばかり。だいたい、「初めから排除して、入れないようにしなきゃ」ならないのは、今村某のような「劣化閣僚」のことじゃないのか?「軽量級」の子分にも引けを取らない、とんでもない言い分です。
それでも気が収まらないのか、派閥の領袖にして自民党幹事長の二階俊博センセは、お口をとんがらせてこうも言います─。

「人の頭をたたいて血を出したという話じゃない。言葉の誤解の場合は、いちいち首を取るまで張り切らなくても良いんじゃないか。
 ちょっと間違えたら明日やり玉に挙がって、次の日首だ。こんなアホな政治ありますか。何でもかんでもやり玉に挙げるやり方は、あまり利口ではない。」

だって、「"あまり利口ではない" 方がお決めになったんだから、仕方ないんじゃない?」とも思うのですが、そう言うあなたこそ、不埒な舎弟のためにそんなに張り切らず、たまには被災地のこと、被災者たちのことに、思いを致してはいかがなものか?

04/26 「バッカだねぇー」は、車寅次郎氏の "おいちゃん" の常套セリフですが、そう言ってみたくもなります─。

「皆さまのおかげで東日本大震災の復興も着々と進んでいる。…これがまだ東北で、あっちの方だったから良かったけど、これがもっと首都圏に近かったりすると莫大な、甚大な被害があったと思っている。」

つい先だっては、原発事故の自主避難者に対し「自己責任だ」と言い放ち(Cf.04/06、04/25)、しぶしぶ発言を「謝罪」したばかりの今村雅弘復興相が、またまたやってくれました。
このご仁、ご自分のバカさ加減が一向にお分かりいただけないようで、「辞任」は遅すぎたくらい。
で、その「バカさ加減の因って来るところは奈辺にあるのか?」といえば、弱者(この場合は東北地方)に対する「救いがたい差別意識」ではないかと思われます。
でも、これは決して今村氏に限ったことではありません─。もっぱら大都市で大量消費する電力を確保するのに、「原発の危険」は過疎地に押し付けてしまう。迷惑千万な「米軍基地の危険」は、地元の民意を踏みにじってまで、狭い沖縄に押し付けてしまう。
今村某氏は、そうした「弱者差別」という政権中枢の本心を、2度もポロッと漏らしてしまっただけなのかもしれません。というわけで、 "おいちゃん" のセリフを投げつけられはしても、「実は正直者なんだ」と言えなくもありません。
だって、思い起こしてもみてください。稲田朋美防衛相や財務省・佐川宣寿理財局長らは、国会の場で、いまだに見え透いた「虚偽答弁」を繰り返していても、決しておとがめを受けることなく、平然としていられるじゃありませんか。
それに、忘れちゃいけません。「森友問題」で尻尾を掴まれたアベ首相夫妻も、「疑惑の解明」どころか、もっぱら「逃げ切り」を図るばかりじゃないですか。
「正直者はバカを見る」ってのは、やっぱりホントなんですかね。

04/25 「3・11原発震災」から6年余、政府は一部「帰還困難区域」を除いて避難指示をほぼ解除、避難者に「帰還」を促しています。そんな中、今村雅弘復興相は、避難指示区域外から避難した「自主避難者」に対して「自己責任」論を振りかざし、あとで撤回を余儀なくされることとなりました。
けさの朝日新聞は、そんな「自主避難」をめぐる当事者たちの複雑な思いを伝えています(「原発事故で自主避難、正しかったか葛藤 細る支援・復興相の自己責任論」)。
自主避難者は子どもたちの将来を心配し、「逃げないで後悔するよりは…」と避難したケースが多いと思われるのですが、一部にそのことが、避難しなかった人たちとの間に微妙な感情のずれを生んでしまっていることも─。
「福島に住むのは今も危険」と考える人もいれば、「私たちは福島に住んでいる。福島を悪く言わないで欲しい」と反発する人もいるのです。
被災地でのそんな人間関係について、福島県三春町の寺の住職にして作家の玄侑宗久さんが「分断を生み出す。それが原発」と喝破しておられる(毎日新聞、4月24日夕刊)のには、心底共感─。

「この6年を、誰もが肯定したいと思っています。福島に残った人には『残って良かった』という気持ちがあり、県外に避難した人も、その決心が正しかったと思いたい。そして双方の立場とも、納得できる材料はたくさんある。」

