back number 2016-03(March)

ひと足早く満開のカンザクラ(16.02)

03/31 「特定秘密」の指定・解除状況をチェックするとされる衆参両院の監視機関「情報監視審査会」が、きのう初の報告書を提出しました。
しかし、すでに「特定秘密保護法案」論戦の中で強く危惧されていたとおり、「何が秘密なのか明らかにされない」中での審査ですから、審査委員も「何を審査したらいいのかわからない」わけで、とどのつまり、「勧告」どころか、「毒にも薬にもならない要望書」を政府に提出したというだけの話。
で、野党側が国会への情報提供を義務づけるよう求めたものの、与党側は「三権分立」をタテにこれを拒んだそう。
公然と立憲主義を否定するような方々が、ご都合主義的に「三権分立」を持ち出すのも滑稽な話なのですが、それを言うなら、だからこそ、立法機関のチェック機能をもっともっと強化しなければならないんじゃないのか!?
こうして、もっぱら行政機関の恣意によって、秘密の範囲だけが際限なく広がっていくこの国の将来には、いったいどんな事態が待ち受けているのか、真剣に憂えざるをえません。だけど、それも秘密?

03/30 けさの朝日新聞オピニオン欄は、TBS「報道特集」キャスターの金平茂紀さん。「テレビ報道の現場」ですと? これは見逃せません。というわけで、2日続けて同欄インタビューネタでごめんなさい。
この春、各局の看板キャスターが次々交代する中、何? 金平さんまで、TBSの執行役員退任ですって? だけど、当人のお答えは実にサバサバしたもの−。

「TBSで最も長く記者をしてきた人間の肩書が変わったということです。いずれにせよ僕は、どのような肩書であろうが、なかろうが、くたばるまで現場で取材を続けるだけですが」

とはいえ、メディア企業の現場には、相当深刻な事態が進行しているように思えます−。

「〔岸井さんの件で〕おおっぴらに議論するという空気がなくなってしまったと正直思いますね。痛感するのは、組織の中の過剰な同調圧力です。萎縮したり、忖度したり、自主規制したり、面倒なことを起こしたくないという、事なかれ主義が広がっている。若い人たちはそういう空気の変化に敏感です」

「過剰な同調圧力に事なかれ主義」ですって? メディアの現場がそんなことでは、お世辞にも「ジャーナリズム」などとは申せませんし、この国に健全な民主主義を育てるべくもありません−。

「権力を監視する番犬『ウォッチドッグ』であることがジャーナリズムの最大の役割です。しかし現実には記者のほうから政治家や役人にクンクンすり寄り、おいしい餌、俗に言う特ダネをあさっている。こんな愛玩犬が記者の多数を占めれば、それはジャーナリズムではない。かまない犬、ほえない犬に、なぜだといっても『僕らはほえないようにしつけられてきた。かみつくと損になるでしょ。そう教えられてきた』。そんな反応が現場の記者から返ってくるわけです」

「え? そんなぁ…」 年がら年中吠えまくっている零細出版人は、じっと手を見るばかりでした。

03/29 このところ、朝起きてまず「きょうは何を書こうかな?」と考えるのが、零細出版人の習い性となっています。
けさの寝ぼけた頭にポッと浮かんだのは、「この国のかたち」でした。で、郵便受けから新聞を取ると、真っ先に目に飛び込んできたのが、「天声人語」のこの言葉。じゃ、これをきょうのキーワードにするのは取りやめ。
中面に目をやると、元月刊『PLAYBOY』編集長・池孝晃さんがインタビューに応じています。かねてより零細出版人には、ハダカと硬派記事を並べる大胆な編集手法の仕掛け人はどんな人なんだろう?という、下世話な関心が強くありました。
そんな関心の糸をたぐり寄せていくと、どうやらこの方の存在にぶつかるのですが、その極致が、今年の元旦に新聞各紙を飾った集英社の全面広告でした−。

「読書は、平和を守る。永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である。カント著『永遠平和のために』池内紀・訳(集英社刊)より」

