back number 2015-01(January)

この季節ネタ切れにつき、毎度おなじみのコレ(15.01)

01/30 「これが夫にとって最後のチャンスだと心配しています。…私たちには二人の幼い娘がいます。娘たちが再び父親に会えることを願っています」―。後藤健二さんの妻の訴えは、あまりに悲痛です。
でも、「29日の日没」が過ぎてしまっても、ただひたすら無事を祈ることしかできない無力感…。
ところで、中日新聞と東京新聞が、仏週刊紙「シャルリエブド」掲載のムハンマドの風刺画を紙面で紹介したことについて、「イスラム教徒の方々を傷つけました」として、きのうの朝刊で謝罪しました。
「言論の自由はどこまで許されるか?」という問いには、べつに決まった解があるわけではありません。それはあくまでも、それぞれの社会の成り立ちや文化の有り様など、すぐれて社会的に決まってくるものです。
ただひとつリベルタ子に言えるのは、「他民族の文化・習俗・宗教に関して、その人々の自尊心を著しく傷つけるようなことはすまい」ということです。
ただしその規範は、あくまでもその表現者が主体的に考えるべきことであって、政治的・権力的にタガをはめるというのは、それこそパロディにしかなりません。

01/29 「イスラム国」にとらわれている後藤健二さんの安否は、「24時間」の期限が近づいたいまも依然不明。緊迫の毎日が続いています。
こう連日、重苦しいニュースと向きあっていると、気分は落ち込むばかり。ということで、きょうはあえて、「明るい話題」を採り上げさせていただきましょう―。
きのう、ふと思い出して、お年玉付き年賀はがきの抽選結果を照合してみたところ、毎度おなじみ末等の「切手シート」が2枚。
「まっ、そんなとこだろう」と賀状の束をしまいかけて、あと1枚残っているのに気がついた。「転居先不明」で返送されてきたものです。念のためこれも見てみると、な、何と、「1等」!
商店街の「ガラガラ、ポン」も宝くじも、およそ「くじ」と名のつくものから見放されていると僻んでいた零細出版人、「久々の快挙!」です。
さっそく郵便局へ行って、窓口にその旨伝えたつもりが、係員は、「使用済みのものは交換できません」と冷たいご返事。どうやら、返送はがきの交換に来たのかと勘違いされたよう。
その誤解が解けても、それからがまた大変。何人もの職員が首を傾げながら、「あーでもない、こーでもない」とやっている。要は、これをどう扱ったらいいのか、局員も分からないらしい。それほどに、稀有な出来事だったのです。
で、だいぶ待たされたあげく、肝心の「受賞」(現金1万円也)は、後日連絡があるまでお預けとのことでした。

01/28 「イスラム国の最後通牒」と思われる声明が、インターネット上に流されました。後藤さんらしき声が、悲痛に訴えます。「私には24時間しか残されていない」と。
そこできょうは、フォトジャーナリスト・豊田直巳さんから拡散要請のありました、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会 (JVJA)の「後藤健二さんの解放を求める緊急声明」を転載させていただきましょう―。

「1月24日にインターネットに投稿された湯川遥菜さんの遺体とみられる写真を持つ後藤健二さんの画像を見て、私たちは悔しさと残念さでいっぱいです。暴力では何も解決しないと声明を通じて訴え続けてきましたが、残念ながらその願いは踏みにじられました。
 しかし私たちは、残された後藤健二さんの解放を求めて、引き続き訴え続けます。イスラム国と日本政府が真の交渉を行うことを求めます。公開された画像と音声メッセージによると、イスラム国は日本政府との交渉を求めていますし、日本政府も人命を最優先すると明言しています。両者の非暴力による対話は、十分に可能なのです。
 最後になりましたが、湯川遥菜さんが殺害されたことが事実であれば、ご冥福を祈ると同時に、彼の犠牲が最後となることを祈ります。また今も戦渦に直面するすべてのアラブの人たちが、苦難から解放されることを心より願います。」

01/27 けさの朝日新聞オピニオン欄に、フランス国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首がご登場。一瞬、ギョッとしはしたものの、読んでみて、なかなかに面白かった。
「極右」の何が面白かった、ですって? 先代党首にしてオヤジのジャンマリ・ルペン氏の時代のFNイメージの転換を図りつつあるマリーヌ氏ですが、彼女がお手本としているのは、「日本」であり、「自民党」だそうです。
FNのニューリーダーで、エナンモボン副市長のクリストファ・ジュレック氏の発言が、これまた面白い―。