こうして被災者同士の壁はどんどん厚くなり、あちこちで「分断」が起きているのだ、と。「敵は本能寺に」なのです。
そんな自主避難家族の怒りと涙の6年間を赤裸々に描く岩真千さんの新刊、「旅する蝶」のように:ある原発離散家族の物語が、連休明けにお見えします。

04/24 朝日新聞政治部次長・高橋純子さんが書かれるものは、いつも気っ風がよくて小気味いい。けさのコラム(政治断簡)のタイトルは、「スットコドッコイと愛の行方」。ついつい「何それ?」と引きつけられてしまいます─。

「…この世界に開かれた節操のなさをこそ、私は愛(いと)おしいと思う。
 伝統も文化も国も郷土も、重層的で多面的だ。愛すべき部分も憎まざるを得ない部分もある。いいからとにかく尊重しろ、愛せと言うのは、バカになれと言っているに等しい。右傾化というよりスットコドッコイ化。愛さえあれば生きていけるってか。」

小学1年道徳教科書の検定で、「パン屋」 が「和菓子屋」に替えられた話を軽妙に批判した一文ですが、続いて紹介される、参院内閣委員会での自民党・有村治子議員(元女性活躍相)の質問は、ウーン、まさに「スットコドッコイの極み」です─。

「自衛隊機のスクランブルが昨年度過去最多、中国の脅威が高まっているとのニュース解説にNHKが使った、中国の国旗の下に日の丸を配した画をやり玉に挙げた。『この映像はまさに主権が奪われた状況の属国、隷属したポジションに日の丸を置いている』『中国の方から見れば、中華思想、チャイナファーストを日本の報道が自らやってくれていると見えるのではないか』…大丈夫か。」

筑紫哲也さんがよく言っていた「茹でガエル」のように、毎日毎日のこんな馬鹿げた話の積み重ねが、この国の社会をどんどんおかしな方向へ導いているってことなんでしょうね?

04/21 「テロ対策という擬似餌」を文字どおり取ってつけた「テロ等準備罪」=「共謀罪」。
「組織的犯罪集団だけを対象にする」だの、「治安維持法の時代とは格段に違う」(自民党議員)だの、果ては「東京五輪を開けないと言っても過言ではない」(アベ首相)だとかの言説が、まことしやかに流布される昨今、きのうの朝日新聞インタビューに登場された元「文藝春秋」編集長・半藤一利さんのお話には、歴史と真摯に向きあう作家の鋭い洞察力を感じました─。

「今回の法案は(2013年成立の)特定秘密保護法や、(15年成立の)安全保障法制などと同じ流れにあると捉えるべきだ。歴史には後戻りができなくなる『ノー・リターン・ポイント』があるが、今の日本はかなり危険なところまで来てしまっていると思う。」

ところで30年前、町田市玉川学園で起こった現職警察官電話盗聴事件に憤り、この醜悪な権力犯罪を果敢に追い詰めた地元住民たちの心の支えとなったのは、マルチン・ニーメラー牧師の次のような言葉でした─。

「ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だから何も行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安をましたが、社会主義者でなかったから、何も行動にでなかった。それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等々をどんどん攻撃し、自分はそのたびごとにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、その時はすでにおそすぎた。」

「ナチスの手口に学ぶ」ことを真顔で推奨するような内閣を戴く私たちです。何としても一刻も早く、この「かなり危険なところ」から抜け出さなければなりません。

04/20 「原発事故なんかなかったかのように」思えてしまう昨今、「まるで何もなかったかのように」消え行く森友疑惑」。
この問題が明るみに出てから「誰よりも名を上げた男」財務省・佐川宣寿理財局長のウソを完膚なきまで暴き出す「新資料」が発覚しました。
これを発掘したのは、フリーライターの菅野完さん。菅野さんのかざすその紙には「今後の手続きについて(説明資料)」とあります。書いたのは、財務省近畿財務局。
菅野さんの「絵解き」に耳を傾けると─、

「この紙で説明される内容は、土地取得要望書の提出から始まり、国有財産近畿地方審議会が平成27年2月に開催される予定であることや、財務局と航空局による現地確認のスケジュール感、有益費に関す事項や、定借後の定期報告のあり様などなど、微に入り細にわたっており、かつまた、網羅的だ。さらには、貸付契約の話だけでなく、最終的に売買契約に至る道筋まで、すべて、完全に説明しきっている。…近畿財務局は森友学園に『もっとも手早く土地を入手する方法』を手取り足取り教えているとしか思えない。」