すっかり度肝を抜かれた零細出版人なのですが、他社のことながら、何だかとても嬉しい気分になりました。池さんの心意気は、いまも同社に息づいているということなのでしょう。
そんな「伝説の編集者」の薫陶を受けた鈴木耕さんは、次のように書いていますが、まったく同感−。

「この広告コピーは、単なる願望としてではなく『平和を守る』と、はっきりと断言している。
 『そんな偉そうなことを言える出版社かよ』という批判は聞こえてきそうだが、それも覚悟で『平和』を前面に押し出したとしたら、ぼくとしては、古巣のスタッフたちを褒めてやりたい気分だ。」(「風塵だより」59「『戦前』にしてはいけません」)

03/28 朝日新聞連載のAKB48の3人とジャーナリスト・津田大介さんによる「私たちも投票します」第2部が終了しました。
きのうの最終回は、「投票するための『ものさし』を手に入れる」でした。つまりは、メディア・リテラシーのお話。全4回のゼミナール(?)を受講した3人のお嬢さんたちの成長ぶりには、目覚ましいものがあります。
新聞連載だからというわけでもないのでしょうが、「ネット、紙、人の3つの情報源をうまく活用すること」を説く津田さんは、なかでも紙媒体の有効性を強調します−。

「おすすめは紙の情報、特に本です。本は読むのにかけた時間に対して得られる情報の密度が濃い。校閲など多くの人手をかけた情報なので信頼度も高い。調べ物をする時にスマホでよく検索をすると思いますが、真剣に学ぶなら書店や図書館で本を探して読む方が得られるものが多いですよ。」

零細出版人の「我田引水」と思われるかもしれませんが、津田さんは、こうも述べています−。

「テレビは1時間の番組を見ても、本ほどの知識は入らないでしょう。分かりやすいけれど、受け身で見るものだから身に付きにくい。何かの問題を知るきっかけとして見るのはいいけれど、自分で主体的に調べる場合は、本を読んだ方がいいと思います。」

まったく同感。なお、「紙」と共に去りぬの「ビーバ・プリントメディア!」(同書、pp.18-21)の項には、その根拠について論じた「リベルタの仮説」をご紹介しています。ぜひご一読ください。

03/25 4月26日の「チェルノブイリ原発事故30年」を前に、けさの朝日新聞が老朽化した「石棺」を覆う「新シェルター」のことを報じています。
倉澤治雄さんの原発ゴミはどこへ行く?のカバー写真でおなじみのこのシェルター、高さ109m、幅257m、長さ162mもあり、これだけを造るのに4年もかかっています。
しかし、それはまだ物事の始まりにすぎません。30年もかけてようやく、「廃炉作業の準備にたどりついた」という話なのです。
「デブリ」と呼ばれる高線量の溶融燃料をどうやって取り出すのかも、まだ決まっていません。あるいは、爆発した4号機を解体せず、そのまま「埋葬」することになるかもしれないのです。
倉澤さんの質問に答えたカトゥーニン副所長の言葉は、意味深長です−。

「もしかすると何も引き出さない方がよいのかもしれません。廃墟の外側に新しい設備を作り、核物質を移動させない方が合理的なのかもしれません。何も移動させないという選択肢もあり得るかもしれませんが、私たちはまだ答えを知りません。その答えを見つけるためにも新シェルターを建設しているのです。」(前掲書、p.98)

そんな事実を知ったとき、福島第一原発の廃炉・解体を30〜40年以で終えるという日本の「中長期ロードマップ」なるものが、いかに非現実的かが分かります。
そしてまた、原発に依存し続けようとする現政権のエネルギー政策がいかに狂気じみたものであるかも、分かろうというものです。

