back number 2016-01(January)

暖冬のせいか、今年は早々とお出まし(16.01)

01/29  きのう自らの政治資金疑惑について釈明会見を開いた甘利明経済再生担当相が、閣僚を辞任しました。
長々続いた釈明、そしてこの間ご自分が経済再生担当相としていかに「お国」のために身を粉にしてきたかを縷々述べたあと、感極まったかの様子での辞任表明でした。
だいたい、「何日もかければ記憶は取り戻せる」(?)というような話からして、まるで解せないのですが、何はともあれ、つい先だってまで「記憶にない」と言い張っておられたのが、急転直下、「大臣室での50万円」と「地元事務所での50万円」の2回分については晴れて甦ったというのは、ご同慶の至りです。
でもねぇ甘利さん、「お客の前で紙袋から現金の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットに入れた」なんて書かれたことに対し、「人間としての品格」まで持ち出して執拗に述べ立てておられたけれど、私らにとっては、大臣がそのカネを受け取ったのかどうかだけはっきりさせれば、それでいいんです。
そんなことより、地元秘書が受け取ったとされる500万円が何のためのカネだったのか?「消えた300万円」はホントに秘書が使い込んだのか? そして何よりも、「甘利氏の会見後、都市再生機構(UR)は13年6月〜今年1月に職員が甘利氏の秘書と12回面談していたことを明らかにした。10回は昨年10月以降に集中していた」なんて書かれているけれど(けさの朝日新聞)、URへの「口利き」はホントになかったのか? といった具合に、私らが知りたいことはまだまだあります。
このままじゃ、またしても「秘書が、秘書が…」じゃないですか?

01/28  前にこの欄で、「放送を語る会」が手分けしてモニターした報告書「安保法案国会審議・テレビニュースはどう伝えたか」のことを紹介しました(Cf.12/04)。
同報告書がこのほど、読みやすいブックレットのかたちで刊行された(『安保法案 テレビニュースはどう伝えたか:検証・政治権力とテレビメディア』かもがわ出版)ので、改めて通読させていただきました。
ブックレットの巻末には、作家・鎌田慧さんが「表現者の連帯のために」という一文を寄せていますが、リベルタ子同様、報告書巻末に付された「NHK『ニュースウオッチ9』が報道しなかった事項」、「安保法案に反対する市民の主要な行動と報道の有無」という2つの付表を「わかりやすい」と、高く評価しています。
今回これを再読して、このところなぜ自分がNHK報道番組をすっかり視なくなってしまったのかを思い起こし、その動機が決して見当外れのものではなかったことを、再確認させていただきました。
その第1が、「首相の腰巾着」さながらの政治部記者らによる聞くに耐えない「記者解説」でした。これが「アベちゃんねる=政府広報」の印象を、極限にまで高めてくれたようです。
その一例として、報告書は、衆院本会議可決後「与野党の議論が噛み合わなかった」との政治部長解説を槍玉に挙げます。
一見「公正」を装ったかのこの解説が、実は、「野党の質問に答える姿勢が安倍首相にはなく、はぐらかしや官僚のメモの棒読み答弁を重ねたことにある」といった、ジャーナリズムとしてあってしかるべき批判的視点をまったく欠いていることを明らかにします。
「集団的自衛権行使容認は画期的で…」「日米の防衛協力も拡充される」との解説に至っては、もはや論外。笑止千万。

01/27  「20万冊の蔵書、図書の貸し出しにはCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)のポイントカードが使えるし、東京・代官山のように、併設のスタバでコーヒーを飲みながら雑誌が読める…」と、あたかも「地方再生の優等生」(?)であるかのように喧伝されてきた佐賀県武雄図書館。
その後、住民による情報公開請求の結果、この事業を一手に請け負ったTSUTAYAが約1万冊の中古本をグループ企業の中古書店から調達したことなど、選書のずさんさや運営の不明朗さが次々発覚。同様の新図書館建設を計画していた愛知県小牧市では、計画が住民投票で否決される事態にも。
そんななか、けさの朝日新聞オピニオン欄「耕論」が、公立図書館の役割についてお三方の意見を聞いています。
中でも「公共の役割とは何か?」をわかりやすく説いた、福岡県小郡市立図書館館長・永利和則さんのお話「公の使命、ビジネスが侵食」には、大いに共感を覚えました−。