こんな文書が何と2014(平成26)年12月17日に、森友学園側に手渡されていたのです。
この間、何度も国会答弁に立った佐川理財局長は、「第123回国有財産近畿地方審議会より前に、貸せるだろうとの見通しや、売買契約の見通しを伝えたことはない」などと明確に否定していたのですが、それがまったくの虚偽であったことを、この近畿財務局資料がはっきりと証明してくれました。
菅野さんの手元にはまだ「段ボール4箱ほどの〔カゴイケさんからの〕資料の束」があるそうで、「もう少し丹念にこの資料の束を掘り返してみるとする。佐川局長は期待して待っていてほしい」と言っています。そりゃあ、こちとらも大いに楽しみ。

04/19 そうこうするうち、「恥とバカの上塗り」は止めどなく広がります─。

「何でも反対、全く財源の裏付けのない無責任な公約や、空虚なキャッチで市民への詐欺行為にも等しい沖縄特有のいつもの戦術」

沖縄県うるま市長選をめぐり、「沖縄差別丸出しの不見識」を自らのFBに書き込んだのは、自民党・古屋圭司選対委員長。「撤回する意思はない」そうです。
もう、逐一フォローしきれないほど打ち続く「巨大与党のおごり」ですが、けさの「沖縄タイムス」社説がそれを思い出させてくれたので、引かせていただきましょう─。

「外国人観光客に対する文化財の説明を巡って『一番のがんは学芸員』と発言し、すぐに撤回した山本幸三地方創生担当相。
 森友学園が起こした訴訟を巡る国会答弁で、訴訟への関与を強く否定しておきながら事実が明らかになると『記憶がなかった』と説明にならない説明を繰り返した稲田朋美防衛相。
 安倍政権では台風被害の視察を巡る失言で3月に務台俊介内閣府政務官が更迭されている。
 中川俊直経済産業政務官が女性問題報道で昨日、引責辞任したばかりでもある。
 任命責任を問う声が出てくるのは当然。
 だが安倍晋三首相は問題閣僚の辞任要求をはねつけ、逆に野党を責めることで自らへの批判をかわし続けている。」

同社説は、「日本の民主主義がチェック・アンド・バランスの機能を失いつつある。/それこそが深刻な問題だ」と締め括っていますが、まさに図星。

04/18 ところで、覚えきれないほどたくさんあるのは、悪政・悪法の類いばかりではありません。「アベ一強政治」のもと、その担い手である「劣化閣僚」の面々が、連日のように暴言・失言を吐くやら、「お粗末答弁」を繰り返すやら…
いくら顔から火が出るほど恥ずかしい受け答えをしても絶対に辞めさせられることなく、のうのうと大臣席に座り続け、永遠に「お粗末答弁」を繰り返していられるのも、「一強政治ならではの特典」なのでしょう。
その最先端を行くのが、金田勝年法相。きのうの衆院決算行政監視委員会での「共謀罪」をめぐる民進党・山尾志桜里議員への答弁は、もうこれ以上はないと思える「恥とバカの上塗り」─。

 山尾氏:保安林でキノコを採ることもテロの資金源となるか?
 金田氏:森林窃盗の対象には竹、キノコの他、森林内の鉱物、
     岩石なども含まれ、相当の経済的利益を生じる場合も
     ある。

また、山尾氏に個々の対象犯罪を選定した理由を問われ、

 金田氏:法案の細部について一つ一つ答えるには、ぜひ政府参
     考人(法務省刑事局長)を呼んでほしい。

ああ、こりゃもうダメだ。「アベ政治」の前までは、これほどのお粗末が放置されることはなかったように思うのですが、いまやこのていたらく。「日本政治の劣化」は、奈落の淵に堕ちるまで続くのでしょうか?

