手賀沼湖畔で(17.01)

零細出版人の遠吠え

01/16 自宅の洗面所で見掛けたレンガのように異様に大きな石鹸。昔の洗濯石鹸か何かなのだろうと、興味半分ぞんざいな使い方をしたところ、連れ合いにたしなめられてしまいました─。

「あれ、"アレッポ石鹸"といって、高級な石鹸なのよ。洗顔専用にしているんだから…」

アレッポといえば、つい最近、ロシアの支援を受けたアサド政府軍がISから奪い返したシリアの軍事的要衝。激しい空爆などで街は破壊し尽くされてしまいました。

「へえー、そんなところで作られたもんなのかぁ…」

そんなやりとりがあってほどなく、カタログハウスの『通販生活』最新号が届きました。
そこにちょうど、その石鹸についての記事が載っていました─。

「わずかでも生産活動が続いているかぎり、その生産物を買い支えることが、シリア市民の応援につながります」

石鹸を輸入・販売している太田昌興さんは、そう語ります。「なーるほど。そりゃ、いい加減な使い方をしちゃいけないわけだ」

そもそも石鹸なるものが発明されたのは、起源10世紀頃のアレッポだったなんて、この記事で初めて知りました。オリーブオイル60%に月桂樹オイル40%を配合して作られるそうですが、その月桂樹オイルたるや、5トンの実からわずか500キロしか搾油できないという貴重なもの。
いやはや、そのことを知ったら、いささかもぞんざいに扱うことなどできません。

01/13 あんな「身勝手な独演会」は「記者会見」なんてものじゃない。そもそも「記者会見」とは、国民の「知る権利」を負託されたメディアを通じ、権力者が国民に今後の施策などを説明する場。民主主義の大事な安定装置のひとつです。
これからいったい何をどう進めようとしているのかろくに語ることなく、あろうことか自分に都合の悪い記事は「偽ニュース」と断じ、それを伝えたメディアは徹底的に排撃する。
ロシア訪問時のスキャンダルを報じたからなのでしょう、記者席最前列から質問指名を求めたCNN・アコスタ記者への対応は、あまりに露骨なものでした─。

 トランプ氏「(質問の指名は)君じゃない。君の会社は不快だ!」
 記者「あなたはわれわれの機関を批判している。機会を下さいませんか?」
 トランプ氏「静かに!」
 記者「次期大統領!」
 トランプ氏「質問しようとしている人がいる。失礼なことはするな。君には質問させない。君たちは偽ニュースだ!」

これが間もなく大統領に就任する男かと思うと先が思いやられます。
しかし、権力者のあからさまな選別姿勢にひるむことなく、記者たちが発言を求めて一斉に挙手する情景には、ある種の感銘すら覚えました。
でも今後、乱暴な権力者の恫喝に屈し、それに取り入ろうとする向きも出てくるかもしれません。まっ、せいぜい、どこかの公共放送政治部の「アベギンチャク記者」のようにはならないことを祈る次第です。

01/12 けさの東京新聞に掲載された、米女優メリル・ストリープさんのゴールデン・グローブ賞授賞式でのスピーチには、心から共感を覚えました─。

「軽蔑は軽蔑を招き、暴力は暴力を駆り立てます。権力者が自分の立場を利用して他の人々をいじめれば、われわれは全員敗者となります。」

いま世界がその一挙手一投足に注目するトランプ氏が、身体障害のある記者の真似をしてからかったことへの痛烈な批判です。
ストリープさんは、さらにこう続けます─。

「これは記者にも通じる話です。説明する力を持ち、権力者のあらゆる横暴を批判する、信念を持った記者がわれわれには必要です。だからこそ、建国の父たちは報道の自由を憲法に記したのです。」

「言論・出版・結社の自由」を保障した米国憲法修正第1条の精神が、ハリウッドの人々の心の中に深く根づいているのを見る思いがします。
翻って思うに、この6日に東京地裁が扶桑社に対して下した『日本会議の研究』の出版差し止め決定は、いったい何なのでしょう?

