back number 2016-10(October)

ソバ畑の向こうに霞む南アルプス・仙丈ヶ岳(16.09)

10/31 国連総会第1委員会が「核兵器禁止条約」の制定に向けて、来年に交渉入りするとの決議案を採択しました。これには123カ国が賛成し、核保有国を中心に38カ国が反対したということです。
で、何と「唯一の被爆国・日本」が、従来の卑屈な「棄権」から堂々「反対」へと立ち回り、「米国への卑屈な隷従」をいっそう旗幟鮮明にしました。

「核兵器国と非核兵器国の間の対立をいっそう助長し、その亀裂を深めるもの」(岸田文雄外相=ちなみにこの人、広島県選出の衆院議員にして、自民党「リベラル派」とされる「宏池会」領袖)

というのが、反対の理由だそうですが、「噴飯物」とはこのことです。

「核兵器禁止条約に日本が『反対』という信じられないニュースが流れました。いったいどうやってこの地球から無用な兵器を無くしていくつもりなのか? 核を持つ国に追従するだけで意見は無いのか。原爆だけでなく原発でも核の恐ろしさを体験したこの国はどこへ行こうとしているのか、何を発信したいのか。」

俳優・渡辺謙さんが28日のTwitterで率直な怒りを表明していますが、まさにそのとおり。
先ごろのオバマ大統領の広島訪問時に、某新聞社から「歓迎」の企画広告への出稿要請があったのですが、そんな話に乗らないでおいて、ああよかった。

10/28 電通の4代目社長にして「広告の鬼」と呼ばれた故吉田秀雄氏による10カ条の遺訓「鬼十則」。かねてより噂には聞いていたものの、実際にAsahi.comで読んで、腰を抜かしてしまいました。かいつまんでみると−。

▼大きな仕事と取り組め、小さな仕事は己れを小さくする。
▼取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…。
▼周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
▼摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

こんなものがいまでも「社員手帳」に載っているというから、2度びっくり。そして、「命を削って給料をもらっているところはある」なんて言ってのける社員には、3度びっくり。
「いったい組合はどうしているんだろう?」と思っていたら、「会社の対策が場当たり的になってしまう」と懸念する労働組合のコメントも紹介されていました。

4半世紀も前のこと、少数派ながらも先鋭的なその組合の方の誘いで、崩壊直前のソ連・沿海州へ船旅をしたことがありました。「広告労協30周年記念企画」とかいうことで、「船上セミナー」を開くという触れ込みだったのですが、あいにくの準備不足から、「ただ引きずり回されただけ」(?)となってしまったよう。
おまけに、「タラバガニを食べ放題」との下見先遣隊の呼び込み口上に反して、上陸早々、現地にはどこにもカニがないことを知らされます。売店(ベリョースカ)の店員に訊いてみると、「カニは全部、日本へ行っちゃった」。われわれとは入れ替えに…。
話はだいぶ逸れてしまいましたが、「げに食べ物の恨みは恐ろしい」。

10/27 おととい言及した「電通社員過労自死事件」ですが、けさの朝日新聞オピニオン欄で津田大介さんが、「月100時間を越える残業」の陰に隠れた「問題の核心」について、論じています−。

「女性社員は、自身のツイッターに『休日返上で作成した資料をボロクソに言われた、体も心もズタズタ』『男性上司から女子力がないと言われる』『若い女の子だから見返りを要求される』といった悲痛な叫びを残していた。…過重労働以外にも度重なるパワハラやセクハラが背後にあったことは想像に難くない。」

そして津田さんは、「過重労働に集中」するメディアに対し、「もう少し多角的に論じられないものか」と苦言を呈します。

で、この点にさらに鋭く斬り込んでいるのが、オピニオン担当記者も注目する竹井善昭さんの「『電通女性社員自殺』を単なる過労死 にすべきでない理由」です−。

「これを過労死としてしまうことで、もっと大きな自殺の真の原因とも言うべき『本質』が見過ごされてしまうのではないか、むしろその本質は日本の企業体質に残っている『女性問題』ではないか」と。

「問題の核心」をそう捉える竹井さんは、亡くなった社員の以下のツイートにこそ、自死の「本当の理由」があると書いています−。

「いくら年功序列だ、役職に就いているんだって言ってもさ、常識を外れたことを言ったらだめだよね。人を意味なく傷つけるのはだめだよね。おじさんになっても気がつかないのは本当にだめだよね。だめなおじさんだらけ。」