「〔FNは〕以前は日本の右翼団体になぞらえられた。今は安倍晋三氏の自民党に近い政策の党だ」

なーるほど。「戦後70年」を前に、「植民地支配と侵略」の過去への「痛切な反省」だの「心からのおわび」だの、先人の使用した文言を、何とかして使わないで済ます「談話」を作文しようと日夜苦慮している「強シンゾー」氏と、「移民排斥」や「反イスラム主義」を掲げながらも、「イメージのソフト化」を図るマリーヌ氏。
このお二方のスタンスが、奇しくもここに交差し、めでたく収斂した、と見ることができそうです。

01/26 とうとう、おぞましい事件が起こってしまいました。「イスラム国」に拘束されていた日本人人質のひとり、湯川遥菜さんが殺害されてしまったようです。
まだ不明なことだらけなので、推測をめぐらすのはやめにして、ここでは、「事件が日本社会にとって持つ意味」を考えてみましょう。
イラク人質事件のときには、人質になった人々に対する異常なほどのバッシングの嵐が吹き荒れました。しかし今回は、2人の人質へのそれはあまり見られません。その限りでは、日本社会は「いくらか進化した」のかもしれません。
でも、問題はその先にあります。けさの朝日新聞オピニオン欄「耕論」で、フリージャーナリストの常岡浩介さんが、こんなことを発言しています―。

「今回の人質事件で恐ろしいのは、日本でも反イスラム感情が広がることです。そういう社会の変化に便乗した捜査が行われることです。不安や恐怖、不信が広がり、社会がバラバラになっては、それこそテロリストたちの思うつぼです。」

大いにありうる話です。別件で実際に警察の家宅捜索を受けた人の言うことだけに、重みがあります。

01/23 東電福島第一原発事故をめぐり、「業務上過失致死傷」容疑で市民グループから告発された東電の勝俣恒久元会長ら3人の旧経営者。
いったん不起訴とされた後、検察審査会から「起訴相当」の議決を受け、東京地検がこれをどう取り扱うか注目されてきましたが、やはりと言うべきか、きのう再度の不起訴処分。
いくら捜査をしても、「嫌疑不十分」。「巨大津波を予測し、事故を防ぐ対策を取ることはできなかった」というわけです。
だけどねぇ、東電は2008年3月に、「高さ15.7メートルの津波が到達する可能性がある」との試算を得ていたのに、何ら有効な手だてを打つことなく、「3・11」を迎えてしまったんですよ?
たとえ、実際には「この試算をはるかに上回る規模の津波」が襲ったからといって、この「怠慢」の責(だから、「業務上過失」っていうんでしょ?)を負わないで済むなんて理屈は、どうにも承服することができません。
だって、あれほど甚大な被害をもたらした事故の責任を誰も問われることなく、いままた「粛々と」(ケロッと?)原発再稼働が進められているんですよ?
そんなものを放っておいて、何が検察ですか!?

01/22 オバマ米大統領はきのうの一般教書演説で、「イスラム国」を壊滅させるための軍事攻撃に言及、アラブ諸国を含む幅広い「有志連合」(Coalition of the Willing)を考えていると表明しました。
あれっ、またどこかで聞いたことのあるお話です。そう、イラク戦争のときに、「ヤブから棒」大統領が言いだしたアレです。だけど、それで何かが解決したかといえば、イラクを混沌の淵に追いやり、膨大な犠牲者を出しただけのことでした。
けさの朝日新聞オピニオン欄で、アジアプレスの野中章弘さんが述べているように、「軍事力でたたいても対症療法に終わるだけ」です。
「事件の背景を根源的に考える」ことこそが大事なのではないでしょうか。

01/21 またしても、やり切れないビデオ映像が流れてきました。米国人ジャーナリスト「処刑」のときと同じオレンジ色の服を着せられた2人の日本人が、地べたに跪かされ、黒い目出し帽の男に刃物を突きつけられています。
「日本はイスラム国から8500キロも離れていながら、進んで十字軍に参加した」として、2億ドルの身代金を要求。折しも中東訪問中だった安倍首相が、「イスラム国」対策として2億ドルを避難民支援にあてると表明したことに対するリアクションのようです。

「しかし、日本からの医療や食料の提供は、住んでいた街や国を追われる人たちが激増するなかで、不可欠の人道的な援助である。『イスラム国』に向けた攻撃ではなく、脅迫者たちの批判は筋違いだ。」

