back number 2015-11(November)

北八ケ岳白駒池の紅葉(15.09)

11/30 昨晩放送のNHKプレミアムドラマ「蝶の山脈〜安曇野を愛した男〜」には、いたく感銘。
北アルプスの山々と「氷河期の生き残り」といわれる高山蝶に魅せられた写真家・田淵行男の生涯を追ったドキュドラマです。頑固なまでの田淵(平岳大)の強烈な個性、それを献身的に支えた妻・日出子(奥貫薫)らの家族愛、それに北アルプスの山々と安曇野の美しい景観が、視る者を惹きつけます。
安曇野の田淵行男記念館にはだいぶ前に訪ねたことがあるのですが、今回、生物学者としての田淵の業績を深く知ることができ、迂闊にもあのとき、もっぱら「山岳写真家」としての一面しか見ていなかったことに気づかされました。
番宣の「見どころ」に、「お金にならないことに夢中になり、生涯そのことに打ち込み続ける男がいて、男を支え続ける妻がいる。周囲からどう思われようが信じた生き方を貫く」とありました。
「何だか、どっかの零細出版人みたいだなぁ…」などとつぶやいたとたん、「田淵行男は、最後にそれが評価されるのよ!」と、連れ合いの「冷酷な自席発言」を受け止めるハメとなるリベルタ子なのでした。

11/27 昨夕、東京郊外のシネコンで映画「杉原千畝」(チェリン・グラック監督)を観ました。
そう、あの「命のビザ」で知られる外交官のお話です。ナチスの東欧侵略下、リトアニア・カウナスの領事館で、本省の意に反してユダヤ人避難民に日本を通過するビザを発行し、6000人の命を救ったというヒューマン・ドキュメント。
「反骨精神旺盛なヒューマニスト」としての杉原の人となりもさることながら、「インテリジェンス・オフィサー」(諜報外交官)というこの人のもうひとつの顔も忘れるわけにはゆきません。
領事館は、ゲシュタポのスパイやらポーランドのレジスタンス組織のスパイやら多彩な人物を抱えていたのですが、いっときに大量のビザを出さなければならなくなったとき、これらの面々までも動員してしまう杉原の度量の大きさには驚かされます。
カウナスの領事館が閉鎖されてから、杉原はベルリンの大島浩大使(陸軍中将。日独伊三国同盟の立役者で、のちにA級戦犯)の下、ケーニヒスベルクの領事館に移るのですが、ここではドイツ軍の国境集結状況から独ソ戦の勃発時期を正確に特定するのですが、その第一級情報も本省によって握りつぶされてしまいます。
このとき杉原は、「独ソ戦が始まれば日本は対米戦争に踏み切らざるをえなくなり、そして日本は負ける」と断言します。映画では、そうした見方に大島も共感したかの場面がありましたが、いくら何でも、それはにわかに信じがたい。
シネコンの音響システムのせいか、やたら音が大きすぎ、ことに銃撃や砲撃の大音声が絶え間なく鳴り響く作品なだけに、夜になっても耳鳴りがやむことがありませんでした。

11/26 「暴言・失言の福袋」、あの "マンガ副総理" がまたまたやってくれました。圧倒的な反対の民意を蹴散らして遮二無二通した「戦争法案」が、「たぶん日本の議会史上でずっと歴史に残る法案」だというのです(朝日新聞)。
立憲主義をかなぐり捨てた「目茶苦茶な屁理屈」、それを通すための乱暴狼藉からすれば、確かに「議会史上ずっと歴史に残る法案だ」と言えなくもありません。もちろん、"アッソーさん" の言わんとするところとは真逆の意味でですがね。
何でも、砂川判決から「集団的自衛権」を引き出してしまう、手品師のような自民党・高村正彦副総裁の衆院議員在職35年を祝うパーティーの席での発言だそうですから、おのずと話はこう続くことになります−。

「これひとえに高村正彦の頭脳と腕で、ガラス細工のように積み上げ、もれなく衆議院で通過させた。参議院になってぐちゃぐちゃになったんですけど、これは鴻池祥肇(参院特別委委員長)、頭脳じゃなくて力で押し切ったところがあるんですが、いずれにしても最初の構築のところが一番大事です。」