こうして竹井さんは、日本の大手企業全般にはびこる「ハイスペック女子問題」を炙り出すのですが、零細出版人としては、「ハイスペック女子」に顕著であろうことは認めたうえで、日本の企業社会の体質的問題として、より広く捉えるべきではないかと考える次第です。

10/26 経産省がきのう「東京電力改革・1F問題委員会」(東電委員会)の席で白状したところによると、福島第一原発の廃炉費用は、当初見積りの年800億円から年数千億円へと大幅に膨らむことになるよう。
そもそも、これまで東電と政府は、廃炉費用は総額2兆円、事故被災者への賠償費用が9兆円、締めて総額11兆円、などと皮算用していました。
ところが実は、廃炉費用だけですでに年800億円かかっており、さらに今後予想されるデブリ(溶け落ちた核燃料など)の取り出しなどを考慮すれば、「年数千億円程度の資金確保が必要になる可能性がある」、つまりは「現状の数倍に膨らむ」なんてことを、いまになって言いだした、というわけ。
でも本当のところ、いったいそれがいくらになるのかについては、文字どおり「雲をつかむような話」ですから、苦し紛れに「年末から年明けをめどに提示する」なんて言っているだけのことです。
この一事をもってしても、原発というのがいかに間尺に合わないものか、誰の目にも明らかだと思うのですがねぇ。

10/25 「本気で死んでしまいたい」「寝たい以外の感情を失った」「こんなストレスフルな毎日を乗り越えた先に何が残るんだろうか」−。
何と痛ましい叫びでしょう? 月残業時間100時間越えで、昨年末「過労自死」した電通女性新入社員が発信したSNSには、鬼気迫るものがあります。「働き方改革」などと「耳障りのよいきれい事」が流布されるかたわら、何でこんなことが放置されてきたのでしょう?
同社の異常な長時間労働については、昔から有名な話。築地に本社があったころ、ビルの前の路上には深夜も客待ちタクシーの長い車列が絶えることはありませんでした。零細出版人の知り合いには、若くして在職死亡した方もいます。
そんな電通が、東京労働局などの立ち入り調査を受けたせいか、このほどようやく「長時間労働を抑制するための労務管理見直し」に乗り出しました。「午後10時までの一斉消灯と退館、さらに午後10時〜早朝5時の深夜業務の禁止」を通達したとのことです。
わが出版界にも、1960年代からの「週刊誌体制」のあおりを受けて、音羽や一橋のビルが「不夜城化」していたことがありました。
もう20年以上も前のこと、その一方の社のさる「剛腕編集者」が、「夜9時になったら、本社ビルの電気を止めてしまえ!」と社長に直言した、と聞いたことがあります。
結果どうなったかは知りませんが、「さすがは剛腕…」と、えらく共感したのを覚えています。いまようやく、そんなことを本気で考えなければならない時がやってきた、ということなのでしょうか?

10/24 沖縄・高江の米軍北部訓練場周辺で警備活動中の大阪府警の機動隊員2名が、抗議市民に対し「土人が」「だまれ、こら、シナ人」と叫んだことは、「根深い沖縄差別」の現われとして大きな波紋を投げかけています。
「沖縄タイムス+プラス」ニュースが、「『土人』と言われた芥川賞作家、目取真俊さんはその時何を思ったか」というインタビュー記事を掲載しています。その一部を引かせていただくと−、

「『土人』という言葉には古くからの沖縄差別の歴史があり、インターネットを通して若い人たちに広がっている風潮がある。『シナ人』発言も同じだ。沖縄2紙が北朝鮮の手先だというデマもネット上で出回っている。日本がおかしな社会になっていると思う。」

まったく同感。ところが一方で、機動隊員たちを擁護する発言があると聞いて、またびっくり。あろうことか発言の主はなんと、府警を統轄すべき立場にある松井一郎・大阪府知事。ツイッターにこう書き込んだのです−。

「ネットでの映像を見ましたが、表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様。」

ややっ、この「トンデモ発言」、似た趣の話をどこかで聞いた覚えがあります。あっそうそう、先だっての衆院本会議でのアベ首相の所信表明演説です−。

「今この瞬間も、海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が、任務に当たっています… 今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」