けさの朝日新聞社説は、そう書いていますが、果たしてそのように言いきれるものなのか、いささか疑問です。
リベルタ子があえてそう言うのは、いわゆる「海賊対策」という大義名分を掲げて、アフリカの角のジブチに恒久的な自衛隊基地を設置しようと目論むなど、日本政府が中東への軍事的関与を着々と強めていると思えるからです。
「海賊対策」とは言っても、実はこれは「シーレーン防衛の一環」に他ならず、「武力攻撃事態法」、ひいては「憲法改正」を先取りしたようなもの。「イスラム国」がこれを「日本政府の宣戦布告」と受け取ったとしても、決しておかしくありません。

01/20 きのうは久しぶりに、ブログを休載させていただきました。えっ、「あの野郎、とうとう夜逃げしたか?」と思ってたですって? ご冗談を。
実は、日曜日の引っ越しついでに、インターネットのプロバイダーを変更することになったのですが、あらかじめ危惧していたとおり、ネット接続がどうにもうまく行きません。
この時代、何はさておき通信手段だけは確保しておかなければ始まりません。まだ雑然とした引越し荷物の谷間に埋もれ、朝から晩まで、冷や汗かきかき「試行錯誤の1日」でした。
というわけで、満を持しての書き込みなのですが、その割にはあまり中身がありません。あー、くたびれた。

01/16 ところで、陰惨なテロ事件と「対テロ戦争」の暗雲の間にも、「一点の晴れ間」が見えました。パリのスーパー襲撃事件で、15人のユダヤ人客を冷蔵庫にかくまったマリ出身の24歳の店員、ラサナ・バティリさんの行動です。
ラサナさんが店から脱出したとき、黒人の彼はテロリストの仲間と誤認され、逮捕されてしまいます。1時間半も手錠をかけられたそうですが、その後彼はこう語っています―。

「私はイスラム教徒です。店の倉庫でお祈りもしていました。そしてユダヤ人を助けました。なぜなら、私たちは兄弟なのです。これはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の問題ではありません。私たちはみな同じ船に乗っているのです。」

フランスの黒人支援団体CRANの広報担当ティアバ・ブルニさんは、「ラサナ・バティリさんにフランス国籍とレジオンドヌール勲章を!」というキャンペーンを開始しました(Change.org)―。

「彼のストーリーから、私たちは多くのことを学ぶことができます。黒人に対するステレオタイプが原因で、警察は1分1秒を争う状況で1.5時間も無駄にしてしまったこと。それ以上に、ラサナさんのような若者の示した相互理解こそが、今の状況を乗り越える大きなヒントとなるのではないでしょうか」と。

01/15 ここで、今世紀初め9・11後に起こったことを思い起こすのは、決してムダではないでしょう。
事件勃発後ただちに非常事態宣言が発令され、市民の間では急速に「愛国主義」が風靡します。人々は「愛国バッジ」を胸に、事あるごとに「Star -Spangled Banner」を高唱するようになります。
こうして、その翌月に成立するのが、悪名高い「愛国法」でした。コレ、正式には、「2001年のテロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための法律」とかいうものです。
いったん「テロ容疑者」と目された者には、憲法修正第1条の「信教・言論・出版・集会の自由」も、同修正第4条の「捜索・押収の令状主義」も適用されない。ことさら「自由」を標榜するこの国の法律に、堂々、「戦時に人権は制限される」と記されたのでした。
グアンタナモやアブグレイブでの虐待行為には、そんな背景があったことを見逃すわけにはゆきません。
いまフランスでは、「私はシャルリー」が叫ばれる一方で、言論には次々と制約が課されつつあります。おまけにオランド氏は、「イスラム国」への空爆参加も視野にペルシャ湾に原子力空母を派遣することまで表明しています。
久しぶりに「ラ・マルセイエーズ」が歌われた国民議会の情景を見ながら、既視感を覚えたのはリベルタ子だけではないでしょう。

01/14 先日、「グローバル化する不寛容」などと書きましたが、今回の事件を機に欧州で、やはり「反イスラム」の排外主義的な動きが高まってきました。
ドイツでは、すでに昨秋からムスリム排斥団体の活動が活発化、これに反対する市民運動との対立が先鋭になっているとのこと。
そんな中、フランスのオランド大統領がきのうの国民議会で、「フランスは『テロとの戦争』に入った」と演説、治安対策強化の方針を打ち出しました。
何だか、とても懐かしいセリフを聞かされたようです。そう、9・11直後、のちに「アホで間抜けな…」なんて不名誉な冠を戴かされることになる「ヤブから棒大統領」が、同じセリフを口にして、米国民の熱狂的な支持を集めたという故事がありました。
おまけに、「自由のために一切の妥協を排し戦う」んだそうです。何だか、だんだんおかしな雲行きになってきましたね。
だって、そもそもは、「言論・表現の自由を守れ!」って話だったわけでしょ? それがすぐさま、「言論・表現の自由」を縛る方向へ方向へと突っ走ってしまう、この矛盾!

