back number 2015-04(April)

高遠城址公園の江戸彼岸桜(15.04)

04/30 わが家では、TVニュースに「アベノ強シンゾー」氏が登場したとたん、突然音声が消されたり、ときにはチャンネルまで変えられたりしてしまいます。私としては、その男が何を言っているのか聞いておきたいのですが、それが叶わず、いつも新聞で知ることになります。
けさの朝日新聞には、「鳴り物入り」で騒がれてきた米議会演説が、全文掲載されています。しかもご丁寧に英文対訳つきでしたので、ついつい、全文に目を通してしまいました。
すると、のっけからびっくり。なんと「敬愛するおじいちゃま」岸元首相の58年も前の米議会演説の引用から始めているのです。「日本が、世界の自由主義国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」ですって!?…ハァ。
岸信介といえば、「昭和の妖怪」と呼ばれ、国会で強行採決を連発するなど、およそ「民主主義の原則と理想」からは最も縁遠いと考えられてきたご仁じゃないですか。もっとも、何の衒いもなくそんなことを言えること自体が、「妖怪のDNA」のなせる業なのかもしれません。
で、1カ所だけ笑えたのは、「Abe」は「エイブ」じゃない、というくだり。いやべつに、スピーチライターの駄洒落に感心したわけじゃありません。彼の国では「農民大工の息子が大統領になれる」ことを持ち上げたつもりのようなのですが、ご自分を始め「2世」「3世」ばかりが闊歩する日本の政治風土をそっちのけにして、自らをリンカーンと並べ立て、白昼堂々そんな寝ぼけ話を公言できるあつかましさに笑えた、というわけでした。

04/28 安倍首相訪米に合わせ、NYで開かれた日米外務・防衛閣僚会合(2プラス2)で、日米防衛協力指針(ガイドライン)の再改定に合意。
またこれに合わせて東京では、安全保障法制に関する自民・公明の「ヨトウムシ協議」が、そそくさと「実質合意」したそうです。すべからく、この日に向けて演じられてきた「田舎芝居の千秋楽」です。
だいたい、このいかがわしい「協議」からしてが、いかなるときに「集団的自衛権」を行使できるのか、明確な「合意」ができているとは言いがたい。
まっ、「ヨトウムシ」諸君のことなぞどうでもよろしい。肝心なのは、国会で何の議論もなされていないというのに、日米両政府の間で日本国憲法をないがしろにする重大な改変が、既成事実的に進められていることです。
これが「民主主義」を標榜する国の「流儀」なのでしょうか?
それでもこの国は、「独立国」と言えるのでしょうか?

04/27 TBSの金平茂紀さんが、24年前のモスクワ特派員時代の体験を引きあいに、「面白くてためになる話」をしています(毎日新聞、4月24日夕刊「週刊テレビ評」)。
24年前の夏のモスクワといえば、クーデタ騒ぎが起こって、坂道を転げるようにソ連が崩壊へと向かっていった転換期。それまで政権の言うがままの報道をしてきた国営テレビの会長が解任され、公開の場で責任追及されました。
その一部始終を見た金平さんは、「御用放送人の末路は必ずこのようになると確信した」そうです。
さて、金平さんのコラムのお題は「テレビに政権があられもなく介入した国の末路」です。とくれば、何を言わんとするかは、推して知るべし−。

「僕らの国にも放送法があって、報道の自由、言論の自由が守られている(はずだ)。それらの法律は、戦前・戦中の暗黒時代の反省の上に、究極的には国民の知る権利を守るために作られた法律だ。その放送法を盾に、政権党が個別番組の内容に絡んでテレビ局幹部を呼びつけ『事情聴取』した。僕は、ああ僕らの国はあのソ連時代に向かっているのかと思った。来日中のポール・マッカートニーなら『バック・イン・ザ・USSR!』と皮肉まじりにシャウトするだろう。でも、笑えないな。ソ連は滅びた。」

そう、このままじゃ、ニッポンも滅びちまう!