お二方の発言の共通項−。おそらくそれは、「日本がおかしな社会になっている」ということでしょう。

10/20 先月末、衆院TPP特別委員会の福井照議員が「強行採決という形で〔TPP承認を〕実現するよう頑張る」と発言して、同委員会理事辞任に追い込まれたばかり。
その記憶もまださめやらない18日、こんどは山本有二農水相が「強行採決するかは衆院議院運営委員長が決める」などと発言、野党から辞任を求められる騒ぎになっています。
まあ、何ともお粗末きわまりない方々が次々輩出されるものだと、ただただ感心するばかりですが、傲り高ぶる「反知性主義内閣」の下、当たり前といえば当たり前のことなのでしょう。
さて、この「傲り」を支える「反知性主義」の方も、いよいよもって抜き差しならぬ極致に達したよう。
先だっての衆院本会議での異様なスタンディングオベーションに続いて、きのうは、何の異論もなく、自民党総裁任期の延長が承認されました。つまりは、「原発寿命再延長」のノリで、くだんの「反知性主義内閣」を10年間も続けさせようという魂胆です。
4年前の自民党総裁選では、地方票で石破氏の後塵を拝しながら、やっとのことで総裁の地位にありついた「アベノ強シンゾー」氏です。第2次内閣発足時には、どうせまた「オナカが痛い」なんて泣きべそかいて辞めるんじゃないかなどと揶揄されていたのに、いまではみごと、「行政府の長」にして「立法府の長」をも兼任するかの、天敵知らず。
「凡庸は独裁のインキュベーター(孵化器)」とは、何を隠そう、アードルフ・ヒトラー伍長とイョシフ・ヴィッサリオーノヴィチ・ジュガシビリ(スターリン)氏の足跡から零細出版人が学んだ、確信的な結論です。

10/19 きょうは日ソ共同宣言調印60周年。アベ首相の長期政権維持の思惑もあって、このところ「北方領土」問題がクローズアップされてきています。
ところでこの共同宣言をめぐっては、「歴史の妙な因縁」を感じざるをえません−。

1956年10月、フルシチョフ第一書記らソ連首脳との会談を仕切ったのは、鳩山一郎首相でした。まずは日ソ国交回復をし、日ソ平和条約を締結してから、ソ連がまずは歯舞群島と色丹島を「引き渡す」という合意がなされます。
ところが冷戦下、軍事的思惑もからんで、「全島」か「2島」かで妥協点を見出せないまま、1960年の岸内閣による日米安保条約改定を迎えます。これが決定打となり、「2島引き渡し」の約束すら反古にされてしまったのでした。
60年前のこの「古証文」に目をつけたのが、岸信介の孫「アベノ強シンゾー」氏です。近く予定されるプーチン訪日を機に、実弟の岸信夫外務副大臣ともども自分らの選挙区に大統領を招いて歯舞・色丹の「手土産」をおねだり、これを選挙に最大限利用しようという魂胆のようです。

そこで興味深いのが、けさの毎日新聞のインタビュー記事でのセルゲイ・フルシチョフ氏の発言。セルゲイ氏とは、かのニキータ・フルシチョフの次男で、米国在住の歴史家。これも「歴史の妙な因縁」の続編かもしれません。

「1956年の日ソ共同宣言で領土問題が解決しなかったのは、東西冷戦における米ソ対立の帰結だった。米国は今でもロシアと日本が緊張状態にあることに利益がある」と。

ってことは、「平和条約」も歯舞・色丹の「引き渡し」も望んでいないということになるのでしょうか。

10/18 きのうの衆院TPP特別委員会での首相答弁には、思わず耳を疑ってしまいました−。

「我が党においては結党以来、強行採決をしようと考えたことはない」ですって!

「発言する者多く、議場騒然、聴取不能」と速記された、昨秋の参院安保関連法案特別委員会の強行採決は、記憶に新しいところ。つい先だっても、自民党・福井照衆院議員が「〔衆院TPP特別委員長だった〕西川公也先生の思いを強行採決という形で実現するよう頑張らせていただく」なんてアホな「決意表明」をして、TPP特別委員会理事を辞任するハメになったばかりじゃないですか。
「すぐばれるウソは罪がない」などとも申しますが、よくもしゃあしゃあとそんなこと言えたものです。いくら「元祖・強行採決」の孫だとはいえ、「平気でウソをつく強シンゾーぶり」には、開いた口が塞がりません。
蛇足ながら、連れ合いは「だって、政治家なんだから…」なんて言っていましたが、それで済ましちゃ、私ゃいけないと思う。

10/17 「きょうはやけに新聞が遅いなぁ」と思っていたら、郵便受けにポトンと投函の音。雨よけのビニール袋から朝日新聞を取り出すと、「新潟知事に再稼働慎重派の…」との見出しが目に飛び込んできました。

