back number 2016-08(August)

美人薄命? ウチワサボテンの花(16.07)

08/31 何とも不可解な「出馬断念」でした。2004年来3期12年の実績を誇り、福島第1原発事故後は同じく東電の、柏崎刈羽原発再稼働をめぐり県民の安全のために筋を通してきた新潟県・泉田裕彦知事が突如、10月の知事選への不出馬を表明しました。
県が主導する日本海横断航路計画をめぐる地元紙報道に、「臆測記事や事実に反する報道が続いた」ので、「十分に訴えを県民に届けることは難し」くなった、というのですがねぇ。
そんなかたちでのメディア批判のありかたにもいささか疑問を持つところですが、「新潟県の環境、特に原子力防災をどうするか議論をするためには、私が〔知事選で〕訴えるよりも、別な形で議論が行われた方がいいということから、こういう判断に至った」という説明も、理解に苦しみます。
折しも原子力 "規制" 委員会が、柏崎刈羽6、7号機の審査を優先的に進めることを決定したばかり。これに「適合」の判断が出れば、あとは地元の同意を得るだけということになります。そんなタイミングでの泉田さんの不出馬表明は、理解しがたいと同時に、まったくもって残念至極。
鹿児島では三反園新知事が九州電力・川内原発の再稼働に「待った」をかけたばかりのことだけに、泉田さんにはもう少し踏ん張っていただきたかったところ。
まっ、事の真相はもっと別のところにあるんじゃないかと勘繰る次第です。

08/30 NHK問題の取り上げついでに、きょうは少しばかり前に読んだ本の紹介−。長らくNHK報道番組制作現場に身を置き、その後は大学でメディア論を講じるかたわら、市民メディアのサポートに尽力された津田正夫さんの、『ドキュメント「みなさまのNHK」』(現代書館)です。
全3部構成の1部は、制作環境の劇的な変化が現場にもたらしたインパクトを追究しながら、「NHKの公共性」を考えます。2部は、そんな現場での「ぼくの苦悶」をさらけ出し、3部では、「公共的な市民メディア」が描かれます。
メディア現場の体験談というと、とかく「自慢話」や「手柄話」の類いになりがちですが、この本の叙述は、著者の謙虚な人となりを反映してすこぶる控えめ。しかし随所に、内在的で的確な批判が盛り込まれています。そんなこともあって、組織内での著者の「出世」も遅くなったのかもしれません。
そのように、「現場で抵抗する人たちの苦悩」を我がものとして捉える著者のNHK批判には、いっそうの重みが感じられます。
たとえば近年のNHKの経営合理化計画で、昔関わった名古屋放送局のローカル看板番組が終了宣告されたときのくだり−。

「ぼくは観念して目を閉じていた。ところが、"死に体" と言われた日放労が、土俵際でギリギリ粘ったのだった。地元・名古屋の関連団体と協力して、何とか、日曜日に時間を確保したと漏れ聞いた。ぼくはつい涙がこぼれそうになった。がんばれ、後輩たちよ! テレビを作るってことは、ベンチを向いてプレーするんじゃない。いつでも、スタンドのお客を見てプレーするんだよな。たとえ、お客が1人でもな。」

現場へのやさしい眼差しと、著者の心意気とが窺える一文に大いに共感。

08/29 公共放送トップとして数々の恥ずかしい限りの "業績" を重ねてきたNHK・モミイ会長の任期満了を来年1月に控え、全国の視聴者団体がNHK経営委員会への2つの署名運動を展開しています−。

 1)次期NHK会長選考にあたり、籾井現会長の再任に絶対反対し推薦・公募制の採用を求める署名運動
 2)次期NHK会長を広く各界から推薦することを求める署名運動。

ちなみに2)の運動は、NHK経営委員会に次のようなことを求めています−。

「1. 公共放送のトップとして不適格な籾井現会長を絶対に再任しないこと
 2. 放送法とそれに基づくNHKの存在意義を深く理解し、それを実現できる能力・見識のある人物を会長に選考すること
 3. 会長選考過程に視聴者・市民の意思を広く反映させるよう、会長候補の推薦・公募制を採用すること。そのための受付窓口を貴委員会内に設置すること」

なお、アベ首相の「お友達人事」に始まり、モミイ体制がでっち上げられ、「忖度型自己規制」が定着してくる経緯については、上出義樹さんの報道の自己規制:メディアを蝕む不都合な真実が詳述するところですが、同書 p.145 掲載の図「籾井勝人会長の下でのNHKの忖度型自己規制」は、そのからくりを一目瞭然に示しています。