「公立図書館はあくまで行政サービスです。…そもそも公共の役割とは何か、コストの視点だけで見ていいのか…。私は、原点は民主主義にあると思います。社会に関わり、地域の未来を思い、どうやって良くしようかと考える。そんな良き市民、現場で民主主義を支える人材を育んでいくのが公立の役割だと思うんです。そのために必要な情報を提供する。それがいつか税収を増やし、地域社会も持続させる。」

そして、「学校支援と社会教育。この二つの教育分野こそ、公立図書館が担うべき責務だ」と力説しています。

01/26  沖縄県宜野湾市長選で自公候補が当選したことで、案の定、「沖縄の民意は辺野古移設を容認した」かの言説が勢いづき始め、現地・辺野古では、さっそく杭打ち作業を強行する動きが出てきました。
そんなとき、日本ジャーナリスト会議・マスコミ9条の会主催で、元首相の鳩山友紀夫さん(「由紀夫」から「友紀夫」へと改名されたようです。やはり「友愛」にちなんだのでしょうね)の講演会が開かれます−。

 ★「鳩山元総理が明かす『辺野古新基地』の真相」★

 と き:2月4日(木)13時開場
 ところ:日本記者クラブ10Fホール
     (都営三田線・内幸町駅、JR・新橋駅下車)
 資料代:1000円(学生500円)

在任時、東アジア共同体構想や米軍普天間基地移転(「最低でも県外」)方針を掲げながら、外務・防衛官僚や米国の「ジャパン・ハンドラー」ら「日米安保マフィア」の猛反発を招き、ついに退陣を余儀なくされた鳩山さんが、いま何を語るのか、興味・関心は尽きません。

01/25  米軍普天間基地を抱える沖縄県宜野湾市長選で、政権与党が支援する現職・佐喜真淳氏が当選しました。
同氏は「辺野古」にはダンマリをきめこみ、もっぱら「普天間飛行場の固定化は許さない」と訴えたということです。国政選挙でもすっかりおなじみの「都合の悪いことの争点外し」というやつです。
地元・沖縄タイムス紙の「勝因・敗因は? 宜野湾市長選まとめ読み」によれば、佐喜真氏の勝因は「4年間の実績アピール」にあり、志村氏の敗因は「基地問題で差別化を図れなかった」ことだ、とされます。
琉球新報紙社説も、「辺野古」についての最新の世論調査(移設支持がたったの13%弱)を引きながら、今回の結果が「新基地容認」を意味するものではないとし、こう釘を刺しています−。

「佐喜真氏は選挙戦で辺野古移設の賛否を明言せず、市民が容認したことにはならない… 重視すべきは、佐喜真氏が公約した普天間飛行場の5年以内運用停止を、市民が国に突き付けたことだ」と。

一方、けさの朝日新聞は、選挙民の屈折した思いも伝えています。辺野古移設には反対でも、中央政府が強引に移設を進める中、あきらめを覚えるようになり、「どうせ辺野古になるなら、政府と協調して普天間の跡地利用に取り組める佐喜真氏で。政府はいくら沖縄を犠牲にしても構わないんでしょう」(60歳男性)と。
これが「あきらめ」なのか、はたまたフロイトの言う「強者との同一視」(Cf.01/12)のなせる業なのか、宜野湾市民のこうした複雑な思いを曲解して、辺野古新基地建設を強行することなど、決して許されません。

01/22  またまた「政治とカネ」の問題が浮上してきました。しかも、きわめて古典的な「あっせん収賄」。「疑惑の主」は、いまをときめくTPPを仕切る甘利明経済再生担当相です。
領収書の写真は出てくるは、授受のさいのやり取りもしっかり録音されている。これでは何の申し開きもできないはずだと思うのですが、そこがそうならないのが、この国の政治家の不思議な世界。お世辞にもうまいとは思えない弁明が、だらだら続きます−。