「ん、『慎重派』? ああ、やっぱりダメだったかぁ…」
「いや、待てよ、『慎重派の米山氏 自公系候補らを破る』と続いてる。ってことは、えっ? 勝ったんだぁ!…」

当選した米山さんが、柏崎刈羽原発の再稼働に「慎重」の立場を表明してきたのは確かですが、負けた自公系候補も選挙戦後半になって、形勢互角とみるや「問題があればノーと言う」などとマヌーバー戦術を繰り出してきたので、「いささかややこしい話」になっていたのでした。
でも当選後、米山さんは「命と暮らしを守れない現状で〔原発再稼働を〕認めることはできない」と、きっぱり明言しています。そこからすれば、「新潟知事に再稼働反対派/野党系・米山氏『認めない』」と打った東京新聞の見出しの方が、正確と言えるのかもしれませんね。
ともあれこれで、7月の鹿児島県知事選での三反園訓さんの当選に続き、「原発再稼働反対」の民意はいよいよ明確になったわけで、「原発はベースロード電源」などとする国のエネルギー政策は、根本から問われなければならなくなりました。

10/14  ノーベル文学賞に、デビュー54年にして、いまも現役のシンガー・ソングライター、ボブ・ディラン。ノーベル賞選考委員会も、なかなか粋な計らいをするじゃないですか。

 「米国音楽の偉大な伝統の中に新たな詩的表現を創造した」

うーん、なるほど。「風に吹かれて」「戦争の親玉」などのプロテストソングを真似ようとして、どうにも舌が回らなかった頃のことが思い出されます−。

「How many roads must a … ムムムム …
 Yes, 'n' how many seas must a … ムムムム …
 Yes, 'n' how many times must the … ムムムム …
 The answer, my friend, is blowin' in the wind
 The answer is blowin' in the wind」

つい先だって、学生時代のサークルのОB会があったばかりでした。(小さな声で)恥ずかしながら、グリークラブです。
というわけで会の最後は、昔歌った曲を全員で合唱。いったい声が出るものやら、歌詞を思い出せるものやら不安でしたが、昔の仲間たちの中に入っていると、意外とすんなり歌えたりするものなのですね。
で、まことに唐突ですが、けさの東京新聞「筆洗」子の夢想「ノーベル音楽賞があったなら…」に同感。

10/13  けさの朝日新聞オピニオン欄のインタビューは、福島県立医大で「災害こころの医学講座」を担当する前田正治さん(「福島、5年後のこころ」)。
あれから5年7カ月を経て、同じ被災地でも岩手や宮城では急減した震災関連自殺が、福島では依然として多く累計80人を超えるとのお話は、「原発震災を象徴する事実」として、衝撃的でした。
事故直後は「いずれ帰郷できるだろう」と思っていた人々が、いつ終わるとも知れぬ長期の避難生活に疲れ果て、将来への希望を失って、次第に心の病に冒されていく様子が思い浮かびます。
しかし一方で、「自分も被災者なのに、それを前面に出せず、住民の怒りを受け続けた」自治体職員の方々の苦悩については、想像すら及びませんでした−。

「原発事故で深刻な被害を受けた沿岸部の自治体で面接調査をしたところ、うつ病を発症している人が実に2割近くいて、自殺の恐れがある人も少なくありませんでした。7割の人が睡眠障害で苦しんでいました。考えられないほど高い割合です」

先だっての衆院本会議で、「〔海上保安庁、警察、自衛隊の諸君に〕今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と首相が先導してスタンディングオベーションをやらかしたばかりですが、それを意識してのことでしょう、前田さんは「身近で奮闘する自治体職員もリスペクト(相手を尊重すること)してあげてほしい」と訴えていました。実に、もっとも至極。

10/12  沖縄県北部米軍ヘリパッド建設現場で市民の抗議活動取材中の沖縄2紙記者が、市民と共に警察機動隊車両の間に閉じ込められ、取材を妨害されたことについては、08/24のこの欄に書きました。
この事件について、「民主主義の根幹を支える報道の自由を侵害する極めて悪質な行為であり、また基本的人権を無視する行為として断じて許すことができない」と政府を追及する仲里利信衆院議員(無所属)の質問主意書に、このほど閣議決定された政府の答弁書が届きました。
何と、「県警は責務達成のため業務を適切に行った」のであり、新聞記者2人を拘束、排除したことについては「問題はなかった」とし、報道の自由を侵害するとの指摘には「当たらない」と全否定しているのです。これでは「報道の自由」もへったくれも、あったものじゃありません。