08/26 東京外語大HPが、先日亡くなったむのたけじさん(Cf.08/22)を追悼する特集をしています。、題して「追悼・むのたけじさん:本学での学びの記憶、いま伝えたいこと、未来へ」。「必見」と、友人が勧めてくれました。
確かに、これまで知ることのできなかったむのさんの一面に触れることができました。
むのさんは1936年に東京外国語学校西語部文科を卒業するのですが、卒業試験の日が2・26事件にぶつかります。「軍隊が学校の入口前にも陣地を張っていたのです。卒業試験どころじゃない。軍人から『帰れ』と言われて、結局学校へ入れずに帰りました」。
というわけで卒業式もなく、80年後の昨秋、「戦後70年企画:東京外国語学校・東京外事専門学校卒業証書授与式」において、100歳を過ぎて晴れて卒業証書を受けることになったのでした。
で、むのさんのお茶目な一面を象徴するエピソード−。

4年生のとき、スペイン語劇に出演することになったむのさんは、「どうせうまくできないから端役でもやろう」なんて言って、お茶目な娘役を演じます。そして芝居が終わって…

「スペイン大使館関係者と思われる娘さんたちが5、6人やってきて、『この中には本物のスペインの女の子が隠れてる!』と言う。…衣装や化粧などは築地小劇場の人たちが手伝ってくれましたので、本当にそっくりだったのでしょう。それで、その娘さんの一人が『スペインの女の子だ』と言うんです。そこで私は服を脱いで、胸のふくらみを出すために使っていた綿を見せてあげた。それを見て、スペインの娘さんたちはキャッキャッと笑っていましたね。」

なるほど、HPに登載されているそのときの集合写真をみると、スペインの娘さんまでも騙されてしまうほど、なかなかの美人に写っています。これだけでも覗いてみる価値のある追悼企画でした。

08/25 ここにも何回か登場していますが、NHK退職者らで構成する「放送を語る会」という団体があります。その会がこのほど「2016年参院選・テレビニュースはどう伝えたか〜憂うべき選挙報道の現状〜」という報告書を出しました。
今回で18回目ですが、「録画した番組内容を書き起こし、録画機器のカウンターをみて放送時間量を計算するという全くの手作業」によるモニター活動には、つくづく頭が下がります。
で、今回、モニター担当者から一斉に上がったのは、「なぜこんなに選挙報道が少ないのか」という声だったそう。
その傾向は、とりわけNHKに顕著で、「ニュース7」は、公示日から18回の放送のうち、実に半分が「関連報道が無い日」だったし、「ニュースウオッチ9」にいたっては、投票日直前の2日間は選挙関連放送そのものをしていなかった、といいます。
報道内容についても、たとえば「ニュース7」は、公示日の放送の冒頭でキャスターが「安倍政権の経済政策、アベノミクスなどが争点になる第24回参議院選挙」などと、政権の思惑に沿ったアジェンダセティングをしたそうです。こうして「憲法改正」が、重要な争点から外されてしまったのでした。
そして、報告書最後の「選挙報道の拡充について」の提言には大いに共感−。

「スタジオを開放した政党と有権者の長時間の対話、争点ごとの政党討論の開催、各政党の公約に関する政党別の対話集会、ローカル番組での選挙区の候補者の長時間の記者会見、等々、さまざまなアイディアが検討されるべきである。
 こうした討論に応じない政党があれば、そのことによって企画を中断するのではなく、出席が拒否された事情を有権者に公開すればよいのである」と。

08/24  参院選が終わるのを待っていたのでしょう、政府は、沖縄県北部東村高江の米軍ヘリパッド建設をなりふり構わず強行し始めました。
ここでは、零細出版人もかかわって、きのう日本出版者協議会が出した声明「取材活動への警察の強権的対応に抗議する」を紹介させていただきましょう−。