「頭脳じゃなくて力で押し切った」なんてポロッと漏らしてしまうところがまた、このお方の八方破れのキャラクターのなせる業なのですが、これを面白がってばかりもいられません。
いくらバカな話であっても、そのつどきちんと批判しておかなければ、結局バカな言い分がのちのち通用してしまうなんてことが、あまりに多いようですので。

11/25 きのう朝日新聞がスクープした「内閣法制局が、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈変更までの内部協議の記録を残していなかった」問題は、いまのところ他メディアの「後追い取材」は見られませんが、このことはもっともっと重大視されるべきだと思います。
内閣法制局・横畠裕介長官は国会答弁で「局内で議論をしてきた」と明言しているというのに、その記録が残されていない(「沖縄密約」もそうでしたが)。長年維持してきた憲法解釈の変更という重大問題についての議論の記録がないということは、これだけ重大な案件について、のちの歴史的検証ができなくなってしまうことを意味します。
内閣法制局関係者の証言を総合してみると、「局内で議論をしてきた」との国会答弁そのものの信憑性が疑われてきます。すべては自民党・高村正彦副総裁、公明党・北側一雄副代表、横畠長官の「秘密会合」で決められた、とみるのが、どうやら正解。
となると、「国のかたち」を決めるのも数人の権力者たち、国会は憲法に反して閉めたまま、おまけに「特定秘密保護法」なんていうものも、すでにある。
「法の番人」がこの体たらくならば、「権力の番人」たるメディア(もっとも、こちらは「番犬」ですが)の奮闘を期待したいところなのですが、「アベちゃんねる」の称号を授与されたNHKを先頭に、このところ権力に噛みつくどころか、吠えたてる気概も失ってしまったメディアも多い。
つい、「この国はいったいどこへ向かっているのか?」と考え込んでしまいます。

11/24 「戦争法案」を強行成立させたとたん、重要案件山積というのに国会を閉めたまま外遊に出たアベノ強シンゾー氏、途中、「忘れられちゃならぬ」とばかり頻繁に記者会見を開いては、「アベちゃんねる」丸抱えでライブ映像をダラダラ流させ、自己宣伝の場にしています。
それじゃ、この9月までの「法案」反対運動のあの盛り上がりは雲散霧消してしまったのかといえば、決してそうではありません。
SEALDs(Students Emergency Action for Liberal Democracy)のデモに触発され、毎週土曜日「おばあちゃんの原宿」として知られるJR巣鴨駅の駅頭で「戦争法反対」「アベ内閣退陣」を訴え続けてきたOLDs(Otoshiyori for Liberal Democracy)発起人のひとりの大学名誉教授・高橋正明さんの手記を読む機会がありました−。

初めは渋谷ハチ公前のSEALDs集会に顔を出したりしていた老人たち数人。そのうち「自分たちは他の人たちの努力によって準備された舞台で踊っているだけじゃないか」と思うようになり、「自分たち高齢者は、"お年寄りの街" 巣鴨でやるっきゃないだろう」ということで、あの「お年寄りの街宣活動」が始まったそう。
「大東京の片隅で、土曜日の午後、数人の老人たちが集まって、何やらよろよろ動きまわったあげく、1時間後にまた散っていく」。そんな動きがネットや新聞に載ったとたん、「高齢者世代の代表のように見られ始めて」困惑した老人たちですが、彼らの目標は、それに「触発されて、1人でも多くの人が自分で行動を起こし始めること」でした。つまりは「触媒作用」というわけで、それを可能にしたのがインターネットなのでした。
なお、OLDsは9月には解散するつもりでしたが、10月以後も活動を継続することにしたそうです。怪しい老人たちはきょうも行く。