「その会社の社長一行が大臣室を表敬訪問されたことは事実。一行が正確に何をされたのか記憶があいまい。」

「この方が来たのは覚えている。何の話をしてどういうことをしたのかなど、記憶をたどっている。」

「あの、その、あの…」を繰り返す「汚職再生担当相」の稚拙かつしどろもどろの答弁を聞かされていると、「ひょっとしてこの人、ホントは正直なのかもしれない」なんて思えてもくるというものです。
心臓に毛の生えた、かの「強シンゾー」氏だったら、あることないこと平然とペラッペラッやって逃げ切ろうとするんだろうなぁ、と。

01/21 「…公共放送などを国有化し、政府が幹部人事を決定できる新メディア法が成立。直後に、公共テレビとラジオのトップが交代。その後、同党〔与党〕に批判的だった記者らが続々と解雇されている。」

これ実は、ポーランドのお話。ですが、何だかこの国の近未来像のようで、まるでよそ事とも思えないのが、昨今のメディア状況でもあります。
けさの朝日新聞国際面、ワルシャワとブリュッセルからの報道によると、昨秋、排外主義的な保守政党「法と正義」が政権の座に返り咲き、さっそく手がけたのが、司法の権限や報道の自由を制限しかねない法制度「改革」。首都ワルシャワでは、これに抗議する反政府デモが毎週行なわれていると伝えられます。
で、その抗議行動参加者のひとりの声−。

「公共放送が政府放送になり、議会の暴走に歯止めをかける憲法裁も骨抜き。まるで独裁国家だ」

デジャヴュ。うーん、聞けば聞くほど、何だか私らのところの「アベ政治」とよーく似ています。
これにはEU欧州委員会も警戒感を強め、「EUが基本原則に掲げる『法の支配』に違反する可能性があるとして、予備的調査を始めることを決めた」ということです。
話変わって、けさの東京新聞社説から−。

「まさか3人〔「報道ステーション」古舘伊知郎さん、「NEWS23」の岸井成格さん、「クローズアップ現代」の国谷裕子さん〕の降板が権力からの圧力や自制の結果ではないことを祈る。
 しかし、著名なキャスターの降板は、放送界が政治報道に萎縮しているのではないかという印象を与えることは間違いなかろう。…
テレビが政治的に元気でないと、この国の民主主義も元気に育たない。」

01/20 きのうの毎日新聞夕刊に掲載された中森明夫さんのお話「リベラルの自滅と暴言の自由」は、実に痛快千万、すんなり共感できました。
3年前、脱原発本の出版記念会に出席した中森さん、まるで危機感の感じられない社民リベラルお歴々のスピーチを聞いていて、ついにムカムカ、壇上に立ってこうまくし立てたそう−。

「政治に素人のアイドル評論家だけど言わせてもらいます。これでは原発など一つも止まらない。夏の参院選挙じゃ安倍自民党は圧勝でしょう。社民党はなくなるかもしれない。さっき村山元首相が『なぜ社民党は、正しいのに広がらないか』と言ってたけど、それは村山さん、あなたが自民党と組んで総理大臣になって自民を延命させ、社会党をめちゃめちゃにしたからでしょう…」と。

その年の夏、参院選で社民党は惨敗、福島瑞穂党首は辞任したわけですが、中森さんは3年後のいままた募る同じ歯がゆさを、こう表現しています−。

「下着泥棒の容疑が晴らせぬ大臣がのうのうと居座っている。これを追撃できぬマスメディアも弱ったものだ。現政権が強いというより、野党やマスコミ、リベラル勢力が単に自滅しているように見える。私はリベラル文化人ではない。反体制でも野党支持でもありはしない。現在のこの国の息苦しい空気が嫌なだけだ。」