 「このところ各地で、米軍基地建設や原発再稼働に反対する市民運動への警察の強権的な対応が相次いでいる。しかもあろうことか、これを取材するジャーナリストに対して、問答無用の拘束や逮捕が行われていることは、許しがたい暴挙である。
 8月20日には、沖縄県東村高江での米軍北部訓練場新ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設への抗議活動を取材していた沖縄2紙の記者が、市民と共に機動隊車両の間に閉じ込められている。
 新聞社の腕章をして記者と名乗り続けても聞き入れられず、約15分間の不当な拘束により、記者は市民排除の様子を取材することができなくなってしまった。
 また東京でも、21日未明に経済産業省前の脱原発テントが撤去され、これに抗議する集会を取材していたフリーカメラマンが、公務執行妨害のかどで逮捕されている。
 これら報道に対する警察の強権的対応は、与党大勝の参院選直後から顕著に見られている。
 4月には国連人権理事会が、安倍政権の『過度な権力行使』に警鐘を鳴らしたばかりだが、『ジャーナリストの拘束』にいたっては、民主主義と人権を根底から危機に陥れるものであり、断じて許すわけにはゆかない。
 言論・出版にたずさわるわれわれ日本出版者協議会は、これに強く抗議するものである。」

08/23  けさ早く、郵便受けから朝刊を出してびっくり。「あれっ、けさの新聞どこ行っちゃったんだろ?」 スーパーの安売りチラシの束のようなものを1枚ひんむくと、そこにようやく、いつもの題字が顔出ししたというわけ。
いちばん外側の「安売りチラシまがい」は、リオ五輪のメダリストらの写真のスライドショーのようでした。
「あっ、そうか、やっと "メダル、メダルの馬鹿騒ぎ" は終わったのかぁ」…。「全編コレスポーツ新聞シンドローム」に苦々しい思いを抱いてきた「コクゾク」にして「ヒコクミン」は、そう思ったのでした。
そういえば、きのうの五輪閉会式では、東京五輪組織委員会が、世界に冠たる日本のゲームソフト「スーパーマリオ」「パックマン」や、人気アニメ「ドラえもん」「キャプテン翼」「ハローキティ」などのキャラクターたちを引っ張り出して、2020年の前宣伝。それに軽薄な宰相が悪乗りしたという。
実は、ゆうべニュースを視ようとしたら、連れ合いが「あなたの嫌いな人が出てくるから、やめといたほうがいいわよ」と制止されたのですが、このことだったんですね?
「日刊ゲンダイ Digital」に、ネット上でのその評判が収録されていました−。

「アニメを使って楽しかったが、最後に "汚物" が出てきて絶望」
「世界に日本の恥をさらした」
「安倍は土管から出てくるためにわざわざ税金を使ってリオまで行ったのか」

どうやらコレ、「サメの脳みそ」シンキロー(森喜朗)氏の発案だそうですが、やっぱり、視ないでおいてよかった。

08/22 「あっ!」−。ニュースを視ていた連れ合いの小さな叫びに、居眠りから目が覚めました。半世紀も前に講演を聴いて以来、零細出版人が尊敬して止まなかった「101歳のジャーナリスト・むのたけじさん」が亡くなったのでした。
視るともなく聴くともなくうつらうつらしていただけのニュース番組は、このところ「萎縮、忖度、自己規制の最先端を行く」と評判の、さる公共放送のものでした。
ところが次の瞬間、寝ぼけ眼の視聴者は、突然、ホントに覚醒することになります。何と、テレビ画面には、あのむのさんが白髪をひるがえし、腕を振り回しながら、「おっきい声」でアジ演説をやっているじゃありませんか!

「ぶざまな戦争をやって残ったのが憲法9条。9条こそが人類に希望をもたらすと受け止めた。そして70年間、国民の誰も戦死させず、他国民の誰も戦死させなかった」と。

何度目をこすっても、やっぱりかの公共放送の番組でした。やりましたね、むのさん! 大先輩の「おっきい声」が、あの公共放送局のニュース枠でたっぷり流れたんですよ。感無量でした。「右向け右」と言われる中、「お宝映像」を掘りだしてくださった報道現場のみなさまに乾杯!
ついでに、けさの東京新聞・佐藤直子編集委員の決意にも杯を!−。

「数々の名文句を残したむのさんが語った言葉がある。平和を願うなら、そのための記事を毎日書き続けることで、願いは『主義(イズム)』となり、『ジャーナル(日記)』は『ジャーナリズムになる』。書き続けなくてはならない。私たちはむのさんの思いを受け継ぐ。」

08/19  きのうの続き。同じ欄にきょうは司会者・久米宏さんがご登場、「波風立てる、それがテレビ」だと。いえいえ、新聞・出版とて同じこと。
「お上の言ってることは、必ずしも正しくないぞ」と、永六輔さんから薫陶を受けてきた久米さんは、こう語ります−。