「本の販売を許さない措置は、著者や出版社に損害を与え、萎縮を招くだけではない。人々はその本に書かれている内容を知ることができなくなり、それをもとに考えを深めたり議論したりする機会を失ってしまう」(けさの朝日新聞社説)。

そんなことを歯牙にもかけないこの国の司法のありようは、根底から問われなければなりません。

01/11 きのう講談社のコミック誌「モーニング」の編集次長が、殺人容疑で逮捕されました。ジャンルの違いはあれ、同業者のひとりとして、無関心ではいられません。
すると、「待ってました!」とばかり、けさの新聞に『週刊文春』の「驚愕スクープ」広告が−。

「『進撃の巨人(講談社『別冊少年マガジン』)』元編集長の妻が怪死/単行本累計6千万部のベストセラーを生んだ京大卒カリスマ編集長が昨年8月、自宅で妻の首を絞め、階段から突き落とした疑いがある。妻は窒息死。夫婦には4人の子がおり、夫は育休を取得するほど子煩悩だったが、近隣には罵り合う声が響いていたとの証言もある。本人を直撃した─。」

事件が起こったのは昨年の8月、「逮捕」はきのう。その公式発表の翌朝には早くも週刊誌の「驚愕広告」(!)が新聞を賑わせている。なんとまあ、タイミングのよろしいことで…
そこで、零細出版人の「下司の勘繰り」2題−。

1)容疑者逮捕の日時について、早くから警察のリークがあった。
2)昨夏から事件を追っていた文春の「驚愕スクープ」を察知した
  警視庁が、慌てて機先を制した。

おそらくは後者だろうと思うのですが、それにしてもまだ証拠も証言も不十分、容疑者も容疑を否認している。「消去法による状況証拠」だけでは、立件は容易ではないでしょう。
「推定無罪」の原則からすれば、講談社が「本人は無実を主張しており、捜査の推移を見守りたい」とコメントしたというのは、現段階でのひとつの見識かと思います。

01/10 福島第1原発事故から間もなく6年。そんな事故などまるでなかったかのように、政府・電力会社は遮二無二、原発再稼働の動きを加速させています。
そして、事故の検証も疎かにしたまま、事故処理・賠償費用の負担は国民に転嫁し、あろうことか「再稼働させなければ電力料金を値上げする」との脅しすらチラつかせる始末。
そんなとき、昨夜放送されたNHKスペシャル「東日本大震災『それでも、生きようとした〜原発事故から5年』」は、事故の結果に翻弄され続ける福島の惨状を浮き彫りにしました。
長い避難生活を余儀なくされ、仕事や家族、故郷の共同体的つながりを失い、次第に孤立化していく人々… その行き着く先が、世界的な医学誌に発表された「増加する福島の自殺」だとすれば、これほど切ないことはありません。
川内村での農業再建の夢を打ち砕かれ、自死してしまった30代の新婚夫婦、自分の畑のすぐ隣にうずたかく積まれた「除染廃棄物」の山を見て死を選んでしまった南相馬市の農民…
汚染地帯の中の寺で罹災者たちの相談にのってきた住職が、あまりのやるせなさからか、寺の外に「いのち」と墨書した白い旗指物を掲げるフィナーレが、強く脳裏に焼き付けられました。

01/06 日本老年学会と日本老年医学会がこのほど、「高齢者は75歳以上」という提言をまとめたそうです。65〜74歳はまだまだ「心身とも元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」ので、今後は新たなカテゴリー「准高齢者」に入れられる、ということのよう。
このところ「高齢ドライバー事故」なんて記事を鼻先に突き付けられては、肩身の狭い思いをさせられてきた零細出版人としては、「熱烈歓迎」とまでは行かなくても、何だか「首の皮1枚で実社会に繋ぎ留められたような不思議な心地」がいたします。
で、そんな正月、『出版ニュース』に「零細出版社のシューカツ」の話を寄せたり、年賀状に「そろそろ人生の締め括りを…」なんて書いたりしたところ、某著者から、こんなお叱りの言葉を頂戴してしまいました−。

「まだ仕事にけりをつけてはいけません。私の本をもう三冊出すまでは許可できません。もし仕事に疲れたら、デモに参加すると元気が出ます」と。

このお方、「准高齢者」卒業ぎりぎりかと思われるのですが、いやはやお元気そのもの。「生物学的にみた年齢は10〜20年前に比べて5〜10歳は若返っている」というのは、どうやらホントのようです。