04/24 久しぶりにお顔拝見。テレ朝「報道ステーション」のコメンテーターを「降板した」恵村順一郎さんです。登場したのは、けさの朝日新聞「オピニオン」欄のコラム「社説余滴」。

「言論の自由は、そしてあらゆる批判精神は、指の間から漏れる白砂のように、静かに、音もなく、しかし確実に、失われつつあったのである。その結果がどこへ行き着いたかは、いうまでもない」

加藤周一さんの『夕陽妄語』「報道三題」の中の、とても印象的な文章です。恵村さんは、加藤さんのこの「第三の寓話」を引きながら、自民党によるテレビ局幹部呼びだしと、福島瑞穂参院議員の国会発言修正要求問題を批判します。
2・26事件から真珠湾攻撃にかけて、「日常の生活に大きな変化はなかった」あの時代。冷徹な加藤さんは、報道や言論の表面にあらわれた「一見おだやかな、なしくずしの変化」の中にも、「特定の方向のあること」を感じとっていました。そしていままた、似たような世相がやってきたようです。
「目に映る話は大きくないかもしれない。けれど、その底流にこそ目を凝らしたい」−。そんな恵村さんの「ジャーナリスト精神」に、心からのエールを送ります。
そして、加藤さんが書かれたように、「この道はいつか来た道」を言うだけでなく、「そうではなくするために」いま私たちは何をなすべきか?を考えたいと思います。

04/23 最近とみに、物忘れが気になるようになりました。先だっても、3・11のとき、民主党の枝野幸男さんが何と言っていたから「言うことなすこと気にくわない男」だと思ったのか、必死に思い出そうとしたのですが、どうにも正確な表現が出てきません(cf. 04/20)。
それがきのうの「官邸のドローン騒ぎ」で、突然シナプスがつながりました。あっそうか、「直ちに人体に影響を及ぼすレベルではありません」でした。
あれだけ「耳タコ」のように聞かされたフレーズでしたが、4年もたつと人間、すっかり忘れてしまうのですね。
で、その頃、官邸の主はバンドンで「戦後70年のリハーサル」らしきことをやっていました。
しかし、やはりと言うべきか、先日のテレビでの「予告編」どおり、「先の大戦の深い反省」は言っても、「心からのおわび」はしません。歴史的なバンドンでの国際会議だというのに、「植民地支配」に触れることすらありませんでした。「侵略」に至っては、60年前の「バンドン宣言」を引くだけで、肝心の「日本の侵略」については頬かむり。
こちらの方は、相当深刻な健忘症ぶりだと言えましょう。これでは、ニッポンが「先の大戦」の何に、どう「深い反省」をしているというのか、さっぱりわかりません。
心にもないことをペラッペラやっても、相手の心を打つことはありません。誠意のない言葉が人々の心に届くことなど決してありえないことを、知っておくべきでしょう。

04/22 インハイの速球で打者をビビらせておいて、次のボール球でアウトカウントを稼ぐ−。野球ではすっかりおなじみの投球テクニックです。
昨今の政治の世界では、これが何とも面白いように引っ掛かる。まるで「ダボハゼ釣り」のように。片や引っ掛けるのは、狡猾この上ないジミントー・高村投手、見せ球にたじろぎ毎度毎度、文字どおり手玉にとられ、「三振の山」を築いているのが、「ヨトウムシ」ことコーメイトー。
「ヨトーキョーギ」なる田舎芝居の、そんなバレバレの筋書きには、そろそろ「観客」の方も飽きがきてるのじゃないかしら。
それでも、またまた飽きずにやってくれました。客寄せの呼び込み口上は、「例外なき事前承認」だそうです。
「例外なき」なんていうと、「すべからく国会事前承認を求めます」ってな殊勝な話にも聞こえるわけですが、そこがそうならないのが「田舎芝居」の「田舎芝居」たる所以。いろいろな「抜け道」が、あらかじめ埋め込まれているのです。
「事前承認」を求められるのは、他国軍の支援に自衛隊を随時派遣できるようにする恒久法「国際平和支援法」(ケッ!?)だけのこと。「重要影響事態安全確保法」(ケッ、ケッ!)の方は、「原則、事前承認」ということで、ちゃっかり「事後承認」の余地を残しています。
要は、時の権力者が「これは重要影響事態だ、大変なのだっ!」と叫べば、何の縛りもなく、いつでもどこでも即、自衛隊を派兵できるってな話なのです。
いい加減、もう騙されちゃいけません!