01/13 「シャルリエブド」本社襲撃事件などの銃撃テロに抗議して、おとおいフランス全土で展開された大行進の参加者は、「パリ解放」を上回る370万人にも上ったそうです。
しかも、仏英独首脳のみならず、イスラエルとパレスティナの首脳まで参加したというのは、驚きでした。
「言論・表現の自由」への思いは、370万人それぞれまちまちでしょうが、そのことが行進に参加した人々の主要な動機となっていたのは、疑いえないでしょう。
ひるがえって「ヘイトスピーチ」や特定の言論バッシングの横行を思い起こすとき、「これがもし日本なら、どうなっていただろう?」などと、つい「デハの守」的なことを思ってしまいます。
事実、1987年の朝日新聞阪神支局襲撃事件で、若い小尻知博記者が言論テロの凶弾に斃れたときには、それほど大きなムーブメントが起こることはありませんでした。
その彼我の違いは何なのでしょう? 私たちは改めて、民主主義の根幹としての「言論・表現の自由」の大切さを、噛みしめる必要があるのではないでしょうか?

01/09 「シャルリエブド」本社襲撃事件の容疑者は、パリ生まれのアルジェリア人兄弟ではないか、といわれています。
そのことを聞いて、宇田川悟さんの欧州メディアの興亡に、こんな一節があったのを思い出しました(「アルジェリア内戦報道と旧宗主国のジレンマ」、同書、pp.108-109)―。

「今なおフランスには80万のアルジェリア人が生活し、移民でやって来た彼らの2世、3世が成長し、そして、ピエ・ノワール(黒い足)と呼ばれて差別と侮蔑の対象である、独立語本国フランスに帰還した植民者の存在も陰に陽にフランスの国内問題に影を落としている。」

事件の背景にはおそらく、そんなが事情が関わっているのでしょう。事実、昨今のフランスでは、「外国人労働者排斥」の社会的風潮を追い風にして、マリーヌ・ル・ペンの極右・国民戦線(FN)が、大統領選でも欧州議会選でも大躍進を遂げています。
先に引いた一文の中の「アルジェリア人」を「在日コリアン」に置き換えてみていただきたい。フランスのこうした事情が、ヘイトスピーチが大手を振るう私たちの社会と、まるで無縁ではないことが分かるでしょう。
危うい、実に危うい!

01/08 きのうパリの風刺専門週刊紙「シャルリエブド」本社が自動小銃を持った男らに襲撃され、12人が死亡しました。
犯人らが「アッラー、アクバル!」を叫んでいたことから、預言者ムハンマドの風刺画を掲載した同紙に対する「イスラム過激派のテロ」が疑われています。
北朝鮮の仕業とされる先の「サイバーテロ」にせよ、今回の新聞社襲撃にせよ、いかなる理由はあれ、「言論・表現の自由」に対する不当な攻撃は、断じて許すわけにまいりません。
「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という、ヴォルテールのものとされる言葉のさきはう国で起こった今回の事件は、「グローバル化する不寛容」とでもいうべき現象なのかもしれません。
しかし、これは決して「対岸の火事」視してはいけません。1987年5月の朝日新聞阪神支局襲撃事件を引きあいに出すべくもなく、昨今の「ヘイトスピーチ」の横行や、同じく朝日新聞に対する異常なバッシング等を思い起こせば、同じようなことが、いつ私たちのそばで起こってもおかしくありません。
「企業間競争」の論理に埋没し、「言論・表現の自由」というジャーナリズムの原点を忘れ、もっぱら権力者の掌中を飛び回るばかりの日本のマスメディアは、これを「他山の石」とすべきでしょう。