04/17 おとといの「朝日川柳」に、畏友・坂巻克巳さん(元岩波新書編集長)の作品があるのを見つけました。

  〈過去形で「悪政時代」歌いたい〉

ごもっとも。先日ペギー葉山さんが亡くなり、久しぶりにこの曲、いえいえ「学生時代」を聞きました。

 「秋の日の図書館の ノートとインクの匂い…」

そういえばあの頃、レポートも長ーい長い卒論も、万年筆とインクで書きました。いまじゃそんな匂いも、どこかへ消え去ってしまったのでしょうね。
ところで「悪政時代」の方ですが、「アベ一強政治」のもと、あまりにたくさんの悪政・悪法の類いが一気に次々と通過させられるものですから、何があったのか思い出すのも大変なくらいです。
無精してネットで検索してみたところ、<安倍政権の悪政一覧表>というのがありましたので、そこから一部を引っ張り出させていただきましょう─。

憲法改正(安保法制懇)、集団的自衛権、辺野古強行、「アベノミクス」(虚構の経済策)、出口戦略無き無制限緩和、「日本会議」によるファシズム政治、残業代ゼロ法、派遣法改正、消費増税、法人税減税、特定秘密保護法、原発再稼働、マスコミへの圧力・言論統制、GPIFによる株価操作…

「〔第2次〕アベ政権になって2年半」だけでこんなにあるのですから、なかなか覚えていられないのも道理というもの。

04/14 けさの朝日新聞によると、東電は柏崎刈羽原発の再稼働の時期を「最速で2019年4月」と想定していることが分かったそう。
「世界最大級」とされる柏崎刈羽原発は、3・11後全7基が定期検査のため停止していて、目下、6、7号機が原子力規制委員会で再稼働の審査中。しかし、それには新潟県知事の同意が必要で、米山知事はこれに「慎重姿勢」を崩していません。
ということは、あと2年内での再稼働なぞ、「絵に描いた餅」。いったいどうするっていうんでしょう?
ちなみに、新潟大の渡邊登さんらが、福島第1原発事故後に、柏崎刈羽原発周辺で原発への住民意識調査を行なっています(「核」と対峙する地域社会:巻町から柏崎刈羽、そして韓国へ)が、そこから新潟県民の意識変化の一端を紹介しましょう─。

「〔福島第1〕原発事故の影響を全体的に見ると、柏崎市、刈羽村とも事故後『大いに関心』層が5割を超えているが、『大いに関心』層への変化が最も大きいのが『即時廃炉』派で、次いで『将来脱原発』派、最も少ないのが『再稼働・維持』派である。これは、それまで日常の風景として『空気』のような存在であった原発が、福島第1原発事故によってあらためて向き合わざるをえなくなり、いまだに原発を日常的話題とすることに躊躇しつつ、それでも一定程度の人々が原発の再稼働を含めた問題に関心を強くもち、従来の見方に揺らぎが生まれていると考えることもできよう」(同書、pp.247-248)。

04/13 先月末この欄で、「軍事目的の学術研究」について言及しましたが、けさの朝日新聞メディア欄は、日本学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」の取りまとめに当たった法政大教授・杉田敦さんにインタビューしていました。
ひと昔前、学生のあいだでは、「産学協同」「軍学協同」に対して、一種「生理的アレルギー」のようなのようなものがあったのですが、昨今そんなことをおくびにでも出せば、「アナクロニズム」のそしりを受けかねない風潮すら見られました。
いったん外れたタガは果てしなく外れ続け、「産学」どころか、いまやれっきとした「軍学協同」までもがおおっぴらに行われるようになっています。学術会議が今回、これを問題にするきっかけとなったのは、防衛装備庁が2年前に打ち出した「安全保障技術研究推進制度」ですが、実は米軍からの資金援助はだいぶ前から広く行われていて、その額は何と8億円を超えているそうです。
「軍事研究は行わない」という学術会議の2度にわたる声明から半世紀。それについて議論することなく、ただ「お題目」のように掲げてきたことから、問題意識は希薄化してしまったのでしょう。

「極端な例とはいえ、米国のように研究費全体の半分ぐらいが軍事的色彩を持つようになると、軍事的な研究資金をあてにしないと研究ができなくなり、研究全体に関する軍の発言力が強まります。それでいいのか。今が分かれ道なのです」