03/24 政府がきのう発表した「3月月例報告」は、5カ月ぶりに下方修正。このままでは、1〜3月期の実質GDPは2四半期連続のマイナス。「アベノミクスの大破綻」は、もはや隠しようがありません。
少しでも「破綻」を認めたくない人びとの報告書ですから、注意深く読まなければならないのですが、ざっと見ただけでも、あの方々の苦し紛れの物言いが目立ちます。
まずは、私らに「トリクルダウン」なるお恵みをもたらしてくれると喧伝してきた「企業収益」。毎度「改善している」と聞かされてきたそれですら、今回は「非製造業を中心に改善傾向にある」と書き換えられています。ってことは、「政府・日銀が一緒になって、いくらじゃぶじゃぶ資金をつぎ込んでも、製造業の収益状況は悪化する一方でした」って話じゃないですか?
そして肝心の「個人消費」はといえば、これまでの「底堅い動き」としてきた「耳タコ文言」が、「消費者マインドに足踏みがみられる」なんて、実に慎ましやかな表現に変更されたのです。歯に衣着せず言うならば、私らのところには「何も滴り落ちてこなかった」ってお話でした。
「政治とカネ」で転んで入院中の甘利さんに代わった石原伸晃経済再生担当相なぞ、いまだに「雇用や所得環境の改善傾向は続き、ファンダメンタルズに大きな変化はない」なんて、能天気な負け惜しみを言っていますが、政府も日銀も、深傷を負う前にそろそろ、この間の経済政策が間違っていたことを率直に認めてはいかがなものでしょう?
中堅取次が相次ぎ破綻し、小売書店が次々倒産・廃業を余儀なくされている出版業界にあって、真っ先に「世の不景気」を肌で感じてきた零細出版人の言うことですから、これだけは間違いありません。

03/23 死者34人、負傷者180人以上と伝えられるベルギーの連続爆破テロ。今後ますます「報復の連鎖」が続くのかと思うと、やり切れません。
さてそんなとき、ドメスティックな話題で恐縮です。きのうの衆院総務委員会で、やっとのことでNHKの新年度予算案が承認されました。モミイ会長就任以来3年連続、「全会一致」のしきたりは、忘れ去られてしまったようです。
けさの朝日新聞記事が、この間の「退任理事の語録」を思い出させてくれました−。

「この2年間は一体何だったのでしょうか、という思いが募っております。会長の就任記者会見以来、相次いで発生する問題、課題への対応に追われ続け、その場その場の対症療法的な対応を迫られました」(16.02、塚田祐之・元専務理事)

「戦前は実質“国営”放送で、政府が右といっても左という勇気を持たなかった」(15.04、下川雅也・元理事)

「(籾井氏が就任した)1月から続く異常事態はいまだ収束しておりません。職場には少しずつ不安感、不信感あるいはひそひそ話といった負の雰囲気が漂い始めています」(14.04、久保田啓一・元理事)

今日のNHKの危機的な状況を端的に言い表わしているようです。きわめて深刻な事態です。「どこへ出しても恥ずかしい会長」を、これ以上、続けさせていては、公共放送として取り返しのつかないことになってしまいます。
なぜなら、会長は政権に媚を売り続け、職員は職員でこれまたヒラメのように上の様子ばかり見て、忖度に汲々とすることになってしまうからです。
崩壊前の旧ソ連では、上から下まで、社会全体にそんな雰囲気が蔓延していました。

03/22 国谷裕子さんの向こうを張ったわけでもないでしょうが、同じく今月交代となるテレビ朝日「報道ステーション」の古館伊知郎キャスターも、みずからの「ワイマール・ルポ」で、自民党の「お試し改憲の危険性」に警鐘を鳴らしています。
18日(金)の「報道ステーション」は、「緊急事態条項って何?憲法改正の焦点はここ〜ワイマール憲法でなぜ独裁が生まれたか」でした。
このところ改憲論者の間で、「戦争や大災害のさい、首相に権限を集中させる」という「緊急事態条項」の新設が急浮上してきていますが、これがいかに危険な代物かを、ワイマール憲法下でのナチスの台頭の歴史に学ぼうというものです−。

ヒトラーは、まず経済対策で人心を掌握してから(何だか、どこかとよく似てますね)、1933年1月に首相に就任。すぐ着手したのが、1回目の「国家緊急権」発動。そして間髪を入れず、国会議事堂放火事件を起こし、それを共産党の仕業とさせて、2回目の国家緊急権」発動。憲法改正も含め、政府がすべての法律を制定できる「全権」を手に入れたというわけです。