04/21 「歴史認識は〔村山談話の〕基本的な考え方を引き継いでいくと言っている以上、もう一度書く必要はない。…同じ言葉を入れるなら、談話を出す必要はない。名前だけ書き換えて、コピーして渡せばいい」(東京新聞より)。

何と乱暴な物言いでしょう!? この夏発表予定の「戦後70年談話」には、「国策を誤り」も「痛切な反省」も、「植民地支配と侵略」も「心からのおわび」も入れないと、首相本人が断言したということです。このニュースは、もっと大きく報じられていい。「驕れる絶対権力者、本心露呈」といったところです。
そもそも、「積極的平和主義」なるものを標榜しながら、次々「戦争法案」(!)を量産したり、毎度毎度「丁寧に説明する」と言いながら聞く耳持たず、平然と既定方針をゴリ押ししたりするようなご仁です。そんな男がいくら、「基本的な考え方を引き継いでいく」などと口走ったからといって、にわかに信用されるはずもありません。
だからこそ人々は、「50年」「60年」のときの言葉たちがどのように扱われることになるのか、注視してきたのです。
肝心の「作文」は、お友達の「家庭教師」たちにお任せのようですが、これが最終的な結論だとすれば、近隣諸国との関係が最悪の局面を迎えることになるのは必至。

04/20 政権党の「呼びだし」を喰らった2つの放送局は、「放送の自主・自律を堅持し、毅然たる態度を貫く」ことなく、のこのこ「出頭」に及んでしまいました。
で、呼びだした方はますます増長、BPO(放送倫理・番組向上機構)への申し立てを口にするだけでなく、このさい当のBPOに「政府側の人間や官僚OB」を送り込み、これを権力の言うがままの組織へと改変しようとする目論見まで公言する始末。
「"一強体制" は権力者をかくもつけ上がらせてしまった」ということです。

「自民党のやっていることは、…『ちょっと気にくわないから体育館の後ろに来いよ』って呼び出すみたいなもんです。…ボコボコにされるのがわかってるくせに、のこのこついて行くのもついて行くほうだという話です。…報道機関としての矜持がない。こういうことは、きちっと声をあげていかないといけません。
 自分に都合の悪い報道をしたから、公然と呼び出して圧力をかける。…普通は恥ずかしくてできないですよね。うっぷん晴らしですよ。…政治が右傾化するというレベルではない…、社会が幼稚化している象徴だと思っています。
 自民党は、福島みずほさんの国会での発言を自分に気にくわないことがあるからそんなのは取り消せ、と小学生のガキみたいなことを堂々とやっています。ちょっと、社会人としての水準が低すぎる。」

民主党の枝野幸男幹事長が、きのうそう述べたそうです(朝日新聞)。このお方、3・11のときは、言うことなすこと気にくわない男でしたが、今回はまったく同感。
そう、「日本社会の幼稚化」は、ついにここまで来てしまったのです。

04/17 きのう述べたように、この間の「政府・自民党のメディア干渉」には目に余るものがあります。
そもそも権力者が、放送法第4条(「報道は事実をまげないですること」)を振りかざして、放送事業者にわざわざ「公平」やら「配慮」やらを「要望する」ことがいったい何を意味するのか、よーく考えていただきたい。
「お上」(総務省)から5年ごとに「免許」を交付してもらわなければならない民放、毎年予算案を国会承認してもらわなければないNHkのことです。それが「圧力」となって、つまらぬ「忖度」や「自粛」を生み出すことになるのは、ある意味ものの道理、と言えなくもありません。
だからこそ、放送法3条(「番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」)があるわけですが、「干渉好きな権力者たち」は、こちらの方には都合よく頬かむり。
きのう緊急声明を出した「放送を語る会」、日本ジャーナリスト会議などの市民団体は、次のように訴えています−。

「一連の自民党の行為は、放送法第3条に違反し、表現の自由(憲法21条)を脅かし、日本の民主主義を危うくする行為であり、断じて許されない。
 私たちは、自民党が政権党としての自制と矜持を取り戻し、17日のNHk、テレビ朝日からの意見聴取を直ちに撤回し、放送法、憲法を遵守するよう強く求める。
 併せて…メディア各社にも、放送法、憲法の精神に立脚し、放送の自主・自律を堅持し、毅然たる態度を貫くよう求めるものである。」