では、どうすれば? 元朝日新聞コラムニスト・早野透さんの(新ポリティカにっぽん)に、22年前に野党連合の「細川連立政権」をつくった細川護熙元首相との間で、こんな面白いやりとりのあったことが紹介されていました−。

 早野:「あのころ、細川さんがやった政権交代劇を、いま志位さんがやろうと思っているんですよ」
 細川:「そうかもしれませんね」
(共産党の「安保法廃止のための野党連合政権」呼びかけに煮え切らない態度の民主党を念頭に置き)
 細川:「わたしが民主党だったら、わたしから共産党に呼びかけますよ」

01/19 けさの朝日新聞オピニオン欄インタビュー、精神科医・斎藤環さんのお話は、いつもながら強烈なインパクトがありました−。

18歳選挙権? 「引き下げていい理由は何一つない、むしろ上げるべきだ」。常日ごろ若者たちをたくさん診てきた人にそこまできっぱり言われてしまうと、この問題について詰めて考えることのなかった当方には、反論の材料すら見つかりません。

さらに。「成人年齢はむしろ引き上げるべきだというのが、私の年来の主張です」。こちらも、「引き下げに賛成する理由が何一つないから」だそう。そして、

「今の18歳から、選挙権や成人の年齢を引き下げて欲しいという声が出ましたか。…引き下げるのは、自立を促し、責任感を持たせたい、ということでしょう。でも、やたら自己責任論がいわれ、生活保護はたたかれる。こんなに個人がないがしろにされている国で、18歳で自立しろなんてちゃんちゃらおかしい。権利を与えるというなら、まず徹底して個人を尊重することです。それなしに公共の利益とか言いだすからうさんくさいんです」

そりゃそうだよね。ふむふむ、ここに至ってようやく、斎藤さんの言い分を理解できたかの気分。

01/18 軽井沢でのスキーバス転落事故は、犠牲者の多くが若い人ばかりだっただけに、何とも痛ましいものでした。
きのうテレビニュースで、亡くなった女子学生の母親のお話を伺いましたが、少しも取り乱すことなく整然と話されるその姿には、いたく感銘させられました−。

「…その死を無駄にしないように、皆様に…考えていただくいい機会にしていただければ娘の死も報われるのではないか…」

事故が起こるたびに、そのようなことが言われるわけですが、結局はまたそれが繰り返されることになるのはなぜなのか?
事故を起こしたツアー会社やバス運行会社のお粗末をあげつらうだけでは、何の解決にもなりません。肝心なのは、その「お粗末を招いた社会的構造的な要因」にどこまで迫れるか、なのでしょう。
そこで思い当たるのが、2000年代初頭以来の「規制緩和」の流れです。何にせよ「規制は悪」で、「緩和は無条件に善である」という風潮が広がり、そもそも何でそのような「規制」が必要とされてきたのかが問われることは稀でした。
バス業界でも、それまで国の免許制だったものが、一定要件を満たせば誰でも参入できる事業許可制へと緩和され、新規参入が相次いだといいます。
こうしてオーバーフロー気味になった貸し切りバス業界で過当競争=低価格競争が常態化し、「安全」が疎かにされてきたのは、ものの必然というものです。
しつこいようですが、ここでもまた、「生産性と効率によって失われるもの」を見ざるをえません。

01/15 いまさら「発言を撤回する」なんて言ったって、信じられますか? しかも、あれが「誤解」だなんて。開いた口がふさがりません−。

「〔従軍慰安婦は〕職業としての娼婦ですよ、ビジネスですよ。これをね、何か犠牲者のような宣伝工作にね、惑わされて過ぎてんだよね」

言わずと知れた自民党・桜田義孝衆院議員の発言です。まあ、何と無知で下劣な物言いでしょう。こんな男が次世代の教育を司る文科副大臣を務めていたとは。「一強政権党の知的レベルの反映」ということでしょうか?
その点、同じ自民党でも、昨夜BSフジで長時間インタビューを受けていた河野洋平・元官房長官の方は、高い見識の持ち主のよう−。