番組は、ワイマール憲法に詳しいドイツの学者に自民党改憲案を示して、意見を聞いています−。

「これはワイマールの『国家緊急権』を思い起こさせます。内閣の一人の人間に利用される危険性があり、とても問題です」と。

コメンテーターの長谷部泰男さんも、「首相の主観に依るのは危険」とコメントしていました。
いつぞや麻生副総理が「学ぶべき」と言った「ナチスの手口」とは、ずばりこのことなのです。

03/18 昨夜のNHK「クローズアップ現代」のタイトルは、「未来への風〜"痛み"を越える若者たち〜」とありました。
「ん? 何の話?」と気になって視てみたら、国会前で「戦争法案」に反対するSEALDsの若者たちや、過酷な労働環境の改善にチャレンジする若者たち、ユニークな金融NPОを立ち上げた若者たちを採り上げていました。そして、ノンフィクション作家・柳田邦男さんが、社会を変えようとする「若者たちの新しい動き」として、これを高く評価します。
「それにしても、『政府が右ということを左とは言えない』会長を戴く局が、よくぞやってくれたなぁ」などと思っていたのですが、番組のお終いになって、国谷裕子キャスターの最終回だったと知りました。ああ、視といてよかった。
「長い間本当にありがとうございました」とあいさつする国谷さんに、思わずお辞儀をしてしまった零細出版人なのですが、それよりもNHK広報局を通じてのコメントの方が、よほど心に響くものがありました−。

「23年前に『クローズアップ現代』という番組に出会って以来、見えないゴールに向かって走り続けてきたように思えます。時代が大きく変化しつづける中で、物事を伝えることが次第に難しくなってきましたが、今日という日を迎えて、自分の人生に大きな区切りをつけることが出来たとの想いです。」

そう、さぞかし「物事を伝えることが難しくなって」きたのでしょうね。単なる勘繰りにすぎないのかもしれませんが、抑圧された体制のもとでの表現行為には、しばしば「行間を読む」こと、あるいは「言外の意味を探る」ことが大事になりますので。

03/17 原子力規制委員会のこうした無責任な振る舞いは、ひょっとしてこの国の行政一般に見られる「日本型官僚主義」とでもいうべきものに由来するのかもしれません。
そこでつい思い出してしまうのが、「君が代・日の丸」をめぐる文科行政とのアナロジーです。
「国旗国歌法」が国会で成立したとき、政府は「決して強制しない」と確約しました。ところが、法律が施行されるされるやいなや、まずは各地教育委員会が、校長にこれを強制します。そして校長が「職務命令」というかたちで教職員を縛りつけます。
こうして最終的には、子どもたちもすべからく強制の縛りの中へと取り込まれていったのでした。「いやっ、おみごと!」と、称賛するしかありません。
一方「規制委員会」は、金科玉条とする「新規制基準」に適合しているかどうかだけを見るとのこと。抜け目なく、自らのエクスキューズを添えるのを忘れずに。そして、事故が起こってからのことについては、「権限外」で済ませてしまうのです。
そんな「規制委員会」の「認定」をありがたく頂戴した電力会社はといえば、これをすぐさま「再稼働の許可証」と読み替えます。
「いったんもらっちゃえば、こっちのもの」とでもいうことなのでしょう。「免震施設? そんなもん、やーめたっと!」
それでも「規制委員会」は、いったん済んだものは、決して深追いすることがありません。「あとは野となれ山となれ」といった風情で、何の「規制」にも動き出さないのです。
かくも無責任な官僚システムが、原発の危険から私たちを守ってくれるはずはありません。実態に即して即刻、「原発再稼働推進委員会」とでも改称することをお勧めいたします。