学術会議の今回の提起を、研究者ひとりひとりが正面から受けとめ、議論を広く進めてほしいものです。

04/12 「お金もってこいと言われたときもすごいいらいらとくやしさがあったけどていこうするとまたいじめがはじまるとおもってなにもできずにただこわくてしょうがなかった。…ばいしょう金あるだろと言われむかつくし、ていこうできなかったのもくやしい。…ばいきんあつかいされて、ほうしゃのうだとおもっていつもつらかった。福島の人はいじめられるとおもった。なにもていこうできなかった。…
いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた。」

福島から横浜へ自主避難した中1男子生徒が、小学校時代に転入先で受けた「いじめ」体験を綴った手記です。昨秋新聞に公表されたこの手記は、涙なしには読めませんでした。
文部科学省はきのう、「東京電力福島第1原発事故で福島県から避難した児童・生徒に対するいじめが今年3月までに199件あり、このうち東日本大震災や原発事故に関連するいじめは13件だった」と発表しました。
松野文科相は記者会見で、「背景には放射線や、避難を続ける人たちへの理解不足がある。先生や保護者に相談してほしい」なんて語ったそうですが、「いちばんの理解不足」が閣僚諸君にあることは、先般の今村雅弘復興相の暴言に見られるとおり。
だったら私らは、いったい誰に相談したらいいのでしょう?

04/11 きのうの毎日新聞夕刊で、「放射能汚染防止法」制定運動のことが紹介されていました。
これは札幌市の弁護士、山本行雄さんらが進めている運動で、放射性物質による汚染も「公害」として規制しようというもの。規制の基本は、1)大気を汚染するな、2)水質を汚濁するな、3)土壌を汚染するな−の3つだそう。
「大気汚染防止法」や「水質汚濁防止法」などでは、あらかじめ「規制基準」が定められていて、違反すると故意・過失を問わず罰則が科せられるのに、原発事故では、汚染水を海に流しても刑事責任を問われることがない。
どう考えてもこれはおかしい。ついでに言わせてもらうなら、こんなことから、「原発は戦争とともに最大の環境破壊」なのに、この国では、「地球温暖化防止の切り札」だなんていう「トンデモ宣伝」が、まことしやかに語られてきたものです。

「法改正して放射性物質を公害原因物質としたはずなのに、規制基準も環境基準も設けていない。法治主義に反します」

そう憤る山本さんは、こうした仕組みが、自主避難者への住宅支援打ち切りなどにつながっていると批判します─。

「避難することは、公害被害者の権利ではないでしょうか。原発政策を進めてきた国には救済する責任があります」

事故の責任を誰も取らず、国に加害者意識がないから、先日の今村雅弘復興相のような暴言が出てくる、というわけです。

04/10 先日の今村雅弘復興相記者会見で鋭く食い下がった「気骨のある記者」(Cf.04/05)、西中誠一郎さんのインタビュー記事を、深い共感を持って読ませていただきました。
閣僚の記者会見といえば、当該記者クラブが仕切っていて、フリージャーナリストにはなかなか質問の機会が与えられない、というのがふつう。ところが、復興庁には記者クラブ自体がなく、職員が議事進行に当たっているそうです。
しかも、いつも記者からの質問が少なく、その日も、「大臣発言が終っても誰からも質問が出ず、そのまま記者会見が終わりそうになったので、慌てて手をあげて、一連の質問になった」と西中さんは語っています。
何だか、昨今の「メディアを蝕む不都合な真実」(上出義樹さんの本報道の自己規制のサブタイトル)を、まざまざと見せられた感じがしますね。
西中さんは、「避難者は、県と国が作ったルールに従え!」と言わんばかりの復興相の「上から目線」を真正面から突き、「原発事故を起こした責任がある国が、被害を受けた福島県に責任を押しつけ、帰還しなければ、被害者である避難者が『自己責任』で住宅を確保しろというのは、どう考えてもおかしい」と批判しているのですが、マスメディア企業に所属する記者さんたちには、何の疑問も浮かばなかったのでしょうか?
「うるさいっ!」ということで、「気骨のある記者」が締め出されてしまったのでは、権力者にとっての「不都合な真実」を私たちは知ることができなくなってしまいます。

04/07 さすがの「劣化閣僚」も、辞任を求める世間様の声の高まりに怖れをなしたのか、きのうの国会で「私の発言で皆さまにご迷惑をかけたことはおわびする」と、改めての「謝罪」に追い込まれました。
けど、これまた型通りのもの。なぜなら、誰だか分からぬ「皆さま」に「ご迷惑をかけたこと」を「おわび」しているだけのことで、暴言そのものは撤回していないからです。
けさの毎日新聞社説はこう締め括っていますが、まったく同感─。