「党の中堅議員ですよね。中堅がこういう発言をするのはまったく驚き。全く勉強していないというか、知識がないというか。こういう時に、こういう発言を平気でするセンスは全く理解できない。あってはならないし、政治家として失格だ」

御意。ついでながら、「日韓合意成立」に対するコメントということではありますが、次の話は、何か意味深−。

「安倍総理も相当重い気持ちを持っておられたに違いない。総理と似たような考えの方々に不満が多かったわけですから…」

01/14 ようやく始まった国会論戦ですが、一強支配下、首相らの政府答弁が、日に日に傲慢で乱暴なものになっているのを痛感します。
きのうの衆院予算委員会でも、先日の「パート月25万円」発言に見られる、世間からズレた首相の感覚を追及した民主党・山尾志桜里議員に対し、「ささいなこと」だとか、「すり替え」だとか決めつけたうえ、問答無用とばかり「枝葉末節な議論はもうやめた方がいい」と言い放つに及んでは、「傲慢もここに極まれり」といった塩梅。
それにこのお方、自分に都合のいい一面だけをことさら誇張して語る癖があります。きのうも、「民主党政権時代よりも安倍政権になってはるかに、全県で有効求人倍率は改善している」なんて言って、相手をねじ伏せたつもりになっていました。
ところがどっこい、けさの東京新聞が、維新の党の水戸将史議員の発言を引くかたちで、その内実を明かしています−。

「表面的には地方の雇用が改善しているように見えるが、倍率の上昇は労働力人口の減少が原因だ…むしろ地方経済が縮小している表れで、改善したとは到底言えない」と。

そもそも「有効求人倍率」とは、求職者数に対し求人数がどれだけあるかという話。つまり「求人数÷求職者数」ですから、若者などが職の少ない地方から大都市圏へと流出してしまうことによって分母が小さくなれば、「有効求人倍率」が上昇するのは当たり前。むしろこの数値は、「地方の衰退」のバロメーターとみた方がいいのかもしれません。
ことほどさように、このお方の発言は、よーく眉に唾して聞かなければ現実を見誤ってしまいます。

01/13 きのうの衆院予算委員会の討論で、いま政府がやろうとしている「軽減税率」の重大な矛盾が浮き彫りになってきました。
「高額所得者ほど恩恵を受ける。これが何で低所得者対策なのか」と批判した民主党・枝野幸男議員の指摘は、まさにそのとおり。その根拠は、当の政府の財務省が出した試算ですから、文句のつけようもありません。けさの朝日新聞によると−、

「軽減額が最も少ないのは、年収200万円未満の世帯で、年8372円。一方、年収1500万円以上の世帯の軽減額は年1万7762円。…
1人当たりの軽減額は、年収200万円未満の世帯が年3563円、年収1500万円以上の世帯が年5104円…
全体の負担軽減額のうち、年収300万円未満の世帯に回る分は全体の10.9%にとどまり、年収750万円以上の世帯に30.1%分が回る計算…」だそう。

しかも重大なのは、その財源−。
これに必要な財源1兆円のうち、約6000億円分の手当てができていません。首相は、「税収の上ぶれ分を使うことを検討する」なんて答弁していましたが、それは、大抵の出版社が「次の企画が当たったら…」と期待をかけたり、零細出版人が「もしも宝くじが当たったら…」なんて夢と霞を食い続けたりするのと同じこと。
現に、「首相の盟友」アッソーさんですら、「(税収は)下ぶれる可能性もあり、安定的な恒久財源とは言えない」と答弁してたじゃないですか?
だいたい、「年明けから六営業日連続の株価下落」なんて、「アベノミクス」の前途に不吉な予兆が出始めているというのに、それでも「サイコー責任者」が「上ぶれ」とやらに期待をかけるとは、もはや世も末。