03/16 とても格調の高い「センセーッ!」を拝聴したあと、原子力規制委員会の足跡を辿ってみると…。
ウーン、何だか「お題目倒れ」に終わっているどころか、むしろ、逆のことばかりやってきたのでは?
たとえば、九州電力川内原発周辺では住民避難計画ができておらず、しかも、放射線モニタリングポストの半分くらいが高放射線量を測れなかったりしても、また関西電力高浜原発の周辺では、未設置の地点すらたくさんあったりしても、「設置基準に叶うー」と認定してしまいます。
確かに、それらは「権限外」なのかもしれません。けれども、「原子力に対する確かな規制を通じて、人と環境を守ることが原子力規制委員会の使命である」と謳い、「形式主義を排し、現場を重視する姿勢を貫き、真に実効ある規制を追求する」ことを「活動原則」とする「規制委員会」が、「それは権限外」として意に介さないというのは、紛れもない「形式主義」であり、「唾棄すべき官僚主義」だともいえます。だから、「名ばかり…」というのです。
「福島の事故の教訓」を本気で学ぶなら、「原子力施設の規制」だけではまったく不十分で、事故後の住民避難計画までを視野に入れなければならないはず。
これでは、「人と環境を守る」なんて「使命」は、「絵に描いた餅」にしかなりません。

03/15 先日、原子力規制委員会に「名ばかり委員会」と難癖をつけました(Cf.03/10)が、そもそもそこがいったい何をするところなのか知りたくて、同委員会HPを覗いてみました。
田中委員長はしばしば「新規制基準に適合しているかどうかを見るだけ」とおっしゃるので、まずは「新規制基準」なるものの位置づけから、見てみましょう−。

「この新規制基準は原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのものです。」

ふむふむ。だけどすぐあとに何やら「エクスキューズ」のようなものが続きます−。

「しかし、これを満たすことによって絶対的な安全性が確保できるわけではありません。」

なーるほど、委員長がしきりにおっしゃっているのは、このことなんですね? で、その「組織理念」は?−。

「2011年3月11日に発生した東京電力福島原子力発電所事故の教訓に学び、二度とこのような事故を起こさないために、そして、我が国の原子力規制組織に対する国内外の信頼回復を図り、国民の安全を最優先に、原子力の安全管理を立て直し、真の安全文化を確立すべく、設置された。」

と、あります。ウーン、なかなかご立派。それだけじゃありません。「組織理念」は、宣誓高らかにこう締め括られます−。

「原子力にかかわる者はすべからく高い倫理観を持ち、常に世界最高水準の安全を目指さなければならない。
我々は、これを自覚し、たゆまず努力することを誓う」

つい気圧されてしまいそうですが、「センセーッ!」を拝聴したところで、きょうはこれにて。

03/14 きのうの自民党大会で演説したアベ首相、つい先だってまで「私の在任中に」と息巻いていた「改憲」には触れずじまい。
ああ、まただ。「選挙が近づくと始めるいつもの手口」−。曰く「アベノミクスとは雇用を増やし収入を増やすこと」「110万人以上の雇用増」「有効求人倍率は24年ぶりの高い水準」…
「101歳の現役ジャーナリスト」むのたけじさんは、こうした手口を「八方美人作戦だ」と喝破しています(『週刊金曜日』03/11号、「たいまつ 03:何を問うか240万票」)−。

「安倍政権が再登場してからの政治方法は極めて幼稚だ。景気を良くする経済政策と積極的平和主義のスローガンを重ねて、本来の目的〔改憲〕をごまかそうとした」と。

もっとも「アベノミクス」なる経済政策も、もはや破綻は見え見え。そんな詐術に3度も騙されたのでは、私ら日本人の「民度」が疑われてしまいます。
年季の入った大ジャーナリストは、最後に「おっきな声で」こう呼びかけます−。

「重ねて言います。戦争に勝って栄え続けた国家はこれまで地上にただのひとつもありません。…さあ、みんなでもう一度腕を組み直して断固として、平和な世の中を作りましょう。」

03/11 「3・11原発震災」5周年。地震、津波、原発事故…、さらにはそれに関連して犠牲となられた方々に、哀悼の意を表します。
そして、いまも17万4000人の方々が、不自由な避難生活を強いられていること、フクイチではいつ終わるとも知れぬ事故処理作業が続いていることに、深く思いを致したいと思います。