 「安倍政権は特定秘密保護法の制定や、放送局に電波停止を命じる可能性があるとする放送法の恣意的な解釈など、国民の知る権利に対する制約を強めている。その延長上にあるのが、新聞記者排除を正当化した今回の閣議決定だ。…
 新聞社はさまざまな現場で取材し報道するのが使命だ。報道記者の強制排除は報道への弾圧にほかならない。それは正しい情報に基づき判断する民主主義をも損なう。不当な政府答弁書は容認できない。」

けさの琉球新報社説は、そう書いています。

10/11  このところ国会で野党からの集中砲火を浴びている稲田朋美防衛相、防衛官僚から渡された紙切れを読み上げるだけのシドロモドロ答弁に終始してきました。
そんな大臣閣下が、まだ内戦の戦火くすぶる南スーダンの首都ジュバを訪問しました。国連平和維持活動(PKO)に参加する陸上自衛隊施設部隊の活動状況を視察するためだそうです。
何せ、多くの国民の反対をよそに、昨年なりふり構わず強行成立させた「安保関連法=戦争法」が3月に施行され、「駆け付け警護」やら、他国軍との宿営地の共同防衛ができるようになったということで、「自衛隊員が人を殺し、殺される関係」が、いよいよ現実のものとして考えられるようになってきました。
これまで同地で人道支援活動を続けてきたNGOからは、自衛隊にそうした任務を新たに付与した場合、支援活動がやりにくくなるのではないか、と懸念する声も出ています。
「長期的には日本独自の核保有を国家戦略として検討すべきではないか」などとウルトラライト発言を繰り返してきた、軽率きわまりない大臣がこれを指揮監督するとなると、いったいどういうことになってしまうのか、心配は尽きません。

10/07  と、いったんはこぶしを振り上げたものの、「福島で十字架を背負う東電社員」の記事を読んで、きのうは言いすぎたかなと、いくぶん反省しています。
飼い牛50頭を殺処分し強制避難を余儀なくされた住民から「あんたにこの気持ちがわかっか!」ときつく指弾され、ひたすら謝ることしかできない社員。
「東電が憎い。憎くてしょうがない」と言って、しばし沈黙、「でも、あんたも大変だな。お茶でもいれっから、飲んでけ」と、加害企業の社員をねぎらう被害住民のやさしさ。
そして、「これがうちの会社が犯した罪なのか」と泣き崩れる社員−。
この国が推進してきたエネルギー政策の誤りのツケを払わされる人々の縮図を、そこに見ることができます。
そんなとき、"大手電力会社の寄り合い" 電事連が、福島の賠償と除染費用が計画より計約8兆円上回るとの試算をまとめました。しかも、これを「国費で」(つまりは「税金で」)手当てするよう求めているのです。
嗚呼、「どこまで虫のいい人たち」なんでしょう?

10/06  けさの東京新聞によると、「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会(東電委員会)」と「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」の作業部会が、原発廃炉・事故処理費の国民負担を求める方向での検討を開始したとのこと。そう、先だっての「有識者会議」(Cf. 10/03)とか称する寄り合いです。
「両会合は連携しながら、年内に方向性を打ち出す」のだそうですが、いちばんの問題は、その費用がいくらになるのか、誰にも皆目見当がつかないこと。なのに、その「費用の資金繰りを話し合う」というのは、いったいどういうことなのか?
どうやら「国民負担」「利用者負担」ということだけは始めから決まっているようで、要は、どういうかたちで、もっともらしく「収奪」するか、といった話なのでしょう。

「東電が費用をまかなっていけるよう、制度的(な支援の)措置をつくってもらい、東電が債務超過になって倒れてしまう危険を取り除いてほしい」

とは、きのうの会合後の東電ホールディングス・広瀬直己社長のコメントですが、片手で、「国民負担の物乞い」をしながら、もう一方の手で、柏崎刈羽原発の再稼働の準備を着々と進める−。
どこまで甘ったれるのか、東電! 諸君らには、「盗電」の名こそふさわしい!