04/16 「メディアへの政府・自民党の圧力攻勢」が、いよいよ露骨になっています。
先だってテレ朝「報道ステーション」の中で、元経産官僚・古賀茂明さんが「官邸の圧力」をぶちまけて衝撃を与えたばかりですが、さっそくこの件などを捉え、自民党の情報通信戦略調査会(川崎二郎会長)が、テレビ朝日とNHKの幹部を呼びつけ、事情聴取することにしたそう。
けさの朝日新聞「ニュースQ3」で、当の古賀さんがこの間の事情を明かしています−。

「〔テレビ局側に〕政府批判を自粛するムードが広がっている。背後には政権与党の〔テレビ局への〕圧力と懐柔があると考えている。この二つを伝えたかった」と。

そして、昨今の「権力とメディア」の関係についての以下の分析は、さすがお見事−。

「第一に権力が圧力と懐柔でマスコミを抑え、第二にマスコミのトップが戦わなくなり組織全体として自粛し、第三に、現場の記者らが問題意識さえなくしてしまう… 今は第三段階の入り口まできており、危機感を抱いている」

これほどあからさまな権力の圧力と干渉に対し、何の抵抗も試みず唯々諾々と付き従うかのメディア企業幹部は、自らの拠って立つ基盤を掘り崩していることを、深く恥じなければなりません。

04/15 関電が「原発再稼働二番手」を狙っていた高浜原発3、4号機ですが、福井地裁(樋口英明裁判長)はきのう、これを禁じる仮処分決定を下しました。けさの東京新聞によると、決定の骨子は以下のとおり−。

▼高浜原発3、4号機を運転してはならない。
▼想定を超える地震が来ないとの根拠は乏しく、想定に満たない場合でも冷却機能喪失による重大事故が生じうる。
▼使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込むなどの対策がとられていない。
▼原子力規制委員会の新規制基準は合理性を欠き、適合しても安全性は確保されていない。
▼原発運転により、住民の人格権が侵害される具体的な危険がある。

実に画期的な決定です。なによりも、原子力規制委員会の「新規制基準」の中身にまで踏み込んで、その手ぬるさを指摘したことは大きい。
しかしこれは、決して跳ね上がった考えではありません。思い出してもいただきたい。当の規制委員会の田中委員長ですら、おそらく動機は責任逃れなのでしょうが、「規制委員会はあくまでも、それが基準を満たしているかどうかを判断するだけで、『安全だ』と言っているわけではない」と発言していたことを。
ですから、政府や規制委員会、電力会社の面々が、二言目には口にする「世界で最も厳しい」などという決まり文句は、とんでもない虚言なのです。
蛇足ながら、ボキャブラリー貧困なあの官房長官氏は、今回もまた「シュクシュクと…」なんてやっていました。「沖縄」でもそうでしたが、これは「司法の雑音なぞ気にかけず、遮二無二再稼働を進める!」との、「三権分立無視の決意表明」に違いありません。

04/14 安倍政権が、またまた新手のボールを投げつけてきました。戦争をしている他国軍の後方支援をするための恒久法の名称を「国際平和支援法」とするのだそう。
こりゃもう「ブラックユーモアの世界」でしかありません。だって、遥か遠方まで出かけて派手にドンパチやってる「他国軍」(ハッキリ言えば「米軍」)を支援するってことなのに、それが何で「国際平和支援」なんて言えるのでしょう?
そればかりではありません。現行の「周辺事態法」から地理的制約を取っ払って、グローバルに米軍を支援できるようにするのが、「重要影響事態安全確保法」だそうで、これだってハッキリ言えば、「たとえ火の中、地球の裏側、米軍のお供どこまでも」ってな話です。
そして昨年7月閣議決定の「武力行使の新3要件」に当たる事態は、「存立危機事態」などと命名して、「武力攻撃事態法」に流し込む…。
もう何もかも目茶苦茶。けさの朝日新聞「わたしの紙面批評」で北大の中島岳志さんが言うように、国民の多くが「もはや何が分からないのかすら分からない」状態に陥ってしまって当たり前。
これは別に、「自公協議」にご出席あそばされる方々が、混乱に混乱を重ね、訳が分からなくなってしまったからじゃありません。むしろ、「国民が漠然とした消化不良に置かれる中、その隙に強引にまとめてしまおうという戦略が進んでいる」というのが、事の真相。