03/10 「3・11原発震災」5周年を前に、大津地裁(山本善彦裁判長)で、関西電力高浜原発3、4号機の運転を差し止める、目の覚めるような決定が下されました。
そのうち4号機は、先だって鳴り物入りで大勢の報道陣を招き入れ、その目の前で再稼働のスイッチを入れたとたん、けたたましく警報が鳴りだし、あのとき以来「お休み中」という、いわく付きの原子炉です。
ですから、残る3号機が、「稼働中の原子炉で初の運転差し止めの栄誉」に浴することになります。
で、仮処分決定の要旨を読むと、関電はもとより、原子力規制委員会の姿勢を厳しく批判していることに驚かされます−。

「…福島の事故の原因究明は建屋内での調査が進んでおらず、今なお道半ば。同様の事故を起こさないという見地から対策を講じるには徹底した原因究明が不可欠だ。この点についての関電の主張と立証は不十分で、こうした姿勢が原子力規制委員会の姿勢であるなら、そもそも新規制基準策定に向かう姿勢に非常に不安を覚える。新規制基準と各原発への設置変更許可が直ちに公共の安寧の基礎になると考えることをためらわざるを得ない。」

「新規制基準に適合しているかどうかを見るだけ」と言う原子力規制委員会は、堂々「避難計画は権限外」と公言しています。
そんな規制委員会が、「新規制基準に叶う〜」と軍配を上げれば、電力会社はこれを「再稼働のお墨付き」とすり替えます。九州電力にいたっては、新規制基準の必要条件だったはずの免震施設の建設を、あろうことかその事後に取りやめてしまう。
こんな「名ばかり規制委員会」なら、5年前、テレビ画面に頻繁に出没した「原子力安全保安院」のおじさんと何ら変わるところがないじゃないですか?

03/09  昨夜のNHK「クローズアップ現代」。もうすぐお終いだし、映画監督・山田洋次さんを迎え、原発事故で全住民避難を余儀なくされた浪江町民「それぞれの選択」を採り上げるというので、久しぶりにチャンネルを「1」に合わせました。
番組は、来春の「避難指示解除」を前に、故郷に戻るかどうか揺れ動く町民の心情を追い続け、「家族」という視点からあの原発事故を考える、といった仕立てでした。
「政府が右ということを左とは言えない」モミイ会長や、「忖度ばかりに長けたヒラメ幹部」らにとっては、「目障り・耳障りな番組」だろうな、などと思っていた矢先、山田さんのお話が突如、きわめて不自然なかたちで終わりました。
「変だなぁ?」と思って時計を見ると、まだ19時20分を回ったところ。新聞のTV番組表にも、19時半までとなっています。
すると、7時のニュースのキャスターが出てきて、「巨人の高木京介投手が野球賭博に…」と、毎度おなじみの球団幹部のお辞儀風景を伝えます。「クロ現」は尻切れトンボ、これにて終了。
野球賭博事件は、それはそれで大変というか、とてもバカな話なのですが、昨秋の3名の解雇選手のいわば「続編」でしかありません。果たして、山田洋次さんのコメントを端折らせてまでして、あの時刻に伝えなければならない、速報に値するニュースバリューがあったのか、いささかの疑問を拭えません。

03/08  3・11を前にした、けさの朝日新聞オピニオン欄インタビュー「(東日本大震災5年)私たちは変わったのか:1 記憶と忘却」は、好企画でした。なかでも、法政大学総長・田中優子さんの「『文明災害』自分で考える」は、大いに示唆的です。
田中さんは、3・11が「自然災害と原発事故が組み合わさったもの」なのに、「次第に自然災害として記憶が上書きされる」ことを指摘し、「これはとても怖いこと」だと言います。
そして、「話し合う場づくり」の大切さを訴え、次のように締めくくります−。

「ことばを交わしながら、自立した個人どうしがつながる。その先に、次の社会をつくっていく知恵や発明を生み出していく。これが実現することこそが、『文明災害』としての3・11を社会として記憶していくことだと思います」と。

このくだりを読んで、リベルタ子が「コレ使えるかも!?」と思ったのが、このところ追われている新刊のこと。名古屋大学・小川明子さんのデジタル・ストーリーテリング:声なき想いに物語をという本です。
「人々の想いや日常のあれこれを対話を通して物語化し、写真と本人の声でスライドショー形式の映像作品にする」という新たなメディア・リテラシーの提案ですが、それにはいろいろな可能性が秘められていそうです。
それについては、追い追い詳論させていただきましょう。