11/19  けさの東京新聞「首相、辺野古移設『確固たる決意』/南シナ海への自衛隊派遣も『検討』」にはビックリ。
マニラで開かれていたAPEC首脳会議を終えた日米両首脳が会談。国会を閉めてしまったのをいいことに(?)、しめしめ首相は言いたい放題−。
名護市辺野古の米軍新基地建設については、沖縄県や沖縄県民の強固な反対なぞ何のその、「粛々と…」じゃありません、「確固たる決意で進める」と言いきっています。つまりは、「沖縄の声よりも日米合意を優先させる」という話なのですが、オバマ氏はこれに「謝意を示した」そうです。
そしてさらに聞き捨てならないのは、「南シナ海での自衛隊活動は情勢が日本の安全保障に与える影響を注視しつつ検討する」との発言。つまりは、9月に「戦争法案」を通したので、それを「国際社会の平和と安定に一層貢献していくための、新たな協力の序章にし」、自衛隊派遣も検討しましょう、というわけです。
これに対しオバマ氏は、「戦争法」の成立に「心から祝意を表し」、「歴史的業績だ」とまで持ち上げたそう(毎日新聞)ですが、こんな大事なことをぺらっぺらしゃべる人間を信用できます? みなさん。
自国の民意をないがしろにし、ひたすら、どこまでも「米国の忠実なしもべ」であり続けることに自らの存在意義を見出している、そんな人間のことをウヨクのみなさんは、「売国奴」って言ってたんじゃないかしら。

11/19 「どこへ出しても恥ずかしい男」が会長の座に就いてからというもの、公共放送NHKの報道は、いよいよ政権べったりの姿勢をあからさまにし、ついには「アベチャンネル」なぞという不名誉な称号を視聴者から賜ってしまう始末。
ところで、NHK全国退職者有志が「公共放送NHKは、民主主義社会を支える言論機関として、政治権力に追随するのではなく、『国民の知る権利』に応える姿勢を明確にする」ことを求めた手紙を会長以下理事・幹部役職員230名あまりに出したことは、以前この欄でも紹介しました(Cf.10/01)。
それと同時に立ち上げた「手紙への賛同署名」(「NHKを『アベチャンネル』にするな! 籾井会長は即刻辞任せよ!〜NHK全国退 職者有志の手紙に賛同を〜 」)が、このほど約4000筆に達し、本日、くだんの会長に届けることになったそうです。
そんなとき、先ごろ放送倫理・番組向上機構(BPO)が、NHK「クローズアップ現代」のやらせ問題に関して、意見書を出していますが(Cf.11/10、11)、そのBPOの真意について、ジャーナリストの隅井孝雄さんが、近刊本の「あとがきに代えて」の中で、次のように書いています−。

「BPОの『意見書』の最後の部分は次のように述べた。『不祥事が起きると制作現場の管理が必要以上に強化され、事件の真相に迫る取材活動が萎縮する、そうしたことのないような〔NHKの〕配慮を期待する』。
 また、4月28日の『クローズアップ現代』で番組自身が行なった検証放送を引用し、『自律的な検証の姿勢と真摯さは十分評価されるべきだ。番組の活力がそがれることなく、キャスター(国谷裕子)の言葉どおり、社会の真実に迫る意欲的な番組が今後も生み出されていくことを強く期待する』と締めくくった。放送倫理の検証にあたった川端和治委員長ら12人の委員の温かい眼差しを感じる。
…放送局を呼び出し、あるいは厳重注意の文書を送りつけた政府・与党こそが憲法、放送法に違反しているのだ。今回のBPО『意見書』は、政権に対して警告を発したものといえよう。」

11/18  名護市辺野古沿岸の埋め立て承認を取り消した沖縄県に対し、処分撤回の代執行を求めて、きのう国が翁長雄志知事を福岡高裁那覇支部に提訴しました。
「沖縄の民意」を再三再四、乱暴に踏みにじる国のやり方は決して見過ごすわけにはゆきません。だいたい、「行政不服審査法」を使って国が国に(防衛省が国交省に)「承認取り消し執行停止」を求めたときには、「私人」(!)としてお伺いを立て(Cf. 10/15, 27, 28, 29)、今度は「国」として提訴する−。そんな「ご都合主義」がまかり通るとは、「お上みずから法治主義をかなぐり捨ててしまった」ことにほかなりません。
「代執行提訴/指弾されるべきは誰か/片腹痛い政府の主張」と題するけさの琉球新報社説は、次のように怒りをあらわにしています−。