04/13 情けないほどの低投票率となった知事選は、原発立地自治体でも「原発」が問われることがほとんどなく、現職が危なげなく当選。いわんや「沖縄問題」が口の端に上ることすらありませんでした。
そんな「本土」の体たらくを、沖縄はどう見ているのだろう?と思って、彼の地のメディアサイトを覗いてみました。
すると、10日付の「琉球新報」に、こんな社説があるのが目に飛び込んできました。前回触れた「辺野古基金」について、さまざま大胆で創意的な提案がなされます−。

「米国、中でもワシントンDCで講演会やシンポジウムを開き、基地に苦しんだ沖縄の戦後史、日本政府によって民意をないがしろにされている現実を、知事らが切々と訴える… 米国の有力紙への意見広告… 次期政権を見据えてシンクタンクを行脚する… 将来は国連での訴えも検討すべき… 〔日本国内の〕全国行脚で…平和を求める国民世論を喚起する。」

で、国際的に訴える際には次のようなことを強調したい、と−。

「沖縄に対する日本政府の姿勢が非人道的という点だ。選挙という民主的仕組みを通じてなされた沖縄の意思表示をないがしろにしていること、すなわち沖縄に民主主義を適用しない実態を率直に伝えれば、どちらに正義があるかは一目瞭然であろう。」

04/10 この4月の税制改正で、「ふるさと納税」の仕組みが変わりました。主な変更点は以下のとおりです−。

1)控除額が2倍に:住民税のおよそ1割程度だった還付、
  控除額が2割程度に拡大。
2)確定申告が不要に:年間に5自治体までの寄附であれ
  ば、寄附ごとに申請書を寄附自治体に郵送することで
  確定申告が不要となる。

先日、連れ合いと娘が何やら「品定め」をしていました。どこの市町村に納税すれば、何がもらえるかといった話のようです。その手のサイトを覗くと、豪華な特産品や特典がズラリ。どこも思いきり奮発しているのが分かります。
でも、ホントにそんなんでいいのかな?などと、ついつい野暮なことを考えてしまいます。
そこで、みなさんへのご提案−。命がけで辺野古の新基地建設に反対している沖縄県名護市に、「ふるさと納税」を集中するっていうのはいかがでしょう?
「特典は?」ですって? 新基地建設にストップをかけたあかつきには、「もれなく "平和" がもらえます!」−。これほど高価な「特典」は、そんじょそこらにゃありません!
そんなことを考えていたら、辺野古移設に反対する沖縄の経済人や地方議員らが、反対運動の活動資金を県内外から募る「辺野古基金」を立ち上げる、との記事を目にしました(朝日新聞)。
こうした支援の動きがいろんな形で広がって行けば、「平和の特典」も決して夢ではありません。

04/09 これまで「戦争責任に否定的な」日本の首相に演説させることを拒否してきた米議会が、今月末訪米予定の「アベノ強シンゾー」氏に認めることになりそうだと伝えられます。
これを聞いてリベルタ子は、しばし首をひねっていたのですが、国際ジャーナリストの田中宇さんが、その裏の事情を解き明かしてくれました−。

「安倍が訪米する4月末、米国ではちょうど米議会がTPPのファストトラック化〔大統領一任方式〕を認める前後で、TPPの是非をめぐる議論が高まっていると予測される。
 そんな中で、TPP交渉の中で最後までもめていた日米間の交渉を妥結させた安倍が訪米し、米議会の両院合同会議で、日米と環太平洋の貿易と安保の『明るい』未来について演説する。TPP推進派の共和党議員や大統領府の高官たちは拍手喝采だ。日本がTPP交渉で米国の言いなりになったとあれば、民主党議員も反対色を弱めざるを得ない。安倍を米議会で演説させるのは、オバマ政権と議会共和党による、TPPをまとめるための演出だろう。」

きのうは訪日中のカーター米国防長官と会談し、辺野古移設を「確固たる決意の下に進めていく」と言って安堵させ、参院質疑でも、移設工事を「粛々と進めている」(またしても「シュクシュク」だ!)と答弁するなど、平然と沖縄に犠牲を強いる「強シンゾー」氏の顔は、完全に海の向こうを向いているのです。
「日本国民に対する二重三重の裏切り」、「日本を取り戻す」どころか「日本を売り渡す」、つまりは、あまり言いたかないけど、これぞ「正真正銘の売国奴」ってことじゃない?