03/07  高市早苗総務相らの不見識な言動は、ともすると「政権 vs 民放」の対立構図としてとらえられがちですが、どっこい「自主規制と忖度の先駆者モミイNHK」のことを忘れてはいけません。
あの就任記者会見で「政府が右ということを左とは言えない」と「衝撃デビュー」を果たしたモミイ会長の下、350 億円の不透明な土地取得、子会社社員の2 億円着服、職員によるタクシー代不正使用と、次々不祥事が発覚。さらに現場では、上の様子ばかり窺うヒラメのような職員が着実に増殖しているらしい。
先週末、国会内で「NHK包囲行動実行委員会」が主催する緊急院内集会「政権べったり報道やめろ! NHK籾井会長NO!〜NHKは視聴者・市民の声を聴け〜」が開催されました。集会に先だって、「放送を語る会」がNHK経営委員会にあてた申し入れ文書から−。

「この2月9日、第1254回経営委員会で、塚田祐之専務理事は退任のあいさつを行い、『この2年間はなんだったのか』と振りかえりました。そのあとで『会長の就任記者会見以来、相次いで発生する問題、課題への対応に追われ続けた』と述べています。ここでいう『発生する問題』が籾井会長に由来するものであることは明らかです。
『NHKは現場の力で何とか役割を果たしてきたが、そろそろ限界に近付いている』とも語りました。このあいさつの内容は重いものがあります。」

そして、経営委員会に2つの要求を突き付けています−。

 1)会長に辞職を勧告し、応じられない場合は放送法の規定にしたがって罷免の判断に踏み出されるよう求めます。
 2)会長選任にあたっては、推薦制の導入を含め、視聴者市民の声が反映されるような、さまざまな手続き、制度の改革が検討される必要があります。その際、視聴者団体、メディア研究者などによる制度改革の提言、提起に真摯に耳を傾け、生かすことを求めます。

03/04  きのうの「触るのも気持ち悪い」FAXはどうやら、「放送局に放送法の遵守を求める視聴者の会」を名乗って、TBS「NEWS23」の岸井成格さんの個人攻撃に明け暮れた連中のお仲間の所業かと思われます。
朝日などにめったに出稿できない零細出版社にまで、「朝日新聞の広告主へ」と題するFAXを2枚、しかも遠方から送っていることからすると、全国的に、またかなり組織的に行なわれている模様です。
広告妨害によって「言論機関をからめ手から締め上げようとする卑劣さ」−。それは、民主主義の理念とはまったく相容れません。しかし、首相以下「反知性主義内閣」の面々の昨今の言動と行動様式には、共通するところが多く見られます。
ところで、先日は、高市早苗総務相の「電波停止」抗議する現役ニュースキャスターら6人が「私たちは怒っている」声明を発表しましたが(Cf.03/01)、これに呼応する視聴者・市民の動きも出てきました。
政治家に放送法の遵守を求める視聴者の会」が、先般の「岸井さん応援署名」に続いて、こんどは「【高市総務大臣「電波停止」発言に抗議する放送人の緊急アピール】を応援します」署名を立ち上げ、賛同を呼びかけ始めたのです。ぜひ、ご協力あれ。

03/03 「スーパーチューズデー」を終え、米大統領選予備選挙は、共和党ドナルド・トランプ氏(69)、民主党ヒラリー・クリントン氏(68)の優勢が伝えられます。
そこで、けさの通勤電車内で思い浮かんだギャグ−。

 熊さん「ヒラリーさんも更けちゃったなぁ」
 八つぁん「で、トランプさんが勝つんだろう」
 熊さん「ン?」
 八つぁん「だってあの男、"ババ抜き"が上手そうだもんね」