「それにしても政府が知事を訴えるとは噴飯物だ。行政不服審査法を恣意的に解釈して法の原則に反し、沖縄の選挙結果を無視して民主制にも背いたのは誰か。指弾されるべきはむしろ政府の方だ。」

この訴訟、始めから「国が勝つ」との見方が多いよう。だが、きのうの記者会見の最後に「司法判断が出た場合、矛を収めて政府と対話するのか、なおあらゆる手段で闘うのか?」と問われた翁長知事の答えが素晴らしい(けさの毎日新聞)−。

「私に質問するより政府に聞いた方がいい。政府が負けた時は辺野古はやめるんですね、と聞いてほしい。私たちは正しい権利の主張をしている」と。

11/17  7〜9月期の国内総生産(GDP)が、4〜6月期に続いて2期連続のマイナス成長になったそう。
原因はもっぱら「中国経済の減速」が言われますが、果たしてそれだけか? 第2次安倍政権発足とともに華々しく打ち上げられた「アベノミクス」、その推進力とされた「異次元の金融緩和」なるものは、いったいこの国の経済に何をもたらしたのか?
その失敗の総括もなしに、またまた打ち上げられたのが「新3本の矢」。今度のキャッチフレーズの第1は「強い経済」、そう「GDP600億円」でした。ところがこれを実現するには、毎年実質2%の成長が必要との皮算用。っていうことは、これもどうやら「絵に描いた餅」、つまりは「ただの法螺話」に終わりそう。
そんなことを考えていたら、ジャーナリストの田中宇さんが、もっと恐ろしい話を書いていました−。

「日本は、世界でもっとも急速に貧富格差が拡大している国になっている。…QE〔量的金融緩和〕や消費増税が格差増大と貧困層の窮乏拡大を引き起こしているが、QEや消費増税を決めた時期、安倍の支持率は非常に高かった。多くの日本人が、政府やマスコミや金融界の経済プロパガンダシステムにだまされ、自分たちが支持した安倍によって生活を悪化させられている。日本人の多くは、このことにすらまだ気づいていない。
 …長期的に見て、日本の大半の人々の生活は今後ますます悪化する。その一つの要因は、いずれ起きる金融財政の崩壊だ。」

11/16  またまたパリで凄惨な無差別テロが起こってしまいました。
同じようなニュースを繰り返す「アベちゃんねる」の画面に、トルコ・アンタルヤに外遊中の「ご主人様」が登場されたところで、BS1スペシャル「戦争を継ぐ〜山田洋次・84歳の挑戦」にチャンネルを換えました−。

番組は、山田洋次さん自らが「監督人生でほとんど最後に近い映画になる」と言う作品 「母と暮せば」の制作現場を密着取材。「あの日」をどう描き出すか最後まで深く煩悶しつつ、老体に鞭打ち、戦争体験のない俳優たちに事細かな助言をされる山田監督の執念を浮き彫りにします。
舞台は敗戦直後の長崎。8月9日の原爆で医大生の息子を失った母(吉永小百合)のところへ息子の亡霊(二本足のついた「嵐」二宮和也)が現われる。それに、「生き残ってしまった」ことを悔み続ける息子の恋人(黒木華)も加わって、観る人の想像力を最大限掻き立てながら、「あの日の真実」に迫ろうとします。
この作品は、広島を舞台にした作家・井上ひさしさんの戯曲「父と暮せば」の、いわば姉妹編。井上さんが「長崎を舞台にした戯曲」を構想しながら、タイトルだけしか遺さなかったものを、山田さんが引き継いだかたち。病床から復帰したばかりの坂本龍一さんが担当した音楽も素晴らしい。
何事にもこだわり、徹底的に究めようとする山田監督の姿勢には深く感銘させられました。