04/08 沖縄県の翁長知事に「粛々という言葉を使えば、使うほど県民の怒りは増幅される」とキツーくたしなめられた菅官房長官ですが、「チリ紙交換車」のようにあれほど使いふるしてきた常套句を、今後は「封印する」ことにしたそうです。
そのせいでしょうか、官房長官氏同様このフレーズがいたくお気に入りのご様子だった中谷防衛相(cf. 03/24)までもが、きのうは「辺野古移設を予定通り堅実に進めたい」と言い、当の菅氏も、移設作業については「適切に対応する」などと言い換えています。
だけどねぇ、「予定通り堅実に進め」ようが、「適切に対応」しようが、要は、沖縄の「民意など構わずごり押ししたい」というのがホンネ。肝心のそこのところの反省なしに、もともとボキャブラリーの乏しい面々が、取ってつけたように言葉を取っ換え引っ換えしたところで、民心を納得させることなど、とうてい無理でしょう。

04/07 きのう、知人から送られてきた1冊の本、近藤彰『どーもの休日:元NHK記者と家族の〈末期がん闘病記〉』風媒社。
どうやら、定年を迎え「第2の人生」に入った矢先に「すい臓がん、ステージ4a、余命1年」を宣告された元ジャーナリストの闘病記のようです。
私の兄が同じ病気で「余命3カ月」を宣告され、その見立てどおり52歳で亡くなっていることもあって、さっそく帰りの電車で読みはじめたのですが、結局その晩、一気に読み終えてしまいました。
この記録は、著者が「がん宣告」を受けてしばらくしてから、亡くなるまでの約1年間のブログをもとに、ブログ読者からの便りを交えて構成されたものです。
話が話ですから、さぞかし暗い話題が続くのだろうと思いきや、さにあらず、自らの病状を含むあらゆるものごとを実に冷静に見つめながら、ときには楽天的とも思える筆致で書かれています。
たとえばブログ最終回「さようなら」。何と、亡くなる当日に(!)、こんなふうに書きつけられているのには、心底度肝を抜かれました−。

「しかし運命には逆らえない。あの世にもいろいろ事情があるのだろう。そう思って少しは明るい気分で逝くことにしたい。両親や祖父母、友人、すでに逝った職場の先輩なども彼岸にはたくさんいることである。この世の報告をしてあの世のことを教えてもらおうと思う」(p.294)。

家族に勧められて始めたブログとのことですが、それが生きる励みともなったようです。
「家系図」を見て生命保険業者も尻込みするほどの「がん家系」のリベルタ子ですから、せめて本ブログも、続けられるだけ吠え続けることといたしましょう。
もっとも、めでたく吠え続けることができたとして、肝心のリベルタの方が先にくたばっちまったなんてことも、大いにありうるのですがね。

04/06 4カ月も経ってようやく会談に応じた菅官房長官ですが、対する翁長沖縄県知事の堂々とした弁舌は、事の「理」がどちらにあるのか、ハッキリ示してくれました。
官房長官が「普天間飛行場の危険性除去…」と、毎度おなじみの詭弁を弄せば、

「普天間も含めて基地は全て強制接収された。普天間は危険だから、危険除去のために沖縄が負担しろと。こういう話がされること自体が、日本の政治の堕落ではないか」

と、事の本質を捉えたキツーイ答えを返します。そして、これまた毎度おなじみ「シュクシュクと…」とやれば、

「粛々という言葉には問答無用という姿勢が感じられる。上から目線の粛々という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて怒りは増幅される。絶対に建設することができないという確信を持っている」

と、実に小気味いい強烈なカウンターパンチを浴びせます。

「首相訪米をにらんだパフォーマンス」(朝日新聞)なのか、一斉地方選でのイメージアップを狙った「田舎芝居」なのか不明ですが、いずれにせよ、いかがわしい動機に発する官邸の皮算用は、どうやら頓挫したというべきか?