「今のテレビ、特にニュース番組を見ていると、局が失言を怖がっているのか、出演者はガチガチの台本を読まされている。…テレビは世の中全体の鏡。皆がおもんぱかっちゃって、今の時代を象徴している感じがする。僕もそうですが、永さんや巨泉さんたちも、どこかで波風を立てたいという思いがあったように思います。それがテレビだ、と。
 失敗したら、謝ればいいじゃないですか。マスコミもミスをするし、政府だってミスをする。僕もニュースステーションで何度も間違いました。でも、ミスしたからって矛先が鈍ってはいけないと思うんですね。」

そういえばお話に出てきた永さんも、野坂昭如さんも、巨泉さんも、この間次々いなくなってしまいました。それぞれに強烈な個性の持ち主だっただけに、何だか「のっぺらとした時代の到来」を強く思わざるをえません。 

08/18  きのうは新刊本の見本配本。「今年一番の猛暑」の中、喘ぎ喘ぎ取次まわりで、あわや熱中症に。というわけで、本欄は無断休載させていただきました。
くだんの新刊本は、上出義樹さんの報道の自己規制:メディアを蝕む不都合な真実です。著者の上出さんは、70歳の元北海道新聞記者。退職後も、血液のがんとたたかいながら、フリー記者として閣僚や官庁の記者会見に参加し、メディア批評を執筆するかたわら、上智大学大学院でジャーナリズム研究を続けてきました。
その成果が、学位論文『マス・メディア報道の「自己規制」−メディアが自己検証しない日本的な負の構造』として結実、今年3月、同大学大学院から博士号が授与されています。この博士論文をベースに、一般読者向けに書き改めたのが、前出の本です。
ところで、けさの朝日新聞「文化・文芸」欄で、服飾評論家・ピーコさんが、この7月に亡くなった永六輔さんについてこんなことを話しています−。

「NHKの追悼番組に出て、『永さんは戦争が嫌だって思っている。戦争はしちゃいけないと。世の中がそっちのほうに向かっているので、それを言いたいんでしょうね』と言ったら、そこがばっさり抜かれていた。放送を見て力が抜けちゃって…」

この国のマスメディア、とりわけ「公共放送NHK」の萎縮・忖度・自己規制は、ついにここまできてしまったのですね。

08/10  お盆を前に真夏日続き。「熱中症にやられては叶わん」ということで、小社ここ数日、午後は早々と事務所をたたんでしまいます。
とはいえ、もともと朝は早く、涼しいうちの午前6時台から開けているので、これで帳尻を合わせているわけ。コレ、どうみても世の出版社の常識には反するのですが、「だって、リベルタだもん!」ということでご勘弁を。
きょうは月に1度の支払い日。そんな日までこの調子では、借金取りのみなさんから、「あの野郎、とうとう逃げたか!?」と思われても仕方ありませんね。

08/09 「全編之スポーツ紙」、打って変わってきょうは、 「ほとんどコレお気持ち新聞」の趣。この国では「皇室ネタ」を凌ぐものはない、ということなのでしょうか?
それにしてもきのうのあの会見、「私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚える」「次第に進む身体の衰えを考慮する時…」などと聞くと、象徴天皇に許されるギリギリのところでの慎重な発言だったのでしょうが、何だかとても痛々しくすら思えてきます。
そして、次のくだりを聞いて、昭和末期のあの「自粛、自粛のXデー騒ぎ」を思い出してしまいました(Cf. これでいいのか天皇報道)が、明仁さんもあの騒ぎを肯定的には見ていなかった、ということなんですかね−。

「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ケ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。」

けさの朝日新聞「オピニオン」欄で憲法学者の西村裕一さんが、同じく憲法学者の故・奥平康弘さんの言葉を引いていましたが、「脱出の権利」としての「退位の自由」を認められるべきだと思います。
そう、「人間宣言」をしたことになっている天皇には、「ふつうの人間」になる権利が認められなければならない、ということです。

08/08 例年この時期の朝日新聞は、「高校野球こそ、この国の一大事」と言わんばかりの紙面になりますが、今年はこれにオリンピックが加わり、分厚い新聞はリオ五輪、甲子園、Jリーグ、プロ野球…と、「全編之スポーツ紙」といった趣になります。
あまり読みたくなるような記事も見当たらないので、ネットに目を転じると、懐かしいお名前を拝見。半世紀も前の東大闘争で名を馳せた、和光大学名誉教授・最首悟さんです。ダウン症の娘さんを持つ最首さんは、相模原の障害者施設での大量殺傷事件について、「起こるべくして起こってしまった」と語ります−。