11/13  先日、テレビ番組への政府・自民党の介入を批判したBPO放送倫理検証委員会の川端和治委員長(Cf.11/10)がけさの朝日新聞インタビューに登場、「放送法を根拠にした放送への政治介入は認められない」と、改めて毅然とした反論をしています。
NHKに「厳重注意」した高市総務相や、自民党の事情聴取を「当然」とする安倍首相らは、放送法第4条を政治介入の正当化に使っているようです。
ところが、この条項が謳う「公安及び善良な風俗を害しない」「政治的に公平」「報道は事実をまげない」「意見が対立している問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」といった基準が「取締りのための法規範」などではなく、「倫理規範」だというのは、これまでの定説。
そのことは、少しでもこの法律の成り立ちをひも解いてみれば明らかなこと。でも、物事を深く考えることをせず、すぐさま安直な結論を引き出してしまうのが、首相以下この内閣の面々の悪しき性癖。それが、「アベ政治」と総称されるものなのでしょう。
川端さんは、こう述べています−。

「戦前の日本の言論統制に対する反省から、政治権力が直接規制を加えることがあれば、表現の自由を保障する日本の憲法のもとでは問題があるという意識は皆持っていた」
「〔1950年に同法が国会に上程された際の趣旨説明でも〕『放送番組に対する検閲、監督等は一切行わない』と述べていた」と。

安倍氏は、「〔NHKの〕予算を国会で承認する国会議員が事実を議論するのは当然」などと開き直っていますが、「じゃあ何で、民放のテレ朝まで呼びつけたんだ!?」と、つまらぬ突っ込みを入れたくもなります。

11/12  そして、今月5日の「NYタイムズ」社説も見逃すわけにはゆきません。日本政府が辺野古埋め立ての本体工事を強行したことに対し、同社説はきっぱり「沖縄県民の意思を否定している」と断じています−。

「暴徒対策用の装備の警官隊が、お爺さんやお祖母さんたちを引きずっている。抗議の人たちは互いに腕を組み、米軍車両の前に身を横たえている。…日本と米国は自分たちを平和、人権、民主主義を約束する国家だとしているが、そのような言い分がいま試されている」と。

相手のアメリカ人たちですらそんな心配をしているというのに、日本政府は「問答無用」とばかり「粛々と」(=平然と)代執行手続きをごり押ししています。
「不都合な真実」の追及を恐れ臨時国会を開かず、申し訳ばかりに開かれたきのうの参院予算委員会閉会中審査。短い持ち時間の制約の中での社民党・福島瑞穂さんの質問が、ただ虚しく議場に響き渡りました−。

「嫌だ、嫌だ、嫌だと言っているのに、なぜ強行するのか?」

それでもこの国は「民主主義国家」なのか!?

11/11  おとといの琉球新報に、1993〜96年に駐日米大使を務めたウォルター・モンデール氏への単独インタビュー記事が掲載されました。
在任中、95年の米兵による「少女暴行事件」があり、その翌年、橋本龍太郎首相とともに普天間飛行場返還の日米合意を発表したキーマンの証言だけに、大変重いものがあります。
琉球新報の伝えるところによると−、

「モンデール氏は米軍普天間飛行場の移設先について『われわれは沖縄とは言っていない』と述べた上で『基地をどこに配置するのかを決めるのは日本政府でなければならない』との考えを示し、移設先は日本側による決定であることを強調した。名護市辺野古移設計画については『日本政府が別の場所に配置すると決めれば、私たちの政府はそれを受け入れるだろう』と述べ、米政府が計画見直しに柔軟な姿勢を取る可能性にも言及した。」

つまり、「県内移設」という話は日本側の要望だったということになります。事実、元大使はこうも語っています−。

「彼ら〔日本側〕はわれわれが沖縄を追い出されることを望んでいなかった」と。

「辺野古新基地建設問題は沖縄差別問題である」ことが、いよいよハッキリしてきました。

11/10  NHK「クローズアップ現代」のやらせ問題に関して、放送倫理・番組向上機構(BPO)が意見書を出し、番組の「重大な放送倫理違反」を指摘するとともに、これに対する高市総務相の「厳重注意」など、政府・自民党の番組介入を毅然として批判しました−。