10/05  けさの朝日新聞オピニオン欄インタビューの主題は、「非常時と権力」でした。政治思想史の片山杜秀さんとドイツ近現代史の石田勇治さんが、日本国憲法に「緊急事態条項」をねじ込もうとする昨今の改憲派の動きに警鐘を鳴らしています。
「世界で最も民主的な憲法」とされたワイマール憲法には、いまでこそ「重大な欠陥があった」ことが知られます。それは、大統領に非常時の緊急命令権を与えたことでした−。

「公共の安寧秩序が著しく損なわれたとき、大統領は回復に必要な措置を講じるため国民の基本権を一時的に無効にできる」

ヒトラーはこの条項を使って、「合法的に」自らの権力基盤を固めていくわけですが、石田さんは1933年の「国会議事堂放火事件」後の動きをこう説きます−。

「ヒトラーは反対派を弾圧する一方で、中央政府の言うことを聞かない地方政府に介入し、中央集権国家を樹立します。緊急事態の下に、全国がナチ色に画一化されました。
 共産党の国会議員を拘束した状況を利用し、ヒトラーが成立させたのが授権法です。全権委任法ともいわれ、立法権を行政の長たる首相に授けるものです。『国の法律は国会によるほか、政府によっても制定されうる』『政府が制定した国の法律は憲法と背反しうる』とあり、違憲でも合法というわけです」と。

辺野古新基地建設をめぐり中央政府に異議を申し立てる沖縄県へのあからさまな差別待遇、国会で自らを「立法府の長」などと言ってのける首相、そしてあろうことか同じく国会で、「ナチスの手口に学んだらどうかね」などと公言する副総理−。
私たちの周囲にも「怪しげな異臭」が充満しつつあることを思わないわけにはゆきません。

10/04  先月、日銀は金融緩和政策の「総括的な検証」を発表し、「量的緩和」政策を従来の「金利」政策に戻すことにしたそうです。
9月5日の 黒田東彦総裁の講演に耳を傾けてみますと、それは次のような「問題意識」からのよう−。

「日本銀行は、2013年4月に『量的・質的金融緩和』を導入しました。その後3年余りの間、わが国の経済・物価情勢は大きく改善し、デフレではないという状況になりました。一方で、これだけ大規模な金融緩和を行っても2%の『物価安定の目標』は実現できていません。」

さすがはマンチューゼン男爵顔負けの "バズーカ" 氏、これはてっきり「敗北宣言」かと思いきや、決してそうはならないのです−。

「この間、外的な要因として、第一に、原油価格が14年夏以降大幅かつ数度にわたって下落したこと、第二に、14年4月の消費税率の引き上げ後の個人消費を中心とする需要の弱さ、第三に、15年夏以降の新興国経済の減速やそのもとでの国際金融市場の不安定な動きなどが、影響したことは明らかです」

と、「すべては外的な要因にある」とでも言わんばかりの、いかにも往生際の悪い釈明(「2%の実現を阻害した要因」)が続きます。
けさの朝日新聞コラム〈波聞風問〉で、原真人編集委員がこの問題を取り上げています。この方の言説には同意しがたいときもママあるのですが、次の見方には賛成−。

「市場と政権にからめとられた日銀は、もはや自らの判断で緩和を止められなくなってしまったようだ。そうなると、『緩和の罠』から抜け出せない日銀そのものが、今や日本経済を長期低迷に陥らせる最大の原因と化してしまったと言えないか。」

10/03  つい先だって、原発の廃炉費用をすべての電力利用者に押し付けようとする政府・大手電力会社の目論見が明らかになったばかり(Cf. 09/21)ですが、経産省はさっそく、「東京電力改革」とか「電力システム改革」とか、もっともらしい看板をつけた「有識者会議」なるものを発足させるそう。
その狙いについて、"原発コスト計算の第一人者" 大島堅一さんが、「原発は50歳になっても居直る放蕩息子です」と、メッタ斬りにしています−。

「福島原発事故の賠償については、原子力損害賠償・廃炉等支援機構がありますが、廃炉費用の金額は示していない。将来、発生する費用は債務ですから、必ず財務諸表に載せなければいけないのにやっていない。廃炉費用を明らかにすると、債務超過になってしまうからでしょう。メガバンクは東電に無担保で約2兆円を融資していますが、債務超過になりそうな企業に追加融資はできない。そこで、債務超過に陥る前に廃炉費用を捻出する仕組みを先につくってしまおう。そういうことじゃないですか」と。

つまりは、「請求書がないのにいきなり、お金を出す仕組みをつくってしまおう」という話。
「電力会社の仕組みはマトモな資本主義では通用しない」と大島さんは言いきります。「事故を起こしたら、そのツケは国民に押し付け、アガリ(利益)だけは電力会社に」という、あまりに「虫のいい話」じゃないですか。そのご利益として、東電は3000億円ものアガリをまんまと懐にしているのですから。
そんな、馬鹿なぁ…