「いまの日本社会の底には、生産能力のない者を社会の敵と見なす冷め切った風潮がある。この事件はその底流がボコッと表面に現れたもの… だが、不幸を生み出す障害者を代わりに殺してあげたというような代行犯罪に対しては、はらわたが煮えくりかえるような怒りを感じている。」

当然です。しかし最首さんは、重い障害者を抱える家族の複雑な心境も明かします−。

「命は尊いとか、命は地球より重いといった『きれいごと』は言えない。『あの子がいなければ』と『あの子がいてくれたから』という相いれない気持ちが表裏一体となり、日々を過ごしている」と。

10年もして、この国が「生産する能力がない人に、一方的に社会資源を注ぎ続ける余力がなくなっていく」超高齢社会を迎えたとき、今回の事件の容疑者のような考え方が一般化されてしまわないよう、いまからしっかりと社会的合意を形成しておかなければならないでしょう。

08/05 リオ五輪サッカー男子で日本と対戦するナイジェリア代表チームが4日午後2時20分(日本時間5日午前3時20分)、ようやく開催地マナウスの空港に到着。試合開始は4日の午後9時(同5日午前10時)ですから、何とその6時間半前ということになります。
遅れの原因は、航空券の発券トラブルに始まったとのことですが、どうやらお国の厳しい財政事情から、チャーター便の料金の支払いに手間取ったからのよう。
そんな「涙ぐましい参加国」もあれば、「国威」をかけて、巨額の費用をつぎ込む国々もある。この天と地ほどの参加国間格差をどうすればよいのでしょう?
零細出版人は、仮称「グローバルフォンド "謙信の塩"」の設立を提案したいと思います。参加各国がそれぞれの国力(経済力)に応じて基金を醵出し合い、経済的に参加が困難な国やチームの支援にあてる、というわけです。
まっ、それにはまず、商業主義を排した五輪の簡素化、腐敗しきった「IОC伏魔殿」の徹底改革が必要なんでしょうが。

08/04 きのうがセミなら、きょうはトンボと行きましょう。セミ捕りには繋ぎ竿が必要でしたが、トンボ捕りはトリモチ竿か虫捕り網だけ。
その「一番人気」がギンヤンマでした。腹部が水色で、黒に近い焦げ茶色の尻尾を持っているのがオスで、これが通称「ギン」。それに対して、黄緑色の腹部と茶色の尻尾がメスで、これがどういうわけか、東京近郊の子どもたちの間では「チャン」と呼ばれていました。
で、どのトンボの眼もきれいなのですが、とりわけギンヤンマの複眼は別格で、まるで宝石のように見えます。早朝や夕暮れどきに悠然と回遊するその雄姿は、子どもたちの「垂涎の的」となっていました。
そうそう、ギンヤンマの捕獲法のひとつに、「釣る」というのもありました。そう、魚のアユ釣りのように。アユの場合は、「縄張り意識」の習性を利用するわけですが、こちらは「男女関係」を利用する、子どもの遊びにしてはいささか「マセた釣り」でした。
ですから、「ギン」を捕まえたいときは、「チャン」の首を糸で結び、夕暮れどきに低い姿勢になって、糸を繋いだ棒切れを頭上でゆっくり回します。そして、ガチャガチャと掛かってきた「ギン」を虫捕り網で捕獲する、といった塩梅。
あるとき、いたずら坊主が「ギン」の腹部を絵の具で黄緑色に塗り替えて、これを試してみたところ、みごとガチャガチャと「ギン」が掛かってきました。
トンボにとっては何とも「無情な実験」でしたが、これは当のギンヤンマが腹の色を識別できたということなのかどうかは、定かでありません。しかし、少なくとも、薄暮れの空中に何か気になる飛行物体を認識した結果であることは確かでしょう。
いやはや、2日続けてヒマネタに費やしてしまいました。