「行政からの指導、それも総務大臣という、放送行政で許可権限を持っている人がそういうことをする。非常に問題がある」(BPO放送倫理検証委員長・川端和治氏)。

きわめて真っ当な見識です。ところがこれに対し、きのう政府・自民党の側が、「放送を所管する立場から必要な対応を行った。指摘はあたらない」(菅官房長官}、「報道の自由があるからといって、やらせに一切口をつぐむのが良いとは思わない」(自民党・谷垣禎一幹事長)と相次ぎ「反論」、言論への介入にいささかも抑制的でないことを露呈しました。
こんなとき政府・自民党の側が毎度持ち出してくるのが、放送法第1条2項「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保する」なのですが、憲法に対するのと同様、この政権はこれを都合よく「主客転倒」させてしまうのです。
けさの東京新聞社説にはこうあります−。

「この原則を守るよう求められるのは、公権力の側であるはずだ。BPOも同じ見解だ。
 権力は放送を自在に操りたがる欲望を潜在的に持っているため、法で放送の『自律』を保障しているのだ。『不偏不党』の言葉も放送局の義務ではなくて、公権力に向けられている。権力の干渉を防ぐためだ。歴史を見れば、強権が『真実』さえ、ねじ曲げることがあるのは自明の理であろう。」

そういうことなんです。

11/09  辺野古新基地建設をめぐる沖縄と国との対立は、もはや抜き差しならぬところにまで立ち至ってしまいました。
とりわけ米軍キャンプ・シュワブ前に警視庁機動隊が投入された、この4日の出来事は、問題の今後を暗示するかのようです。5日の『沖縄タイムス』によると−、

「怒りの矛先は強硬姿勢の政府にとどまらず、戦後70年たってなお抗議行動に明け暮れる沖縄を知らない『ヤマト』にも向かい始めた。市民は目の前の警視庁機動隊に積年の怒りをぶつけるように声を張り上げた。『ここは沖縄だ』」

このことは、問題がもはや単なる「基地問題」に止まらず、沖縄への差別と偏見に満ちた「ヤマト政府との全面対決」(沖縄平和運動センター・大城悟事務局長)へと転化していることを示しています。
そして、『週刊金曜日』の「沖縄」特集(11/06号)で読んだジャーナリスト・安田浩一さんの次の文章(「沖縄とヘイトスピーチ」)には、強い共感を覚えました−。

「日本政府は、国境の無人島には『主権』を声高に唱えてナショナリズムを煽る一方、人が住み、人の営みが存在する島が外国の軍隊によって『主権』が奪われている現実を、放置しているのだ。…
 危機にあるのは安全保障ではない。沖縄の主権と人権である。そしてひとつの地域が『強権』に脅かされていることを容認したとき、きっと社会全体が壊される。」

11/06  けさの朝日新聞オピニオン・インタビュー、「野党を研究する政治学者」北大教授・吉田徹さんのお話は、とても知的刺激に富んでいました−。

「そもそも『野党』という言葉は、明治期に一般的になった『在野党』から派生したもので、権力にあずかっているか否かという『引き算』によって定義されている。日本では最初からマイナスイメージがついて回ります」
「英語で野党は『オポジション』、原義は『対抗(勢力)』。能動的で、むしろ積極的な意味を持っています。…野党は、民主政治の維持と発展のために不可欠だからという思想が、広く社会に受け入れられている」

なーるほど。「二大政党制」の評価は別として、吉田さんの「オポジション」論には諸手を挙げて賛成。そして次のお話は、「ヘテロを許容できない社会や組織は腐る」という、前にもここで紹介させていただいたリベルタ子の確信的主張とも重なります−。

「組織や政策が行き詰まった時、全員が右を向いていたら方向転換できません。右を向かない人間を抱えて多様性を確保し、違う道を進めるようにしておくほうが集団は生き残れる。野党は、既存制度がダウンした時のバックアップシステムのようなものです」