あっコレ、ほとんどセクハラですね。自民党議員の常套句「もしもそう思われたのであれば、撤回します」を借用しましょう。
けど、「メキシコ国境に万里の長城を築け!」なんて言ってのける輩が大統領になったりしては大変です。
欧州だって、マリーヌ・ルペンのフランスだけじゃない。フィンランド、スウェーデン、ノルウェーでも、デンマーク、オランダでも、「難民問題」に後押しされて、極右政党が花盛り。そうそう、忘れちゃいけない。私らの国も、「その右に出る者もいない、れっきとした極右政権」を戴いていることを。
…と、ここまで書いてきたところで、何やら怪しげなFAXが着信−。

「朝日新聞に御社の広告が入っていたので問合せします。朝日新聞は慰安婦を捏造し、韓国との国交を毀損するおぞましい記事を書いた、触るのも気持ち悪い新聞です。このような新聞に広告を出すのは、売国企業だと思います。」

「触るのも気持ち悪い」このFAXの送り主は、「福岡県在住の一女性」だそうですが、つくづく「実に気持ち悪い世相」になったものだと思います。

03/02 3・11から間もなく5年。けさの朝日新聞で見た、久しぶりのフクイチ空撮映像は圧巻でした。
記事は、「ひとたび事故が起きて混乱すれば、最重要の情報も伝わらない。経験や知識が生かされていれ ば、もっと早く危機に気づいたはずだ」として、津波に襲われた直後、1号機の「非常用復水器(IC)」が作動しているかどうかをめぐって混乱し続けた現場の様子を再現しています。
ICを操作していた運転員と当直副主任は「作動していない」と認識していたのに、これほど重大な情報が所長にも伝わらなかったという情報伝達の悪さ。そればかりか、「知識や経験の『風化』も背景にあった」そうです。長年ICなど動かしたこともなく、「もしICの状況が早く正確に伝わったとしても、作動させられたかどうかはわからない」という話にはビックリ。
そんななか、東電が政府に対し、原子力災害対策特別措置法に定められた「緊急事態発生」報告をするのが1時間も遅れた可能性があることが、いまごろになって明らかになりました。東電の担当者は「混乱のなかで報告しそびれたのかも知れない」なんて言っているそうですが、これは、政府が「原子力緊急事態宣言」をするのに欠かせない情報だけに、事はきわめて重大です。
つい先だっても、「このたび、社内調査で当時〔5年前〕のマニュアルにメルトダウンの定義が記載されていることが判明した」なんて話を聞いたばかりですが、もういい加減にしていただきたい。つくづく、電力会社というのは「手に負えない人びとの集まり」なのだと思うばかりです。

03/01 高市早苗総務相の乱暴な「電波停止」発言に対し、放送ジャーナリズムの第一線で活躍するニュースキャスターら6人が、「私たちは怒っている」との声明を発表しました。
声明は、高市発言が、「放送による表現の自由」と「放送が健全な民主主義の発達に資すること」をうたった放送法第1条と、「言論・表現の自由」をうたった憲法21条に真っ向から反することを指摘したのは当然のこととして、リベルタ子が注目したのは、むしろその後半部分でした−。

「現在のテレビ報道を取り巻く環境が著しく『息苦しさ』を増していないか。私たち自身もそれがなぜなのかを自らに問い続けている。『外から』の放送への介入・干渉によってもたらされた『息苦しさ』ならば跳ね返すこともできよう。だが、自主規制、忖度、萎縮が放送現場の『内部から』拡がることになっては、危機は一層深刻である。」

呼びかけ人のひとり田原総一朗氏が、「高市氏の発言は非常に恥ずかしい。全テレビ局の全番組が抗議すべきだが、残念なことに、多くのテレビ局の多くの番組が何も言わない」と語っていますが、まったく同感。
「言論・表現の自由」がこれほど危機的な状況にあるとき、現場のジャーナリストが「何も言わない」というのは、この国の「言論・表現の自由」が、そこまで危機に瀕しているということの証左でもあります。
テレビ朝日の「報道ステーション」やNHKの「クローズアップ現代」などに権力の直接的な政治的圧力が加えられている現在、すべてのジャーナリストと言論機関が、こんなときこそ「メディア・スクラム」を組んで、これをはねのけようと行動するのは、きわめて当然のことだと思います。