08/03 いつの間にか8月に入っていました。というのも、梅雨がいつ明けたのかがハッキリせず、いきなり夏日や真夏日、それに豪雨が襲ってきた、といった感じなものですから。
昔はこれが実に明快でした。いまでは「異常気象」なんてこともあるのでしょうが、何と言っても、「待ちに待った夏休み」というのがあったからです。
休みに入るとほぼ同時に、うるさいほどセミが鳴き始めます。東京あたりでは、「ミーンミンミン」のミンミンゼミと「ジリジリジリ」のアブラゼミが、その定番。子どもたちは長い繋ぎ竿を繋いだ虫捕り網やトリモチ竿を握り締め、セミ捕りに夢中になります。
どこにでもいるアブラゼミは、見てくれはイマイチですし、鳴き声もなんだか汗がにじみ出るように暑苦しく、あまり人気がありません。
それにくらべ、薄暗い林の中のヒグラシや、高い樹上の小さなツクツクボウシに初めて出会ったときの感動は、格別でした。おそらくそれは、このセミたちの翅が透明で美しく、鳴き声も独特だったからでしょう。
でも、ツクツクボウシが鳴きだすと、間もなく夏休みもお終い、サボっていた宿題が気になり始めます。
そしていま、哀しい哉、セミの鳴き声なのか、ただの耳鳴りなのかがよくわからず、「いまセミ鳴いてる?」なんて人に聞く始末。もっともセミの方も、LEDで明るくなった公園の街灯にすっかり騙され、夜中でも鳴き続けているんですがね。

08/02 「歴史上最悪の政権が居座っている」日本。参院選でも、都知事選でも、野党共闘が勝つことはできませんでした。
そんなとき、作家・島田雅彦さんが『日刊ゲンダイ』のインタビューに答え、興味深い論点を提供しています。まずは「民主主義」について−。

「民主主義の本義は議論をすることです。そこでは少数意見も尊重し、議論を重ねていくことで、必ずしも多数ではない意見が説得力を持った場合に逆転もし得る。ところが民主主義を多数決だと取り違えている連中が権力の座に居座ると、『問答無用』になってしまう。」

というのも、

「ウヨクには意見がないが、サヨクより権力欲があるので、常に強いものになびく。長いものに巻かれる。リーダーシップのある人を担ぎ上げて、できるだけ異論を差し挟まずに同調する。」

だから、「議論せず、数の論理だけで進んでいこうとする」。これが「ウヨクポピュリズム」を地で行く、今日の「アベ政治」というわけです。
では、それに対抗するには、どうしたら? 「旗手が必要です」と島田さんは言う−。「サヨクポピュリズム、リベラルポピュリズムが必要なんですよ」と。
「サヨクポピュリズム」というとつい、ベネスエラのチャベス氏やブラジルのルラ氏らを思い出してしまうのですが、島田さんがイメージするのは、かつて「マドンナ旋風」を巻き起こした旧社会党の土井たか子さんのようです。
そして、いま「マドンナ」にふさわしいと思えるのは、民進党政調会長の山尾志桜里さんあたり。それに、「サヨクの祈り、愚痴、あるいは正義を唯一国会の場で代弁してくれるのが山本太郎さん(生活の党共同代表)」ですって。
ふーん、何だかわからなくもありません。

08/01 海の向こうに倣ったのか、都知事も結局、「女性初の…」という冠が付くことになりました。
2代続けて「政治とカネ」を問われ、途中降板を余儀なくさせられた東京都知事。あの程度の「お粗末なタマ」ばかり担ぎ上げた「製造物責任」を問われる自民・公明両党。今回は、そんな「伏魔殿」を根本から刷新するための選挙となるはずでした。
ですから、4野党統一候補に大きな期待が寄せられるのは当然と思えましたが、いかんせん、肝心の候補者擁立までの準備期間はあまりに短く、担ぎ手の間での政策面での擦りあわせも詰めも浅くなってしまいました。
そんな間隙を縫い、「唯一の女性」で、自民党推薦を得られなかったことをむしろ奇貨として、「どこの政党とのしがらみもない」ことを前面に打ち出した小池候補の「劇場型パフォーマンス」が功を奏し、従来の都政への批判票までをもかっさらっていったのでした。
けさの東京新聞「筆洗」子は、そんな新都知事のことををこう評しています−。

「崖から飛び降りると悲壮なお顔をしながら、ちゃっかり天高く舞い上がれる羽衣かメリー・ポピンズの傘でも隠していたか。なかなかの戦略家である」と。

しかし、しょせんは「パフォーマンス」、自民党も新知事も遠からず「復縁」することとなるのでしょうが、選挙中に威勢よくぶち上げてきた掛け声を、どこまで本気で実行しようとするのか、じっくり監視しなければなりません。