01/12 8日の朝日新聞オピニオン欄への作家・中村文則さんの寄稿「不惑を前に僕たちは」は、「就職氷河期」の苦い体験をさせられてきた「不惑世代」の一見矛盾した心理を、明快に解き明かしてくれました。
とりわけ01/05にこの欄で言及した、今日の日本社会の「アクロバティックな政治状況」への疑問に対する有力な回答を示してくれたようです−。

「…格差を広げる政策で自身の生活が苦しめられているのに、その人々がなぜか『強い政府』を肯定しようとする場合がある。これは日本だけでなく歴史・世界的に見られる大きな現象で、フロイトは、経済的に『弱い立場』の人々が、その原因をつくった政府を攻撃するのではなく、『強い政府』と自己同一化を図ることで自己の自信を回復しようとする心理が働く流れを指摘している」

このことは、幼児化する日本人:戦後日本の大衆心理の著者、北原惇さんが、「攻撃者との同一視」として指摘するところでもあります(同書、p.42)−。

「精神分析で知られている現象に、『同一視』という心理反応がある。これは、自分を誰か別人の立場において、その別人の立場からものごとを眺め、その別人のように考え、行動することをさす。とくに強者と弱者が存在する場合、弱者は強者と同一視する傾向がある。弱者は弱い立場にあるために不安と危険を感じ、これに対処するために強者と同一視をし、強者の立場からものごとを眺め、強者のように考える。それによって自分の弱さを忘れ、不安と危険の意識を減少または解消しようとする。」

01/08 先だって、テレビ朝日「報道ステーション」の古舘伊知郎キャスターの3月降板(Cf.12/25)が発表されたばかりですが、今度はNHK「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターも3月降板が決まったそう。
2つの「番組の顔」が同時に交代となると、この2つの放送局幹部を呼びつけて「事情聴取」をした自民党情報通信戦略調査会や、放送免許権を振りかざして「厳重注意」に及んだ高市早苗総務相らによる「あからさまな政治的圧力の効果のほど」が、いよいよ明白になってくるようです。

「クロ現を担当する大型企画開発センターは続投を強く求めたが、上層部は『内容を一新する』という方針を昨年末に決定。同センターを通じ、国谷さんにも契約を更新しない方針を伝えた」

けさの朝日新聞は問題の経緯をそう伝えていますが、昨年末の放送倫理・番組向上機構(BPO)放送人権委員会の危惧は、早くも現実と化してしまったようです−。

「民主主義社会の根幹である報道の自由の観点から、報道内容を萎縮させかねない、政府および自民党の対応に強い危惧の念を持たざるを得ない」

もしもさらに、目下、右派勢力の猛烈なバッシングに曝されているTBS「ニュース23」の岸井成格キャスターの降板なんてことまで加わるとすれば、先だってリベルタ子が心配した「どっちを向いてもアベちゃんねる」(Cf.12/25)といった、あまりにグロテスクなメディア状況が、この国に現出することになります。

01/07 お隣のキムさんがまた、危なっかしいオモチャを振り回しはじめました。ウソかホントか、仰々しくも「特別重大報道」なんて設え「水爆だっ!」と言わせているのですから、単に「危険な火遊び」で片付けてしまうわけにもゆきません。
危険物を振りかざしては交渉を迫るといった、キムさん先祖伝来の「瀬戸際外交」なるものは、自らを「地球の鼻摘み者」に貶めてしまうだけのこと。
で、そんなジョンウン青年には、金子敦郎さんの核と反核の70年:恐怖と幻影のゲームの終焉の「あとがき」から、次の言葉をお贈りすることにしましょう−。

 「『核』の支配を支えてきたのが『核抑止力』という言葉である。これを振りかざされると、黙らせられてしまうという現実がある。ジャーナリズムも個々のケースに応じた『抑止力』の具体的な中身を追求することが少ない。安倍政権が憲法違反の『集団的自衛権法制』を強引に推し進めるときにも、この言葉が多用されている。これで議論を回避できる。
 …問題の核心は人類が築き上げてきた文明を、そして人類と地球そのものを破滅させるような核兵器はいかなる理由があれ使ってはならないし、廃絶しなければならないということである。これには議論の余地はない。」