04/03 「いやぁ、この人は、自らの過ちを心から反省している」−。とても清々しい気持ちになりました。
けさの朝日新聞「オピニオン」欄「耕論」に登場した元自民党副総裁・山崎拓さんのインタビュー記事「軍事力での貢献、行き過ぎ」を読んでの率直な感想です。
自民党幹事長として、自衛隊の「イラク派遣」を小泉首相に進言したヤマタクさんですが、いまはこのことを「米国追随主義の典型」だったと深く悔いています。
そんな「真摯な反省の上に立った発言」は、格別の重みを感じさせます−。

「安倍政権の姿勢には、強い危機感を持ちます。専守防衛から他国防衛容認に転換し、国際貢献に軍事力を投入することは、今までの安保政策を百八十度変えるものです。地球の裏側まで自衛隊を派遣できる恐ろしい広がりを持っている。これほどの転換は、憲法9条の改正について、国民投票で支持を得てからやるべきものです。…
 他国の戦争に出て行かないことこそ本当の平和主義。積極的平和主義の美名の下に軍事力で国際貢献するより、他国が『日本のようになりたい』と思う良い意味の一国平和主義をめざすべきです。」

…ですよね。急速に「独裁化」が進む自民党の中で、こうした良識を吐く人がもっともっと出てくれば、目の前の危うい状況も大きく変わるに違いありません。それを確かなものにするには、私ら町場のひとりひとりが変わる以外にないのでしょう。

04/02 古賀茂明さんの「バッシング発言」の信憑性を窺わせるものに、メディアに対する昨今一連の「政治的圧力」があります。
2013年7月の参院選時には、「重要法案の廃案の責任が全て与党側にあると視聴者が誤解するような内容で、公正公平を欠く」として、自民党は一時、TBSテレビによる党幹部への取材や出演要請を拒否しています。
また同年12月には、言論・表現の自由と知る権利を侵害する「特定秘密保護法」を強行、これに反対していた朝日、毎日、東京3紙の記事に対し、自民党は一つひとつ「事実に反する」などと反論する文書を作成しています。
安倍政権になってからこの手の「政治的圧力」が露骨に出てきた背景には、安倍個人の「メディアに対する強烈な敵愾心」があるようです。その典型例が、2014年12月、党利党略的な衆院解散をぶち上げた夜、TBS「NEWS23」に出演して行なった、児戯にもとる振る舞いではないでしょうか?
テレビの実像の中で原真さんは、こう書いています−。

「『アベノミクスの効果は感じていない』といった街の声のVTRが流れたのに対し、安倍は『選んでいる。6割の企業が賃上げしているのに、全然反映されていない。おかしいじゃないですか』と色をなして反論した。その2日後、自民党は総選挙期間中の報道の『公平中立』を求める文書を各局に渡した。…
 安倍は『ぶら下がり』と呼ばれる短い記者会見を拒みながら、媒体や時期を選別できるテレビなどの単独インタビューには応じる。フジテレビの『笑っていいとも!』をはじめ、厳しい質問を受けることの少ないバラエティーや情報番組には、積極的に出演している。…
 これらに通底するのは、自らの意向に沿わない報道を許さず、発信したいときだけメディアを利用しようという態度だ。露骨なアメとムチの情報統制である」(同書、pp.185-187)。

04/01 テレビ朝日の早河洋会長が、27日夜の「報道ステーション」で、古舘伊知郎キャスターと、コメンテーターの元経済産業省官僚・古賀茂明氏とが激しく言い争ったことについて、「視聴者におわび」しました。
番組の冒頭から漂いはじめた不穏な雰囲気に、ソファーに寝ころんで視聴していたリベルタ子も、ガバッと起き上がり、思わず姿勢を正してしまいました。しかし、古賀さんがあれほどに言われるからには、相当の根拠があったに違いありません。
で、早河会長が「予定にないハプニング的なこと」を「遺憾に思っている」だけなら、分からなくもないのですが、そのあとに続いた発言は、あまりいただけません。
古賀さんが、番組のコメンテーター降板を告げる中で、「菅官房長官や官邸からのバッシング」を受けてきたと発言したことに対し、早河さんは「内容は承知していない。私のところにも吉田社長のところにも圧力めいたものは一切ない」と語っています。古賀さんの発言を、ことさらに否定しているように見えたからです。
というのは、おととい、つまり早河さんの記者会見の前日、菅官房長官がテレビ朝日に対し、こう釘を刺しているからです−。

「事実に反するコメントだ。公共の電波を使った行為であり、極めて不適切だ。…放送法という法律があるので、まずテレビ局がどう対応されるかを見守りたい」と。

放送法をチラつかせながらのこの発言が、「免許制」で「お上」(総務省)に首根っこを押さえられている放送事業者にとって、どれほどの重みを持つかは、推して知るべしです。