そんな視点から見直すことができれば、日本の政治も社会も、いくらかマシなものになるのかもしれません。

11/05  時同じくして長崎で開かれていた、核兵器廃絶を目指す世界の科学者組織「パグウォッシュ会議」が、「核燃料サイクル」計画など日本の原子力政策に対する強い懸念を表明しています。
海外の科学者たちからすれば、とうに破綻が明白になっているこの計画に、日本がなぜいつまでも固執しているのか皆目わからない、ということでしょう。
プルトニウムの分離はコストが高く、経済的にペイしません。だいたい「夢の原子炉」とか謳われた「もんじゅ」も、20年前のナトリウム漏れ事故以来、「ろくな知恵も出せずに」頓挫したきり。
何せ10兆円もかけて稼働期間はわずか250日ですよ。ってことは、1日いくら? と計算しようにも、手元の計算機では「10兆」を受け付けてくれません。やっとのことで算出した答えが、「400億円」(たぶん)! これだって零細出版人には、万札を積み上げてどのくらいの高さになるのか見当もつきません。
それに一番の疑惑は、核兵器への転用も可能なプルトニウムを、日本がなぜせっせと溜め込んでいるのか? ということです。
折しも、あの原子力規制委員会すら愛想をつかしてしまった格好の「もんじゅ」です。こんなもの、さっさと廃炉にするしかありません。
もっと深く究めたい向きには、どうするプルトニウムをお薦めいたします。

11/04  2日の国連総会第1委員会(軍縮・安全保障)で、日本提出の核兵器廃絶決議が156カ国の賛成で採択されました。朝日新聞によると、その骨子は以下のとおり−。

◇すべての国が核兵器の全面的廃絶への共同行動をとるとの
 決意を新たにする。
◇核保有国に透明性を向上する努力と、核軍縮に関する頻繁
 で詳細な報告を促す。
◇指導者らの被爆地訪問など、核の非人道的影響の認識を広
 げる取り組みを促す。

一応、採択されたとはいえ、この程度の生ぬるい決議案ですら、中国、ロシア、北朝鮮の3核保有国が反対、米英仏の核保有国ら17カ国が棄権という惨憺たる有様。「核廃絶はまた遠のいた」ということでしょうか?
一方、オーストリアなど非核保有国グループが推進した、核廃絶への法的枠組みの強化を求める「人道の誓約」決議案も、128カ国の賛成で、これまた一応は採択。しかし、こちらの方は核保有国ばかりか、ドイツやオランダなどのNATO加盟国も反対、日本は棄権しています。
日本の棄権は、「唯一の被爆国」として核保有国と非核保有国とを仲介する「日本の立場と整合が取れなかった」からだそうです。でも、本当の理由は「米国の核の傘」の下にあるからに違いありません。

11/02  きのうの朝日新聞オピニオン欄「データを読む 世論調査から:内閣支持率上昇 戻った『弱い支持』」から−。

「世論の反対が強い安全保障関連法の成立に突き進んだ結果、安倍内閣の支持率は30%台半ばまで落ち込んだが、内閣改造を経た今月の調査で支持率は41%まで上昇した。一方、安保関連法への反対が半数程度を占める状況は、依然として変わっていない。データをみると、経済政策への期待感が背景にあることが浮かび上がる 。」

なーるほど。「でも、それだけ?」
さきごろの「TPP大筋合意」を承けて、「輸入品が安くなるので家計にプラス」といった上っ面をなぞるような報道が横行するのを見て、またしてもマスメディアの不甲斐なさを思ったのは、リベルタ子だけではなかったようです。
『週刊金曜日』10月30日号「メディア一撃」でジャーナリスト・山口正紀さんが、大手メディアのTPP報道の手ぬるさを衝いています(「タブーになった?TPP批判」)−。

「20日付『朝日』1面《内閣支持率41%に上昇/本社世論調査/TPP賛成は58%》という状況を作り出したのはだれか。
 農業、食糧自給率、食品添加物、ISD条項(投資家・国家間の紛争解決)、医療保険などへの影響…。メディアが検証し、報じるべき問題は山ほどある。」