01/07 「戦後70年」の今年、「アベノ強シンゾー」氏も、村山談話、河野談話の故事に倣って "談話" を発表するという。
「個人の名を冠する "談話" なら、当人の考えるところを率直に語ればいいのではないかなどと、市井の民としては思うのですが、これがそうは行かないよう。
何せこれまでも、「戦後レジームからの脱却」だの、「侵略の定義は定まっていない」だのと、ついつい本音を表に出しては、物議を醸してきたご仁です。「学識経験者」なる家庭教師を大々的にかき集め、8月の「発表会」に向けて着々と「作文」にあたるそう。
で、このたび、くだんの "談話" に「積極的平和主義」なるフレーズを盛り込む考えを漏らしたところ、さっそくおととい、米国務省から「けん制球」が飛んできた―。

「村山談話、河野談話が示した謝罪は、日本が近隣諸国との関係改善のために努力をする中での重要な一章を刻んだというのがわれわれの見方だ」と。

と同時に米国務省の報道官氏は、歴史認識について「歴代内閣の立場を全体として引き継いでいく」と、「積極的平和主義」とは矛盾するとも思える発言をせざるをえなかったシンゾー氏に対し、「われわれは安倍首相の発言を確認した」と、駄目押ししています。

くだんの報道官氏は翌日、米国の「圧力」を否定していますが、そこには米側のかなり「キツーい苛立ち」が垣間見えるようです。

01/06 大企業の内部留保が328億円! 麻生太郎金融担当相がきのうの新年賀詞交歓会で、企業が稼いだ利益を内部にため込むことを優先する姿勢を「守銭奴みたいなものだ」と述べて、利益を設備投資や従業員の賃上げに回すよう強く求めたそうです(共同)。
だけど、かつて苛酷な炭坑経営で大儲けした旧財閥の御曹司に取ってつけたようなことを言われても、何だか説得力に欠けるし、違和感を感じさせられるだけ。それに、そもそもこれって、「資本主義の宿痾」なんじゃないかと、ピケティならずとも思うのですがねぇ。
それにくらべ、おとといの東京新聞社説「年のはじめに考える/真の強者は弱者に優しい」は、今日の経済問題の核心を衝いていたように思います―。

「〔「異次元緩和」「機動的な財政出動」と批判してきて〕最後に成長戦略。この哲学にこそ問題があります。『企業が世界で一番活動しやすい国』といって経営者寄りの、目先の利益しか考えないような政策ばかりです。一時的に株価が上昇しても長続きはしない。」

そして、この締めが止めを刺す―。

「アベノミクスに最も欠けている視座は、弱者への配慮であり、再分配政策など格差を縮める努力です。真の強者は弱者に優しい。弱者に冷たいのは、ただの弱い者いじめでしかないのです。」

01/05 きょうは仕事始め。温泉街さながら、街にはタオルを持った人々が行き交います。閉塞感に満ちた2014年をリセットして再起動、というわけです。
リベルタはといえば、この休み中も事務所移転の準備で大わらわ。この機会に、あまり動きの芳しくない sleeping stock や dead stock の山を掘り崩して、情け容赦なく断裁に。昨今流行りの「断捨離」というやつです。
まずは、事務所の商品棚に張り付いていた本を「品定め」しながら、段ボール箱に詰め込みます。これを茨城県に借りている倉庫へ運び込み、そこでまた倉庫在庫とにらみ合わせながら「査定」しなおします。で、金輪際出ていく見込みがないとみた分は、千葉県の紙リサイクル業者のところへ搬入するのです。
前にも書きましたが、コレ、最初は1冊1冊の本への未練を断ちきれず恐る恐る慎重に始めるのですが、そのうちだんだん大胆になってゆき、最後は「エイヤーッ」とばかり、血も涙もない無慈悲な仕打ちと相なってしまうのです、はい。

01/01 明けましておめでとうございます。
 毎度、お堅い話で恐縮です―。
 年末の総選挙で全有権者の3割の支持もなかった与党が、「衆院の再可決権」と、「国のかたち」を変える「改憲の発議権」を手にしてしまいました。"アベノミクス" なる怪しげな経済政策が破綻し、人々の「成長幻想」が潰え去ったとき、この政権が私たちに強いるであろう、ありがたくもない "目録" の数々―。消費増税、原発再稼働、特定秘密保護法の本格施行、米軍普天間基地の辺野古移設、遠くの戦地への自衛隊派遣、TPP、 そして「自民党結党以来の悲願」憲法改正…
今年も熟慮に熟慮を重ねたいものです。

 小社、1月中に下記住所へ移転いたします。
 (現)101-0064 東京都千代田区猿楽町1-4-8松村ビル402
 (新)101-0064 東京都千代田区猿楽町2-8-5千信ビル1F

 引き続きご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。
                 2015.1.1
                    株式会社 リベルタ出版