もっともこりゃ、キムさんだけに宛てられた警句じゃありませんがね。

01/06 きょうも朝日新聞メディア欄からの話題でごめんなさい。
まことに唐突ですが、さすがは名だたる経済史研究者です。岡崎哲二さんの「(読み解き経済)水木漫画の思い出」には、「ややっ、戦後日本経済史にこんなアプローチの仕方があったのか…!?」と、ただただ舌を巻くばかり。
でも、その舌がもつれるほど共感を覚えたのは、実はその上に掲載されていた「漫画家・蛭子能収さんの自由論」でした。その「自由」(Liberta)なるものに至高の価値を見出してきたつもりのリベルタ子ではありますが、いやはや参った参った、この方の「自由論」には全面降伏。ついついわが身を重ね合わせながら、熟読させていただきました−。

「好きなことをするためにはお金が必要で、その金を稼ぐ仕事の際には自由をある程度犠牲にせざるを得ない。ほんとに好きなことと仕事とは違う場合が普通だから、それは割り切らなきゃ」

なーるほど。翻ってみるに、零細出版人は「好きなことと仕事と」をごっちゃにしてきたところに、決定的な勘違い(fatal error)があったのかもしれません。

「僕が、ああ自分は自由だって実感できる瞬間って何か。それは若いころからギャンブルです。ボートレースです」

ん??? こちとらジャンボ宝くじを買って末等300円也を稼ぐのがせいぜいのところなのですが、その昔、業界の先人から聞いた「金言」を思い起こしました−。「出版屋はいつも仕事でギャンブルをやってるようなもんだから、ホントのギャンブルはやらないんだよ、アハハ…」。そう言ってくだんの先人氏は、神保町の裏通りのパチンコ店「人生劇場」の喧騒の中へと消えていったのでした。

01/05 けさの朝日新聞メディア欄、思想家・内田樹さんのインタビューは、正月休みボケの頭に喝を入れ、背筋をシャキッとさせてくれました。
いまは「地殻変動的な移行期」だとする内田さん、参院選を前に相も変わらぬ「成長幻想」を振り撒く政権を横目で見ながら、昨今の「時代の気分」を小気味よく裁断します−。

「グローバル資本主義はもう限界に来ています。右肩上がりの成長はもう無理です。収奪すべき植民地も第三世界ももうないからです。投資すべき先がない。だから、自国民を収奪の対象とするようになった。貧者から吸い上げたものを富裕層に付け替え、あたかも成長しているかのような幻想を見せているだけです」

「効率と生産性は敵だ!」などと吠え続けてきた世の拗ね者からすれば、まさに快哉。さらに、

「若い人の賃金は下がり、法人税を下げ、株の配当を増やす。株をやっている人からすれば、本来なら社会福祉や教育や医療に使うべき税金を株の配当金に充ててもらっているわけですから、こんなありがたい政権はない」

その「犠牲の羊」とされている人々の多くが実は、この政権を支えている。そんなアクロバティックな政治状況を変えられるかどうかが、いま問われています。

01/01 新年おめでとうございます。
 昨年、新年のご挨拶に掲げた「安倍政権が私たちに強いるであろう、ありがたくもない "目録" の数々」―。消費税10%へ、原発再稼働、特定秘密保護法の本格施行、米軍辺野古新基地建設、集団的自衛権の行使容認、TPP締結、そして憲法改正…
 何とそれらのほとんどが、この1年で成就しつつあることに、改めて驚きを禁じえません。とりわけ、日本国憲法が正規の手続きを踏まずに目の前で壊されていったことは、少し前には想像すらできませんでした。
 そしてこの夏、私たちはこの国の重大な正念場を迎えます。そこでの選択を誤れば、将来に大きな禍根を残すことになります。そうはさせじと、零細出版人は吠え続ける所存です。
 本年もよろしくお願い申し上げます。
2016.1.1

    株式会社 リベルタ出版