「元々、安倍内閣では復興相ポストは重要視されていないように見える。先月開かれた東日本大震災の政府主催追悼式では、安倍晋三首相は原発事故という言葉を式辞で使わなかった。今村氏の発言は政権全体の原発事故軽視姿勢の表れでもある。」

このところ稲田防衛相、金田法相、山本農水相、今村復興相、…etc.と、アベ内閣を象徴する劣化閣僚の面々が、呆れ返るような発言を次々繰り出すものですから、「忍法・劣化閣僚分身の術」に惑わされてしまいがち。
そこでぜひ紹介しておきたいのが、ジャーナリズムの本道を歩む信濃毎日新聞のきのうの社説。教育勅語の復活にお墨付きを与えかねない政府の姿勢を批判し、「学ぶべきは決別の歴史」と説いています─。

「むしろ大事なのは、近現代史を学ぶ中で教育勅語について知ることだ。何が書かれ、どう扱われたのか。戦後なぜ強く否定されたのか―。歴史の重い教訓として子どもたちが学ぶ。そのことに教育現場は力を入れてほしい。」

04/06 4日の記者会見で、質問する記者に対し「うるさいっ!」と言い放って会見を打ち切った今村雅弘復興相。
さすがにあまりに乱暴なこの振る舞いについては、その後、型通りのお詫びはしたものの、肝心の会見の中での暴言については、反省の素振りすら見せません─。

「自主避難者が福島に帰れないのは本人の責任である。基本は自己責任。裁判でも何でも、やれば良いではないか」

これに対し、復興大臣の辞任を求める声が高まっています─。

「3月17日、前橋地裁は、福島県から群馬県に避難した原告などが国と東京電力を相手に提起した損害賠償請求訴訟において、国に東京電力と同等の賠償責任を認めた上、原告となった自主避難者のほとんどの人について、避難することが合理的であったこと、また、種々の理由で避難を継続していることも合理的であることを認めました。すなわち、自主避難者が避難したことや避難を継続していることは、自己責任ではなく、国に法的な責任があることを認めています。
それにもかかわらず、『裁判でもなんでもやればよい』という貴職の発言は、被害者である原告が何故、裁判に訴えなければならなかった事情を理解せず、被害者全体を侮辱するばかりでなく、閣僚として司法判断を軽視するものです。
私たちは、貴職に対し、発言の撤回と謝罪、そして復興大臣を辞任することを求めます。」

避難当事者・支援者有志による「復興大臣の辞任を求める署名」は、そう呼びかけています。
それにしてもこの「反知性主義内閣」、よくもまあ次々とお粗末閣僚を輩出するもんだ。こんな「劣化閣僚」どもは、束にしてお払い箱にしてはどうだ?

04/05 きのうの記者会見で、福島第1原発事故に伴う自主避難者への対応を問われた今村雅弘復興相が、鋭く食い下がる記者に対し、「もう二度と来ないで下さいっ!」「うるさいっ!」と言って会見を打ち切ったのにはびっくり。
「いやー、まだまだ気骨のある記者がいるじゃないか」と感銘したのですが、あとで「フリーランスの記者」だと知って、「なーんだ、やっぱり…」。

さて、きのうの続き─。
カゴイケセンセの薫陶を強く受けてきたであろう町浪氏が、どこまでやれるかは不明ですが、次は「注目されてしかるべき決意表明」でしょう─。

「教育基本法が昭和32〔22年の誤り〕(1947)年に制定された際に示された『われらは、個人の尊重を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造をめざす教育を徹底普及しなければならない。』との指針を常に念頭におきつつ、内容・カリキュラムを柔軟に見直してまいります。」

つまり町浪氏は、第1次アベ内閣による2006年「改正」教育基本法の目標を達成しようとして躓いた前理事長の「教育理念と方針及び指導法を批判的に総括」し、新たに1947年制定の教育基本法の精神に立ち返って、幼稚園を再建しようと決意しているのです。
でも、何だか妙ですね?
世間様からあれだけ猛烈な批判を浴びたカゴイケ・ファミリーが、ファーストレディから「主人も大変素晴らしいと思っています」とまで誉めちぎられた「十八番の復古的教育方針」を捨て去ろうとしているとき、国の方はそれとは真逆に、問題の「教育勅語」を道徳教育の教材として認める姿勢を鮮明にしているってわけですから。

04/04 菅官房長官はきのうの記者会見で、「教育勅語の教材活用を否定しない」とした先の政府答弁書の閣議決定からさらに踏み込んで、「道徳教育の教材」として使うことを「否定できない」と述べました。
この問題をめぐっては、14.04「教材として使うことは差し支えない」(参院文教科学委員会での下村博文文科相答弁)、17.02「教育勅語に流れているところの核の部分は取り戻すべきだ」(衆院予算委員会での稲田朋美防衛相答弁)などの「不規則(?)発言」が相次いでいましたが、ついに政府として大っぴらにこれを追認したことになります。
そもそもいまになって「教育勅語」がクローズアップされるに至ったのは、ご存知「森友学園・塚本幼稚園」の「教育勅語暗唱教育」の衝撃的な実態が明るみに出てからのことでした。
いまでこそ口をぬぐって逃げ回っているアベ首相夫人昭恵氏も、つい先だってまでは「こちらの教育方針は、主人も大変素晴らしいと思っています」などと公言していた事実は、消そうにも消すことができません。
そんなとき、このたびカゴイケセンセに代わって森友学園の理事長に就任した長女・町浪氏が、学校法人塚本幼稚園幼児教育学園のHPに、「新理事長より皆様へ」と題する「とても興味深い挨拶文」を寄せています─。

「マスコミ等の報道やご批判にありますように、ともすると、『愛国教育』、『国粋主義』と捉えられ、具体的には『教育勅語を暗唱させる幼稚園』、『自衛隊行事に参加する幼稚園』とのご指摘を受け、社会問題化するに至りました。これらは全て、教育基本法が平成18年(2006)年に改正された際に新たに設定された『我が国と郷土を愛する態度を養う』との教育目標を、幼児教育の現場で生かそうとした前理事長なりの努力と工夫の結果であると理解しております。」

ここで注目すべきは、第1次アベ内閣でお坊ちゃまの「お腹が痛く」なる前に強行した教育基本法の教育目標を生かそうとした結果、あの「ウルトラ右翼教育」になった、と総括していることです。【きょうはここまで】

04/03 東京の桜は間もなく満開。あちこちで、花を愛でるのか酒を愛でるのか不明の宴会が繰り広げられます。まっ、それも一興かもしれませんが、酒の勢いで、「森友スキャンダル」を忘れ去っちゃ困ります。
ところで毎日新聞が、海外メディアはこの問題のどこに関心を持ち、どう伝えているのかを、在京特派員に聞いています(森友学園/海外メディア在京4特派員「私はこう見る」)。
それによると、海外メディアは概して、国有地売却問題そのものよりも、「問題の背後にある日本社会の右傾化」に強い関心を持っていることがわかります。
その筆頭が、ニューヨーク・タイムズ紙のジョナサン・ソーブル氏─。

「最初にこの問題を知った時は土地取引の不透明さもさることながら、森友学園の教育内容に注目した。幼い子供に戦前の偏った思想教育を行うことは問題だと思ったし、安倍氏の妻昭恵さんや有名政治家が学園を支援していることも驚きだった。…日本の右傾化の流れに沿って起こった問題であると感じた。」

ロシア国営テレビ東アジア支局長のセルゲイ・ミンジュガエフも─、

「日本滞在が16年を過ぎた私には、以前と比べ民族主義的な考えがおおっぴらに語られるようになっていると感じる。安倍首相は保守団体・日本会議から支持されているとされ、そのメンバーだった籠池氏の思想には共鳴していると思う。」

「日本の教育の誤解を招く」と心配する英フィナンシャル・タイムズ東京支局長、ロビン・ハーディング氏は─、

「安倍首相は、昭恵さんと学園との関係も含めた疑惑への関与の否定に躍起だが、疑惑だけでなく塚本幼稚園の教育内容が「自分の考え方とは相いれない」と思うのなら、それをはっきり口に出して言う必要がある。さもないと、塚本幼稚園が首相の目指す教育であると我々外国人は考えるだろう。」

身を外に置いてみると、「この国のいまの異様さ」がよりくっきりと見えてくる、ということかもしれません。